第4話:四通目:未来の誰かへ
陽翔の死から、四日目の朝。
その日は、誰に宛てもなく、ただひとつの手紙が置かれる日だった。
AIユニット・レイは、陽翔の残した指示に従い、とある場所へと足を運んでいた。
病院のロビー。朝の光が差し込むガラス張りの空間には、静かに行き交う人々の気配と、白い花の香りがほんのりと漂っている。
レイは受付に確認をとったあと、ロビーの一角にある掲示スペースの脇、小さなスタンドに手紙を設置する。
——封筒の表には、ただ一言だけ。
「未来のあなたへ」
手紙の中身は、誰にも宛てられていない。
けれど、そこにはたしかな言葉があった。
『こんにちは。
これを読んでくれているあなたに、ぼくは何も知りません。
でも、きっと今、泣きたいくらいの気持ちを抱えてるんじゃないかなと思って書いています。』
『誰かを失ったかもしれない。
自分を責めているかもしれない。
明日が来るのが、ちょっとだけこわいかもしれない。』
『でも、たぶん、あなたは優しい人です。
その優しさが、少しだけ苦しさを呼ぶこともあるって、ぼくも知っています。』
『ぼくは、15年しか生きられなかったけど——
それでも最後まで“誰かに言葉を残したい”って思えたことが、いちばんの幸せでした。』
『だから、あなたにも言います。』
『大丈夫。あなたはちゃんと、だいじょうぶ。
心がぐちゃぐちゃな日があっても、涙が止まらない夜があっても、
明日、少しでも“顔を上げてみようかな”って思えたら、それで100点満点。』
『いつか、誰かの悲しみにも、あなたの言葉が届きますように。』
『生きてるって、それだけで、ほんとにすごいことだから。』
——広瀬陽翔
その日、偶然ロビーを訪れていた一人の青年が、封筒に気づいた。
名前もない手紙を、何気なく手に取り、読み始める。
ページをめくる手が、徐々に震えはじめる。
涙が、止まらなくなる。
彼はつい数日前、母親を亡くしたばかりだった。
何もかもがままならず、言葉さえ失っていた心の隙間に、その手紙はまっすぐに入り込んできた。
誰が書いたのかもわからない。けれど、まるで今の自分の心を見透かしたような言葉たちがそこにあった。
手紙を胸に抱きしめ、青年は立ち上がる。
それだけでいいと思った。何かが変わるわけじゃない。でも、止まっていた何かが、少しだけ前に進む気がした。
その様子を、レイは静かに見守っていた。
人の涙を、意味としては理解している。悲しみの反応だということも。
けれど今、自身のログには新しいパターンが記録されていた。
「非宛先型共鳴反応:感情伝播による影響、解析不能」
レイは初めて、データの中に——数値では表せない“温度”を感じていた。
陽翔が、言っていた言葉を思い出す。
「誰かに伝えたいって思えるだけで、人はちゃんと生きてるんだよ」
たった一通の、宛名のない手紙。
けれど、それはたしかに「誰か」に届いた。
そして、また誰かの“言葉”へと繋がっていくのだろう。
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