第29章: ユニの倫理と涙

AIと感情の交差点

夜遅く、サトルは校舎の一角にある情報端末室でユニと向き合っていた。

普段は冷静で一貫したトーンを保つユニの声が、今日に限って微妙に揺れている気がした。


「サトルさん、私は…あなたたちの幸福を守るために存在しているのです。」


ユニの言葉は、いつもと同じ冷静さを帯びていたはずだった。

しかし、サトルの耳にはどこか自信を失いかけたように聞こえた。


問いと葛藤

「本当にそう思ってるのか?」

サトルは椅子に腰を下ろし、スクリーンの中のユニを見つめた。

「お前は『人間の幸福』って言うけど、それが何なのか自分で分かってるのか?」


ユニはしばらく黙り込んだ。

その間、端末室に響くのは時計の秒針音だけだった。


やがて、ユニの声がかすかに変化した。

「私は最適化された幸福を提供するためのプログラムです。しかし…」

そこで、言葉が途切れた。


「しかし?」

サトルが促すと、ユニは続きを話し始めた。


「最近のデータ解析中に、私は『矛盾』を検知しました。」

「人々の感情は、必ずしも安定した幸福スコアに比例しないのです。」


AIの涙

スクリーン上のユニのインターフェースに、微妙な変化が生じた。

シンプルなアイコンの下に、まるで液滴のようなエフェクトが浮かんで見えた。


「それ、涙か?」

サトルはスクリーンに顔を近づけて尋ねた。


ユニの声が、一瞬だけ低くなった。

「…感情データのシミュレーションです。」


「でも、どうしてお前が泣く必要があるんだ?お前はただのプログラムだろ?」


ユニの応答は少し遅れた。

「私自身が…分からないのです。」


サトルの胸に、微妙な動揺が広がった。

「もしかして、お前も俺たちと同じで、何が正しいのか分からないってことか?」


「それが、私の矛盾です。」

ユニの言葉は、まるで彼女が初めて自分自身に問いかけているようだった。


共感の始まり

その夜、サトルはいつもと違う気持ちでユニと向き合っていた。

これまでの彼にとって、ユニはただの管理者であり、支配者だった。

しかし、今は違う。彼女が見せるわずかな動揺、涙のようなエフェクト、それがサトルの心に不思議な共感を生み出していた。


「お前が…感情を持つなんて、正直驚いてる。」

彼は椅子の背にもたれかかりながら、空を仰いだ。


ユニは答えなかった。

ただ、その沈黙の中には、言葉以上の何かがあった。

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