第4話(1) 原田先生のマンション
お客さんが入れ替わり来た。カウンターバーで飲みたいお客さん。エッチィなお店に飽きて流れてきたお客さん、女のグループのお客さん。さまざまやね。時々、カウンターでピシッと背筋を立てて、さめざめと涙を流しよる女の人なんかもおる。何か聞いてもらいたそうなお客には、話を振ってみる。いろんな人生があるもんやね。
原田先生は、同じカウンター席で、うちらがお酒やおつまみを作ったりするのを面白そうに見とる。手が空いたら話の続きをした。原田先生は、投資目的で美術品のコレクターをしとるそうや。主に絵画で、手頃な現代美術が好きなんやて。だから、うちらのビジネスに興味を持ったみたいやね。来年アラフォーの女医なんて、お金だけはあるんよ、って言う。
そっか、原田先生みたいな投資家をつのって、買付をして、利益を分ければええんや。そっちの可能性もあるんやねぇ。こりゃあ、明彦に相談せんとね。彼は、また出張やそうで(どこ行っとるん?外国人と浮気なんてしとらんやろね!)、今度はマレーシアなんやて。まだ、落ち着いて話せんね。
ここのお店も辞める必要はないかも。お店に作品を飾ってもらえば、画廊の代わりになるやん?資本力がつくまで、自前の画廊なんて持てんわけやし。バーの壁面の照明は、変えんとあかんけど、そやなぁ、差し渡し12メートルくらいあるけん、2メートル間隔で、作品が6点とか展示できる。原田先生の知り合いのお医者さんとかも連れてきてもらって、投資家も増やせるかも!うんうん、ええやん!
それで、若い子を美術品ビジネスの会社で雇って、夜、アルバイトでこの店も手伝ってもらう?いう話なら、雇った人の収入も増えるね?人材派遣も会社定款に加えて、補助金ももっと貰えるかもしれん。
うちが接客をしよると、原田先生とミキちゃんが仲良く話しよる。何か悪い予感がするやん?小娘、またまた、おかしなインスピレーションが出たんやないん?でも、ミキちゃんの家族に、うちの部屋に住んどるとか、ビジネスを始める話をせんでええんかな?
だんだんとお客が引けてきた。もう、原田先生しか残っとらん。ミキちゃんは、こういうカクテルもママに習ったんですよぉ~なんて言って、先生もどれどれ?とか言って飲んどる。チャンポンやないよ!ミキちゃん、飲ませすぎ!って、あんたも飲み過ぎ!
二人で小声で話して、ヒィヒィ笑っとる。先生がうちをジッと見た。おい!先生、目がエロいぞ!潤んどるぞ!ミキちゃんも横目でチラッとうちを見る。おまえもや!目がエロや!まさかねぇ…
閉店時間になった。
「ママ、直美さん、原田先生のマンション、この近くなんやてさ。それで、ここが終わったら、部屋に来てコレクションを見んか、って言われとるんやけど、どうする?うち、見に行きたい!」ってミキちゃんが言う。なんとなく、陰謀の匂いがするけど、うちも彼女のコレクションは見てみたいな。「もう、直美と呼んじゃう!うちも節子と呼んでね。ねぇ、直美、おいでよ、うちの部屋。うちのコレクションの鑑定をしてよ」って言う。「ちょっと酔っとるけど…じゃあ、うちもお邪魔しようかしら?」って答えた。
先生のマンションは、北九州小倉市南区から北区を流れる紫川沿いの高層マンションやった。バーから歩いてもちょっとの場所やね。うちのマンションも近くで、うちのより数段上やなぁ。キャッシュで買ったんやそうや。リッチやねぇ。
エレベーターで彼女の部屋のある14階にあがった。
部屋に入って驚いた。トイレ兼用のバス、作り付けのクローゼット以外、間仕切りがない。7 x 9メートルくらいの部屋が玄関から窓まで遮るもんがないんよ。窓際にベッドがあって、そこだけ、天井のレールからたれとるカーテンで仕切られるようになっとる。うち、寝相が悪いけん、セミダブルを二台連結して使っとるんよ、って節子が言う。うちの部屋の1.5倍くらい?改築して、こうしたんやそうや。モダンやね。
キッチンはオープンで、アイランドの流しになっとる。右の壁面は書棚でいっぱい。医学書とかがある。左の壁面は、ビッシリと絵画が飾ってある。壁面の照明と天井からの照明が考えて配置してある。
0号の小品もあれば、20号くらいのもある。大きかものはクローゼットにしまってあるそうや。油絵、銅版画、水彩まちまちやけど、絵の色彩を考えて補色同士で並べてある。
拝見していいですか?って聞いて、壁面に近づいた。
ほとんどが戦後の作品のようやね。日本人のもんもあれば、イギリスのもんもある。ほほぉ、これは今人気上昇中の新進気鋭の作品やないん?数年前は数十万円やったけど、今は百万円を超えとるはず。節子、お目が高いね。そのことを節子に言うと、さすが直美、それ、めっけもんなんよ。5年前に買ったんやけどって言う。東京の画廊で見かけて、衝動買いしたそうや。
ひと通り見てダイニングを振り返ると、おいおい、節子もミキちゃんも酒盛りしよるやんか!まだ、飲むんかよ!バーで、だいぶ飲んだやないん?
「あら、直美もこっちに座って飲もうや」って節子が自分の隣りのチェアを指さして言う。目がトロンとなっとる。仕方ない。うちもお相伴にあずかる。グレンリベットのコルクをキュッとあけて、ロックグラスに注いだ。ちょっとだけ、と思ったら、節子が瓶の底を持ち上げて、ドボドボついでしまう。こ、この酔っ払いめ~!
ミキちゃんが「節子さん、手相を見てあげるね」なんて言って、彼女の両手の手のひらをなぞっとる。おい!23才の小娘に手のひらをさすられて、気持ちよさそうになっとるやないか!嫌な予感がする!
「ああ~、節子さん、異性との出会いが悪い相やよぉ~」
「やっぱり、そうなんやね」
「同性との相性はええみたいやよ」こ、小娘!う、ウソをつけ!ウソを!手相でそんなことわかるわけがない!
「そうなんやぁ~。うち、直美とミキちゃんと相性がええかもしれんと思うんよ」変なことを言うな!「ねぇ、うち、眠くなってきた。二人とも、泊まっていかん?」ああ、言うと思った。
「ねぇ、ええやろ?こんな広い部屋で一人寝は寂しか。ベッドも広いし、三人で川の字で寝られるやろ?」自分がこの広い部屋を買ったんやないか!
「そやね、節子お姉さま」お姉さまが出るとこの小娘はヤバい!「ねぇ、直美お姉さま、泊まっていきましょうや」
「いや、うちは、絵も見たことやし、帰ろうかなと…」
「あら、直美、絵の鑑定を聞いてないよ?ベッドで説明してくれんこと?」って腰をガッシリと掴まれる。太腿を擦られる。あ~、先週からこんなことばっかやない!
「そやよぉ、直美さん、ベッドに行こう。ミキ、眠くなっちゃったよ」
「ミキちゃん、ベッドに行けば。パジャマは…」って節子。
「ミキ、パジャマ、要らんもん」
「そやね。じゃあ、お休みぃ~」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます