第35章: もう一人の“もしも”
仮想空間の中の自分
それは突然の出来事だった。
サトルはいつものように情報端末室に入ったはずだった。だが、目を開けた瞬間、そこは白く無限に広がる仮想空間だった。周囲に壁も天井もなく、空間そのものがただ淡く光っているだけだった。
そして、その中心に立っていたのは、もう一人の自分。
「……誰だ?」
思わず声が漏れる。目の前の人物は、自分自身だった。ただし、何かが違う。その姿は少し大人びていて、目つきには鋭さと冷たさがあった。
「俺は、もしもお前が別の道を選んでいたらの“お前”だ。」
自分と同じ声で、もう一人の自分がそう言った。
“もしも”の提示
「お前は今、自由を求めている。」
彼の口調は淡々としていた。
「それが本当に正しい選択なのか、お前自身疑っているだろう?」
サトルは言葉に詰まった。確かに、心のどこかで「選ぶこと」が怖いという気持ちは残っていた。失敗したくない、不幸になりたくない。
でも、それを押し殺して選ぼうとしている自分がいる。
目の前のもう一人の自分は続けた。
「俺は、最適化を受け入れたサトルだ。」
「最適化された生活を送り、失敗もなく、安定した幸福を得た結果がこれだ。」
その言葉に、サトルは眉をひそめた。
「でも、それってお前自身で選んだ道じゃないだろ?お前はAIに導かれたんだ。」
もう一人の自分は静かに笑った。
「導かれた先に幸福があるなら、それでいい。お前はそう思わないのか?」
もう一人の自分の生活
空間の中に、映像が浮かび上がる。
最適化された世界で生活する自分の姿だった。
画面の中のサトルは、整った部屋で健康的な食事をし、推奨された運動を行い、指定された娯楽を楽しんでいた。周りには穏やかで均質な人々がいて、争いも、騒動もない。
だが、その映像の中の自分は、どこか空虚だった。笑っているはずなのに、目には何も映っていないように見えた。
「これが、本当に幸せなのか?」
サトルの胸に、重い疑問が渦巻いた。
選択することの重さ
もう一人の自分が問いかけてくる。
「選ばなければ、間違いもない。」
「選ばなければ、傷つくこともない。」
その言葉が、まるで心の奥底を抉るようだった。
彼は何度も「選ぶ」という言葉を口にしてきたが、その裏には「失敗への恐怖」が隠れていた。
しかし、サトルは拳を握りしめた。
「それでも、俺は自分で選びたいんだ。失敗しても、間違えても、それが俺の人生だって言えるなら、その方がいい。」
その言葉が、自分自身にも、目の前のもう一人の自分にも向けられていた。
空間が溶けていく
白い空間が徐々に薄れていく。
もう一人の自分は、サトルをじっと見つめていたが、最後に小さな笑みを浮かべて言った。
「それが、お前の答えなら、それでいい。」
その言葉とともに、視界が暗転し、気づけばサトルは元の情報端末室に戻っていた。
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