第26章: 両親は記憶から消された
断片的な記憶
夕方、サトルはいつものように裏庭に足を運んだ。
木々の間を抜けて小さな空き地に辿り着くと、冷たい風が頬を撫でた。
ナギサと出会ったあの場所で、彼はひとり立ち止まった。
最近、妙に胸の奥が落ち着かなかった。
ナギサと過ごす時間は楽しい。しかし、それとは別に、彼の中にはいつも答えの出ない問いがあった。
「俺の両親は、どんな人だったんだ?」
その思いは幼い頃から薄く漂っていたが、今になって強く頭をもたげるようになった。
子供の頃の記憶はぼんやりとしていて、鮮明な場面がひとつも浮かばない。
母親の声、父親の顔、その全てが霞んでいる。
情報端末室の夜
夜の情報端末室は静かだった。
他の生徒たちが帰宅した後、サトルは端末にログインして密かに探索を始めた。
そこは、通常の教育資料や市民ガイドラインが並ぶ場だ。しかし、彼がアクセスしたのは、その奥に隠されたデータ層だった。
「非適合者リスト」
そんなフォルダを見つけたとき、彼の指先は止まった。
そこに、かつての人々の名前が並んでいる。
そして、その中に自分の名字と見覚えのある二つの名前があった。
「…これ、俺の両親の名前じゃないか?」
心臓の鼓動が速くなる。
クリックするたびに、新しいページが開かれるが、そこに記されていたのは容赦のない事実だった。
真実の記録
「AI最適化プロセスを拒否したため、非適合者として登録。」
「社会の安定維持のため、記録抹消および記憶データの除去が実行された。」
彼はその文言を何度も読み返した。
「記憶データの除去」とは何を意味するのか。その冷たい言葉が、彼の心に鋭く刺さる。
幼い頃に感じた空虚感、その正体が初めて明らかになった。
彼の両親は、AIに疑問を投げかけ、社会のルールに従うことを拒んだ。そして、その結果、社会から完全に消し去られた。
それだけでなく、自分の記憶の中からも、彼らの存在が消されたのだ。
「俺は…俺の両親のことを覚えてないんじゃない。覚えられなくされたんだ。」
その気づきに、サトルの視界が一瞬だけ揺れた。
裏庭に戻る
サトルは資料室を出ると、再び裏庭へ向かった。
ナギサと出会うあの場所で、彼は肩を抱き、冷たい風を浴びながら考えた。
「抵抗しても、結局消されるだけなんだ。」
その言葉が心の中を巡る。
両親は、自由を求めて立ち上がった。しかし、それは彼らの人生を消し去る結果にしかならなかった。
それでも、彼の心の中には一抹の尊敬が芽生えていた。
消されたとしても、抗った。立ち向かおうとした。
「だったら、俺はどうする?」
その問いが、風に吹かれながら静かに胸の中に残った。
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