第10話 不信と疑惑

 博士による悪趣味ドッキリから早数十分が経過した。


 ロイドが入れてくれたミルクココアを穏やかな面持ちで啜り喉を潤した私は、床に正座するフリント博士に向き直った。


「さて。ご理解いただけたようですし、そろそろ勇者の話に戻りましょうか?フリント博士」

「はい……ごめんなさい……もうドッキリしません……」


 冷蔵庫で2週間放置されたほうれん草のように萎びた博士は、私の言葉によろよろと立ち上がった。

 ロイドが感心したような顔で大きく頷いている。


「あの博士によくここまで反省を促せたな……お前さんうちの研究室でバイトしないか?仕事内容は主に博士のストッパー役兼倫理観教育役」

「いやです」


 透き通った表情でロイドの打診をお断りする。禿げそうなので絶対に嫌です。


 ドッキリにブチ切れた私は、あろうことか博士を床に正座させ懇々と倫理観と道徳、TPOについて説教をしていた。


 確実に私より年上であろうフリント博士相手ではあったが、目覚めてからこちらこのモンスターより散々、散っっっ々倫理の欠けた発言に晒されていた私は遂に我慢の限界であった。


 見知らぬ場所で目覚めたと思ったら死んでたと言われ、モンスターに改造したといわれ、挙句の果てに拳銃で殺されたと思わされたら少々キレてしもうのも致し方ないだろう。


 現に一部始終を見ていたロイドはずっと視界の隅で「いいぞもっとやれ」って言ってたし。つまりあの場において私こそ正義だった。ならば何の問題もない。


 残存HP:1みたいな動きで椅子に腰かけた博士は、ごほんと大きく咳払いをして雰囲気をほうれん草から偉大な研究者のそれに切り替えた。


「……えーそれでは。とりあえずだが……君の言うことは恐らく真実であると思われる、というのが今のところの私の所感だ。少なくとも戯言と切って捨てるには時期尚早であると思う。一考の余地ありだ」

「……っ!本当ですか?」


 私は博士の言葉にほっと胸を撫で下ろした。とりあえず頭のおかしい女というレッテル張りは避けられた。で、あれば今後現れるであろうサーシャに対してどういう対策を練っていくかという話になる────


 そう博士の目を見た私は、思考を切り裂くような鋭い視線に思わずビクリと肩を震わせた。

 フリント博士の表情に柔らかさは一切なく、未だに私に対して鋭い目を……有体に言ってしまえば『敵意』を見せていた。

 ひゅっと息を飲む。助けを求めるようにロイドを見れば、彼もなんとも複雑な表情を浮かべている。


 な、なんでそんな目を向けられているんだ。だって今信じるって……そこまで考えて、私は自分の思い違いに気づいた。


 あくまで『戯言と切り捨てるには時期尚早』『一考の余地がある』だけであって、私の話を全面的に信じたわけではないということだ。

 そして二人が私の言葉を信じられない理由だが。突拍子もない話だから、ということもあるが恐らく一番の問題はそこではない。


「……ただし、情報提供者が人間である……人間だった私だから、完全に信じることはできない、と……?」

「話が早くて結構。先ほど君が自ら語ったように、この魔法界は過去度々ニンゲンによって滅亡の危機に脅かされてきた。モンスターにとってニンゲンは敵だ。研究に必要だったから私はニンゲンの死体を拾ったが、ニンゲンとして語る君の言葉を信じるつもりはない」


 椅子の背もたれに体を預け、長く息を吐くフリント博士の目は厳しい。体がこわばりそうになるが、しかしそう怖気付いて頷く訳にはいかない。机を叩いて反論を口にする。


「ちょ、ちょっと待ってください!あくまで私が語った内容はゲームの中の話であって、実際に私達人間がモンスターに対して侵攻を仕掛けた訳では……っ!はるか昔にあったという戦争も、その後の魔界……魔法界への勇者侵攻も私は知らない……」

「実際に我々モンスターは君の語った、ゲームの中で語られたという歴史を辿ってきていた。それを創作物の話であって本当の話でないと君が言うのかね?君が訴える内容と矛盾していないかね?」


 ぐっ、と言葉が詰まる。その通りだ、ゲームの中の話だから今までの歴史は私と関係ないと主張するのであれば、この後に起こるサーシャの発生も『関係ない』と済まさないと道理が通らない。

 しかし、本当に私はモンスターと人間の戦争も8度に渡る勇者の侵攻も、現実の世界で聞いたことも学んだことも無いのだ。


 もっと言えばモンスターなんて空想上の生き物であると思って生きてきた。実際に自分が生きていた世界の裏側がモンスターの世界だったなんてそんな話、知らない。


 何故ここまでモンスターと人間の間に認識のズレが発生しているのだろうか。何故戦争を、侵攻してきた側の人間がその事実を知らないのか。

 もしや私が生きていた人間の世界とこの世界でいう人間界は全く違う異世界だというのだろうか。この魔界の裏側に存在する人間の世界とは、私の知る世界は更に異世界だというのか?


