モンスターテール ~アンデッドモンスター、勇者から世界を守るため『勇者侵攻対策おもてなし本部』を設立する~

藤木 葉

狂ったシナリオに終止符を

第1話 起き抜け一発逃亡決意

 穏やかな微睡みを揺蕩っていた私は、ふと頬に触れているシーツが自分のベットに敷かれているそれと感触が違うことに気が付いた。


「……?」


 さわさわと布団をなでる。

 シーツも、枕も、掛布団も。それどころかベットの 固さまでいつもと使っているものとは違う。

 なんだかツルツルとした感触。まるでホテルとか病院とかのベットみたいだ。いつもであればあと5分、いや10分、と寝起きの悪さを発揮するところであるが、寝惚けた頭でも感じる違和に目を開けた。


 まず目に入ったのは、ベット脇に置かれたモニター。医療系のドラマでよく見る心電図モニターのようだが、波形は動いていないように見える。

 仰向けに寝がえりを打つと、見慣れない白い天井が視界いっぱいに広がった。


 ───確か昨日は、久しぶりに会う高校の友達との飲み会で。……あれ?終電逃してホテルにでも泊まったんだっけ。

 いやしかし、ちゃんと家の鍵を開けた記憶はある。何でこんな所にいるんだろう。

 のそりと上体起こす。妙に体が重たい。まるで久しぶりの休日に一日寝こけてしまった時のような気怠さと鈍い頭痛も感じた。


「……なにここ……病院?」


 白で統一された清潔感のある壁や床。ベッドの周りには心電図モニター以外にも様々な用途不明な機器が置かれている。

 ベットは私が今いる一つしかなく、窓がないなどの多少の不思議な点はあるが、まさしくそこは病室というべき部屋だった。


 人の気配は無い。何か怪我や病気で運ばれたのかと自分の体を見下ろすが、簡易なモスグリーンの検査着のようなものを着せられているだけで、包帯が巻かれていたり点滴が繋がっていたりということはなかった。


 いったい私の身に何があったのだろうか。家の鍵を開けた後の記憶が辿れない。

 

 ぷっつりと不自然に途切れている記憶に得体のしれない恐怖を覚え、ぶるりと身を震わせた。


「とりあえず……誰か呼ぼう」


 病室であれば大体枕元にナースコールが有るはず、と視線を巡らすがそれらしきものは見つからない。

 ならば携帯は、とベッドの周りを探すがそれも見当たらなかった。


 仕方がない。外に出て看護師さんかお医者さんに声を掛けよう。足をベットから下ろし、何か履くものはと床に目を落としたその時だった。


「……だから、あまりにもそれは理想的すぎる……」

「分かっている。分かっているともロイドくん。それでも私はこれに一縷の望みを」


 カシュン、と機械的な音を立てて病室のドアがスライドして開いた。

 タイミングよく誰かが来てくれたようだ。ほっと胸を撫で下ろし、入ってきた人達に声を掛けようとして―――固まった。





 白衣を着た2つの影がこちらに向かってきていた。


 しかしそのシルエットは、少なくとも片方は、二腕二足の人間の形からはかけ離れていた。


 ひょろりと背の高い男性のようだが、肩から生えている二本の腕の他に

 遠目で見るとまるで大きな蜘蛛のようだ。クマで縁取られた目は死んだ魚のように光がない。顔には蜘蛛の巣のような黒いフェイスペイントが刻まれている。


 その傍らには茶髪の少年が立っていた。

 こちらは資料を持つ手も眉をしかめた顔も人間のそれだが、しかしその周囲には

 骸骨達は少年から手渡された紙を咥えてフラフラと部屋の外に飛んで行ったり、空中でペンらしきものを弄んだりしている。



 私は、声を掛けようと開いた口を静かに閉じた。



 ───なにあれなにあれなにあれ!?

 いや、え?本物?いやいやいやそんなわけないでしょ。特殊メイク?コスプレ?手品?映画のセット?それとも今流行りの拡張現実システムAR?いっそのこと幻覚?


