第3話 蒸気の闇、巫女の誓い
ラシャーンは、アイリを支えながら機械獣の残骸を見つめていた。蒸気の煙と破片が舞い上がり、冷たい風がその場を吹き抜けていく。アイリの力で、機械獣は確かに動きを止めたが、その代償は大きかった。彼女は疲れ果て、顔色も青白くなり、手を支えることもできないほどだ。
「アイリ、無理しないで…」ラシャーンは必死に声をかけた。
アイリはうっすらと微笑んだが、その目はどこか遠くを見つめているようだった。まるで、何かに心を奪われているかのように。
「大丈夫。これくらい…平気」
その言葉には力がなく、ラシャーンはその背中に不安を感じずにはいられなかった。アイリの力は確かに凄まじいが、同時に彼女が使うたびに命が削られていくことを、ラシャーンは痛感していた。
「頼むから、無理しないでくれ」ラシャーンは少し強い口調で言った。
その時、彼の目の前で蒸気獣の残骸が突然揺れた。何もなかったかのように静まり返っていたその場所で、再び、機械のうなる音が響き渡る。ラシャーンは驚きの表情を浮かべながら、その残骸を見つめた。
「な、なんだ…?」
その時、アイリが力なく肩を震わせ、ゆっくりと顔を上げた。目には決意の色が宿り、息を飲み込んだ。
「ラシャーン、気をつけて…あれは…ただの機械じゃない」
アイリの言葉にラシャーンは瞬時に警戒を高めた。アイリが何かを感じ取ったのだろうか。それとも、彼女の力の源である歌が、予兆を捉えたのか。
その瞬間、機械獣の残骸が爆発的に動き出し、無数の鋼鉄の爪がラシャーンに向かって飛び込んできた。ラシャーンは身をひるがえし、すぐに蒸機槍を振るって防御を試みたが、その力強さに押し戻されていった。
「くっ…!」
アイリが立ち上がろうとしたが、その足元がふらつき、彼女は再び倒れそうになった。
「アイリ!下がって!」ラシャーンは叫んだ。
だが、アイリはそのまま彼の目の前に立ち、目を閉じて歌い始めた。その歌声は、今までのように力強いものではなく、どこか悲しげで切ない響きだった。
「アイリ、無理だ…!」
ラシャーンは焦りながらも、アイリの歌を止めようとした。しかし、アイリは首を横に振り、力なく笑った。
「これが、私の使命だから…」
その瞬間、アイリの周囲に、光の輪が現れた。それは歌声によって引き起こされたものではなく、アイリの内側から湧き出る力が形を成したものだった。ラシャーンはその光景を目の当たりにし、息を呑んだ。
「これは…?」
「ラシャーン、私の歌には…ただの力じゃないものが宿っている。それは、古の巫女たちが使った力のひとつ。命を…命を掛けた力」
アイリの目は静かだった。その瞳には、決して逃げられない運命を受け入れたような、儚い覚悟が見て取れた。
「私は、私の歌でこの世界を救う。それが、私の誓い」
アイリの歌声が再び高まった。それは彼女の体力を削り、命を使うことを知りながら、彼女は歌い続けた。その歌声に、ラシャーンはただ呆然と立ち尽くすことしかできなかった。
その歌声が空気を切り裂くように響くと、機械獣の残骸が再び動き出す。しかし、今回はその動きが鈍い。そして、アイリの歌に応じるように、周囲の蒸気が反応し、渦を巻きながら機械獣を締め上げ始めた。
「アイリ、これで…!」
ラシャーンが声を上げると、アイリはかすかにうなずき、歌を続けた。だが、その瞬間、アイリの体が揺れ、彼女の目が一瞬で潰れていくような痛みに歪んだ。
「アイリ!」ラシャーンが駆け寄ると、アイリは膝をついて倒れ込んだ。その顔は真っ白で、息をすることすら困難な様子だった。
「大丈夫、だから…少し、休むだけ」アイリは弱々しく言ったが、その表情からはもう余裕は感じられなかった。
ラシャーンはすぐに彼女を抱きかかえ、地面に座らせた。
「無茶だ…!これ以上は…」
「ラシャーン、私の使命は終わりじゃない。まだ…まだ続けなきゃならないことがある」
アイリは静かに目を閉じ、しばらく沈黙が続いた。ラシャーンはその言葉に答えることができなかった。彼女の覚悟が、彼の心に深く突き刺さったからだ。
その時、突如として空が変わり、遠くの山々から低い雷鳴が響いた。何かが、彼らの前に迫っていることを知らせていた。
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