 でもこの世界のことが描かれているリリィの聖剣は?あのゲームの存在自体が、私が生きていた世界とこの魔界のつながりを示唆する何よりの証拠になるのでは?


「……それでも、私は本当に……モンスターの存在なんて今の今まで知らなくて……戦争が起きていたなんて、知らない……人間が本当にそんな酷い事をしてたなんて、そんな……」


 思考が堂々巡りする。上手くまとめることができない。

 しかしここで黙る訳には……私はそんな思いで、たどたどしく言い募ることしかできなかった。


「………博士」


 グラグラと自分の立ち位置が分からなくなって、めまいのような感覚を覚える。ロイドが咎めるように博士に呼び掛けるのがはるか遠くで起きている出来事のように思えた。


 チラリとロイドを見た博士は大きくため息をついた。「随分肩入れしているようだね、ロイド研究員?」と棘のある言葉を投げかけた博士だが、ロイドはひるんだ様子も見せない。


「言葉を考えろって言ってんだ。魔力がまた暴走しても困る」

「……やれやれ。私は魔法界のことを第一に考えて言っているんだがね。分かったよ、それじゃ私が君の言葉を信じる唯一の方法を教えてあげよう。シノハラユウ」

「は……」


 顔を上げる。どういうことかとフリント博士を伺い見る。博士は何を考えているのか分からない黒い瞳で私を真っすぐに突き刺した。


「君の語った内容は、先ほども言った通り我々の認識と大きな齟齬は見当たらない。恐らくそのゲームは本当に魔法界に起きた歴史を語っている。つまりそのゲーム内で語られる未来は本当に起こる可能性が高いと私も思う。有用な情報だ。仮に来年ニンゲンがこの世界に発生しなかったとしても、近い将来起きうる未来として備えておくに越したことはないと思うほどにね」

「…………」

「しかし君がニンゲン側のスパイである可能性や、魔法界に混乱を齎すためわざとこの情報を持ち込んで信頼を得た後、世界を引っ掻きそうとする悪意ある存在である可能性も否定できない。何故なら君は体はモンスターでも考え方は、スタンスがニンゲンのものだからだ。分かるね?」


 諭すような、出来の悪い子供に説明するかのような博士の言葉に静かに頷く。納得はできないが、博士が言わんとすることは理解できる。


 私だって、きっと戦争している国の人間から「戦争していたなんて知らなかった」なんて言われても信じられないし、その戦争を自分が経験していなかったとしても許せない。


「そして我々は、信じられないからと言って超重要機密事項を知り、残虐性なニンゲン性を持つかもしれない君を放逐することもできない。つまり我々がとれる手段はただ一つ、君の監禁だ」

「は……!?」

「おい博士!だからっ」


 とんでもないことを言い始めた博士にロイドがガタンと立ち上がった。彼の周囲を飛んでいた頭蓋骨達がピタリと宙で静止し、真っすぐに博士を見据える。剣呑な雰囲気だ。しかし博士はロイドを手で制すと言葉を続けた。


「話は終わっていない。……君の素性は兎も角、君の体は大事な我々の実験体であり貴重なサンプルなんだ。この研究所の留めおいておく必要がある。ということは君がニンゲンである限り、君の身柄は監禁一択しかない訳だ。しかしそれでは君は我々を恨むだろう。快い協力は得られないだろうね?」

「……そりゃ、監禁なんてされたら恨みます」

「だろうね。恨み故に提供する情報に嘘を混ぜるかもしれないし、最悪監獄内で自死を選ぶ可能性もある。それは大変困る訳だよ。────という訳で、前置きが長くなってしまったが、この状況を打破する唯一の方法を提示しよう」


 博士の言いたいことが分からず、私は力なく視線を彷徨わせる。笑っているようで笑っていない笑顔を浮かべた博士は、グッと身を乗り出した。


「ニンゲンを捨てるんだ、シノハラ ユウ────名前も思い出も何もかも捨て、モンスターとして私の娘となれ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る