12.師の死と遺言
夜明け前の村には、まだ戦いの余韻が色濃く残っていた。
焦げた家屋の壁が崩れ、黒く焼け焦げた畑からは煙が立ち上る。倒れた帝国兵の死体がいくつも転がり、村の広場には血の跡が点々と残っている。家財を抱えて泣き崩れる母親、焼け跡を呆然と見つめる老人、肩を寄せ合ってすすり泣く子どもたち。若者の一人は、倒れた仲間の名を呼びながら、泥だらけの手で必死に揺り起こしていた。
「……終わったのか?」
誰かが震える声でつぶやく。だが、誰もがまだ恐怖から抜け出せずにいる。
夜明け前の空は、まだ深い藍色に染まっている。遠くで鳥が一声鳴き、冷たい風が村を吹き抜けた。
ザイラスは静かに剣を鞘に収めた。その手はわずかに震えている。肩で息をしながら、村の惨状を見渡す。
(……また、守りきれなかった命がある)
ザイラスの脳裏に、かつての戦場の記憶がよぎる。仲間の断末魔、炎に包まれた夜、誇りを失ったあの日。だが今は違う。守るべきものが、確かにここにある。
「ザイラスさん……」
ライグは、師の背中を見つめていた。ザイラスの肩がわずかに揺れているのに気づく。
「大丈夫だ。……みんな、無事か?」
その声に、村人たちが安堵と不安の入り混じった表情で頷く。「助けてくれて……」「本当に……」と感謝の声が漏れる。
だが、ザイラスの足元に血が滴り落ちていくのを、ライグは見逃さなかった。
「師匠、怪我が……!」
ライグが駆け寄ろうとしたそのとき、ザイラスは小さく首を振った。
「……まだ、やることがある」
その声はかすれていたが、確かな意志がこもっていた。
ライグは師の傍に駆け寄り、震える声で叫んだ。
「師匠、しっかりしてください……! 血が……!」
ザイラスは微かに笑みを浮かべ、ライグの肩に手を置いた。
「大丈夫だ、ライグ。お前が無事でよかった」
ライグの脳裏に、幼い頃の訓練の日々がよみがえる。剣の握り方を何度も直されたこと、失敗しても「もう一度やれ」と優しく言ってくれた師の声。あの温もりが、今にも消えてしまいそうで、恐怖が胸を締めつける。
村人たちもザイラスの異変に気づき、ざわめきが広がる。
「ザイラスさんが……」「誰か、薬草を!」「水を持ってきて!」
若者が走り、老人が震える手で布を差し出す。
「これから、どうすれば……」「俺たちだけで、生きていけるのか……」
誰かがぽつりとつぶやき、別の村人が涙声で「ザイラスさん……ありがとう……」と呟いた。
村の片隅で、幼い子どもが母親の袖を握りしめている。「お母さん、ザイラスさん、死んじゃうの?」と不安げに見上げる。母親は涙をこらえながら「大丈夫よ」と答えるが、その声は震えていた。
村のリーダー格の男が、皆をまとめようと声を張り上げる。「落ち着け! まずは怪我人を運べ。火の気が残っている家は離れろ!」
だが、その声にも力がなかった。
バルはライグの足元に寄り添い、心配そうに師弟を見上げている。小さく鼻を鳴らし、ライグの手をそっと舐めた。
ライグは師の手を握りしめ、涙をこらえながら必死に訴える。
「俺、もっと強くなります。だから……だから、死なないでください!」
ザイラスは静かに首を振り、優しくライグの手を包み込んだ。
「ライグ……」
ザイラスは静かに語りかける。
「お前は、もう十分強い。だが、強さは剣の腕だけじゃない。守りたいもののために、立ち続ける心だ」
ライグは涙をこらえきれず、首を振る。
「俺は……俺は、まだ何もできません。師匠みたいには……」
ザイラスは微笑み、かすれた声で続けた。
「冠などいらん。誇りで立て。お前は、お前の剣を信じろ」
ザイラスの目が遠くを見つめる。かつての戦場、仲間を失った夜、誇りを捨てて生き延びた自分の過去。
「俺も、昔はただ剣を振るうだけだった。だが、守りたいものができて初めて、本当の強さを知った。……お前と出会って、もう一度剣を持つ意味を思い出したんだ」
