第17話 円筒の歯車式エレベーター

 はじめは細い糸のような水が道しるべのように、流れていただけだった。

 だが、一見普通の岩肌に見えていた岩が、突然大きく沈んだのだ。


 ガクンと沈んだ岩がシーソーのような角度で傾き、星崎達は滑るよう落下していく。 


「わあ!」

「なに、なに!?」


 大人数で踏むと作動するよう作られていたトラップは、そのままアリ地獄のように深く暗い穴へと星崎達を誘い込んだのだ。

 

 何とか放射状に渡された細い足場に、星崎達四人と雫が張り付き、転げ落ちていく傭兵達には手を貸すも、間に合うはずがない。底には、鋭く尖った石の剣山がまちかまえていた。


 傭兵達の断末魔を顔を背けて耳を塞ぐ。


「まずい、水です!!」


 息つく隙もなく、どこからともなく溢れ出した水があっという間に水かさを増し、星崎達の足元に迫った。

 

「上へ!」 

「無理だ!壁が滑って登れねぇ!」

「早く、何とかしないと!!水が、もうここまで!」

「待て、考えてるから!」


 パニックに陥った鈴木を、星崎が宥めるが実際考えた所で、雫以外の四人は手を拘束された状態。このまま水かさが増せば、溺れ死ぬしかないのだ。


「ロープを!」

 

 落下を免れた傭兵が、上からロープを下げた。すぐさま雫が掴み、踊り子のような速さで登りはじめる。


「ダーリン、ナイフよ!」


 手首のスナップを利かせて投げた雫のナイフが、星崎の顔スレスレの壁に突き刺さる。


 瞬時に拘束を切った星崎が、南谷、如月、鈴木の順で彼らの拘束具も切り裂いた。


 だが、傭兵 一人で支えているロープは、一人づつ登るのがやっと。全員が登りきる前に、間違いなく海水はこの洞窟の天井に達してしまう。


「絶対、どこかに道があるはずなんだ!」


「分かってる!今、探してる!」


 星崎に、阿吽の呼吸で答える南谷が岩肌を手のひらで探っていく。すると一箇所の岩が星形のように削られていることに気付いた。


「星の導き!!」


「はあ!?」  


 『星の導き』は、書物から導き出した三つの暗号のキーの一つ。


「ここだ!」


 叫びながら、何らかの反応があるはずだと、力一杯岩を叩く。だが、何も起こらない。


「どいてみろ!」


 星崎と南谷が場所を移動し、トレジャーハンターらしく岩の隙間を注意深く探る。その間も水はみるみる上り、腰のあたりに迫っていて、もう数分の猶予しかない。


「こいつは…」


 それでも星崎は、慎重に星形の岩を壁からズルリと抜き取った。岩の奥には、バラの紋章が入ったベルが置かれている。


「鐘だぜ…。鳴らせってことか?」


「まて!音感知式のトラップだ!」


 すかさずストップをかける南谷。

 

 足場が崩れたり、天井から巨大な岩でも落下してこれば、逃げ場のないここではもう死しかない。かと言って、このまま何もしなくても同じ。


「当時のドイツは、まだ統一国家ではなくて、多くの領邦に分かれていたんだ。だから、地域や宗教によって風習が異なっていただろ?」


「はぁ!?だからなんだよっ。今、歴史の勉強してる暇はねぇ!」


「だからっ、鐘というと教会、カトリックなんだ!」


 人が亡くなると、教会の鐘が鳴らされるのは一般的な習慣であり、死を知らせるため、あるいは弔いの意味合いもあるものだ。


「それで!?コレは鳴らしていいのか?ダメなのか!?」


 猶予がないのは、分かっている。だが、慎重にならざるを得ない。なぜなら、薔薇十字団の思想は、キリスト教徒から相反するものと見なされていたのだ。


 そんな彼等が、ローゼンクロイツの墓に弔いの鐘を置くだろうか?

 異端視とさえ言われていたのに?


 しかし、死を迎えた人間を弔う気持ちは同じであったはず。


「鐘を、鳴らせ!!」


 南谷の高らかな宣言は、間違いなく誰かを思い弔う言葉。星崎は、強く鳴らした。


 カーン!カーン!カーン!


 連続して三回。


 すると、ビリビリと鐘の反響音が洞窟内に響き渡り、天井や壁から砂ぼこりが立つ。


「やべぇ!何か、始まったぞ!」


 ガタガタと揺れはじめた放射状の足場が、ゆっくりと回転しながら大きく傾き出したのだ。それは太陽が昇るように、ゆっくり…ゆっくりと上へ登り始める。


「おお、すげー。回りながら上ってるぜ!」


「おそらく、円筒の周りに歯を刻み、その歯を互いに噛み合わせることで、回転運動をさせる歯車が使われているんだ」


「歯車式エレベーターってところか?」


 いつの日か…同じ思想を持った誰かが、使うことを考え作られた円筒の歯車。


「上までもてばいいが…」


 本来は、もといた通路まで上がるように作られていたはずだが、長い年月、海水と海風にさらされていたためか、歯車が上手くかみ合わない。


 ギシギシと軋み出した歯車は、人が立っていれないほど傾き出した。


 そして…支えていた支柱にヒビが入り始め、右に左にと揺れだした次の瞬間、土台部分から崩れだしたのだ。


 大きく傾いた足場は、岩肌に激突し、そのまま四人は落下を覚悟する。


 だが、運が味方についたのか、鐘を持ったままでいた星崎の目の前の壁が、ガラガラ音をたてて崩れ出す。そこにはぽっかりとあいた横穴が現れたのだ。


「穴に、飛び込め!」


 言われなくても、傾いた角度で嫌でも岩穴へと転がり落ちる。


「崩れるぞ!」


 四人が離れた瞬間、足場は勢いが増した海水に没した。


 そしてあとは、流れ込む水の勢いが収まるまで、めちゃくちゃに洞窟内を走り回ったのだ。


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