カルテNO.02 中村 (1/5)

「先生! 助けてくれ! 俺をもう一度ダンジョンに潜れるようにしてくれよ!」


 大男は、診察室に入るなりみつきそうな勢いで言った。


「えーと、中村さん? とりあえず落ち着いて。そちらの椅子にどうぞ」


 男の声と体の大きさに面食めんくらいつつ、座るよううながす。


「おう、そうだな、スマン」


 素直に患者用の椅子に腰かけたので、私はホッとして男の記入した問診票を見てみた。

 すると『困っていること』の欄に『ダンジョンに潜れない』と書いてある。


「この、『ダンジョンに潜れない』というのを、もう少し詳しくお聞かせいただけますか」


 相手はもどかしそうに「詳しくも何も、書いてある通りだよ。ダンジョンに入ろうとすると、体が動かなくなっちまうんだ。なぁ、なんとかしてくれよ。ダンジョンに潜れないと俺、困るんだよ」と答えた。


「体が動かなくなる?」


「ああ、そうなんだよ。前はこんなことなかったのによ、ダンジョン攻略の準備をしてるだけで冷や汗が出てきて、いざ樹界深奥じゅかいしんおうの入り口に立つと、体が石みたいに固くなっちまって、一歩も動けなくなるんだよ」


 私は「準備をしているだけで冷や汗……」とつぶやき、「『前はこんなことなかった』とおっしゃいましたが、ダンジョンに入れなくなったのはいつからですか?」と聞いた。


「え? いつだったかなぁ……」


 相手はしばらく考え込んだ後、「最後に潜ったのは、1か月ぐらい前かな?」と言った。


「その時は、中村さんお一人で?」


「まさか! 仲間と一緒だよ。俺は武闘家なんだけど、勇者とか魔法使いとか」


「そうですか。その時、何かいつもと変わったことはありませんでしたか?」


「変わったこと……?」


 大男が再び考え込んでしまったので、私は辛抱強しんぼうづよく返事を待った。


「いや、特にねぇなぁ。いつもみたいに、モンスターを倒しながらお宝を集めて、そろそろいい頃合ころあいかなってところで引き上げたんだ」


「そうですか……」


 私は電子カルテに入力した診療情報をながめてしばらく思案した後、「夜は眠れていますか」と聞いた。


 こんどは相手が面食らいつつ、「え? 夜ですか?」と聞き返した。


「でも、そういえば……」


 思い当たるふしがあるようで、気恥きはずかしそうに「おかしな夢を見て飛び起きることがあるなぁ」と言った。


「おかしな夢、ですか」


 詳しく話すように促すと、寝ようと思って部屋の明かりを消すと何となく体が緊張し、「おかしいな」と思っていると、ダンジョンの中でモンスターにおそわれる夢を見て目が覚めてしまうとのことだった。


 夢を見た後は、なかなか眠れないこともあり、そんな時には部屋の明かりをつけてうずくまっているという。


「モンスターに襲われる夢とのことでしたが、どんなモンスターですか?」


 私の質問に、表情をこわばらせて「ドラゴンに……」と答えた。


 私は相手の表情を確かめながら、「最後にダンジョンに潜ったときにも、ドラゴンと遭遇そうぐうしましたか?」と聞いた。


 大男の顔はみるみる青白くなっていき、冷や汗を流しながら「ああ……」と答えた。


「俺はあの時、ドラゴンと闘った」


 喉から絞り出された声は、かすれて震えていた。

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