 作り物とは思えないほど精巧で自由に動いているソレらだが、私の中の常識が目の前に見えているものを生き物だと認識しない、させない。


 ベットの上で硬直する。どうすれば良いかわからない。声を掛ける?逃げる?隠れる?でもどこに……


 カタリ、と軽い音がした。ハッと我に返って見ると、少年の周りを飛び回っていた頭蓋骨の一体が、まさしく顎を落とした状態でこっちを凝視していた。

 眼球が収まっていない眼窩は真っ黒でどこが焦点かはわからない。しかし私は悟った。こいつ確実に私を見て驚いてる。


 やっべ。

 そう思った時にはすでに時遅し。一拍遅れて、書類を睨んでいた少年が音に気付いて顔を上げた。


 彼の視界にはきっとベットの縁に腰掛け今まさに立ち上がろうとする私の姿がばっちり収まっているであろう。

 数秒の硬直後、少年はバサバサバサと書類を床にばら撒いた。


「うん?」


 ぶつぶつと呟きながら考え事をするように宙に視線を投げていた蜘蛛男とも目が合ってしまった。背中から生える腕で持っていた謎の機材がガシャーンと音を立てて床に落下する。



 沈黙。

 あまりにも気まずすぎる沈黙が落ちた。



 ……え、これもしかして私が何かしらアクション起こすフェーズか?

 というか何故あっちのほうが驚いてるの?なんか見てはいけないものを見てしまった!みたいな反応されても反応に困るんだけど。


 リアクションがあまりにもコミカルすぎて逆に冷静になった。これは私から話しかけたほうがいいのか?


「…………………あ、あの。えくすきゅーずみー……ひぇえ?!」


 数瞬のためらいの末、意を決して友好的に声を掛けようと試みる。

 が、私の友好的挨拶(人間用)は蜘蛛男が突然声も発さずズンズンズン!とすごい剣幕で歩いてきたことにより中断された。

 ガシィッ!と音が出そうな勢いで両肩を掴まれる。


 流石に怖い!あわあわと逃げ出そうと体をよじるが、人外の力で上から押さえつけられたことにより失敗に終わった。

 く、食われる……!?と最後を覚悟したが、しかし蜘蛛男は私の両肩を掴んだまま、首を垂れてブルブルと震え始めた。

 今から一体何が始まるのか。理解不能な状況への恐怖とバイブレーションの強さに思わず喉が引き攣った。


「起きた……。起きたんだね……!?」


「へ……?」


 ガバッと顔を上げた蜘蛛男の目は、先ほどまで死んだフナの目だったとは思えないほど輝きに満ちていた。おもちゃを買い与えられた子供のような満面の笑みだ。

 それはそれで怖すぎるので思わず顔がのけ反ったが、しかしそんなことは知らんとばかりに蜘蛛男はがくがくと私の肩を揺さぶった。


「ヒーーーーハァァァァ!!見たかロイドくん!見たか偉大なる先人達よ!見たか世界ィィィ!私は、私は成し遂げたぞォォォ!やったーーー!!!ロイドくん今すぐに王に連絡を!この偉大なるサイエンティスト、フリントが遂に成し遂げたと伝えるのだ!あっはははは!あーすごい!喋ってる!動いてる!起きてるーーーー!!!すごいぞフリント!流石だフリント!私の頭脳は世界の理に打ち勝ったのだ!!!そうだ君、お腹はすいていないかい?空いてるだろう!?眠気は!?そもそも感情はあるのか!?イヤアア検査したい!余すところなく全て暴きたい!解剖したァァァァい!!!取り合えず横になろうか!いや違ったまずは食事だったね!?どうしようインスタント麺しかないかもしれないが探してくるねーーー!!!!あーーーーーーーーーーっはっはっはっ……」







 あ、こりゃあかんわ。逃げよう。



 嵐のように部屋を去って行った蜘蛛男の笑い声がドップラー効果のように響く中、私はそう固く決意したのだった。




───────

【あとがき】

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