ライグは嗚咽をこらえながら、師の言葉を胸に刻む。
「師匠、俺……俺、あなたのようになりたい。誰かを守れる剣士に……」
ザイラスは静かに頷き、かつてライグが初めて剣を握った日のことを語り始める。「あの日、お前は小さな手で剣を持って、何度も転んだな。だが、立ち上がるたびに目が強くなっていった。……その目を、俺は信じている」
村人たちも静かに耳を傾けている。バルがそっとライグの足元に寄り添い、心配そうに見上げていた。
「俺の教えは、もうお前の中にある。……それで十分だ」
ザイラスの手が、そっとライグの頬に触れる。その温もりが、ライグの心に深く刻まれた。
村人の一人がそっと涙をぬぐい、「ザイラスさん……」とつぶやく。バルも小さく鳴き、師弟の絆を見守っていた。
ザイラスの呼吸が、次第に浅くなっていく。
「師匠、やめてください……! まだ、何も教えてもらってない……!」
ライグは必死に叫ぶが、ザイラスは静かに目を閉じた。
「……ライグ。お前は、もう一人じゃない。バルも、仲間もいる。……誇りを、忘れるな」
ザイラスの声はかすかに震えていた。死への恐れと、残していく者たちへの想いが交錯する。
(本当は、もっと生きたかった。もっと、お前の成長を見たかった……)
その言葉とともに、ザイラスの手から力が抜けていく。
「師匠……! 師匠!!」
ライグはその場に崩れ落ち、声を上げて泣いた。幼い頃、初めて剣を教わった日、叱られた日、褒められた日――すべての記憶が胸を駆け巡る。
(俺が、守れなかった……俺が、もっと強ければ……!)
バルが悲しげに鳴き声を上げ、ライグの肩にそっと頭を寄せる。
村人たちも静かに涙を流し、誰かが小さな声で祈りの言葉を唱え始めた。「ザイラスさん、どうか安らかに……」
村のリーダー格の男が、静かに「皆で葬りの準備をしよう」と呼びかける。老人たちが布を持ち寄り、若者たちが静かにザイラスの亡骸を囲む。
夜明けの光が、静かに村を照らし始めていた。
村人たちは静かにザイラスの亡骸を囲み、誰もが言葉を失っていた。
「ザイラスさん……」「こんなことが……」
すすり泣く声があちこちから漏れる。
村の中央に布が敷かれ、ザイラスの体が丁寧に横たえられる。老人たちが静かに祈りの言葉を唱え、若者たちが花や小石を手向けていく。子どもたちは母親に抱かれながら、涙をこらえて師の顔を見つめていた。
「俺たちを守ってくれて、ありがとう……」「どうか安らかに……」
村人たちが一人ずつ別れの言葉をかけていく。
バルはライグの隣で、じっと動かずにいた。小さな体を震わせ、時折、かすかな声で鳴く。ライグはバルの頭をそっと撫で、涙をこぼしながら「大丈夫だ、バル……俺がいる」と呟いた。
ライグは涙に濡れた顔を上げ、夜明けの空を見つめた。
(俺が、守れなかった……師匠を……でも、師匠の教えは、俺の中に生きている)
ザイラスの言葉が胸の奥で何度も響く。
「誇りで立て。お前の剣を信じろ」
ライグは拳を握りしめ、静かに誓う。
「俺は……俺は、必ず強くなる。師匠の誇りを、俺が継ぐ。もう、逃げない」
バルがそっとライグの手に鼻先を寄せた。その温もりが、わずかな希望となって胸に灯る。
新しい朝日が、村と二人を優しく照らしていた。
村の片隅で、村人たちが静かに手を取り合い、これからの暮らしについて小さな声で語り合い始める。「俺たちで、この村を守ろう」「ザイラスさんの分まで……」
泣き出した子どもを母親がそっと抱きしめ、「大丈夫、一緒に頑張ろうね」と優しく語りかける。肩を落とした若者同士が「俺たちが支え合うしかないな」と小さくうなずき合う。
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