落ちこぼれ魔導師は邪龍の夢を叶えるか? ~追放された魔導師、実は想像したものを具現化させるチート能力持ちだった~
井浦 光斗
第1話 奈落の底へ落とされた落ちこぼれ
朝の冷たい空気をかき分けるように、僕たち四人は古代遺跡の入口へ足を運んでいた。空は晴れているのに、その場所は陰鬱な雰囲気に包まれていた。砂色の石壁がごつごつと積み上げられた回廊の先に、魔力を帯びた闇がじわじわと染み出しているかのようだ。
ただ、僕はいつも通り大量の荷物を背負わされて、必死に歩調を合わせていた。
「手短に言うぞ」
僕のパーティーのリーダーことガルヴァンは強い口調で言い放つ。リーダーと呼ばれるのが当然と言わんばかりの振る舞いで、実際彼の実力は高い。
鋭い剣術と抜群の身体能力、そして魔法理論にも通じている。何より、王立魔術学院で優秀な成績を収めたという経歴があることで、周囲は彼を英雄候補とまで呼んでいる。
「ここの奥に、魔力反応が強い箇所がある。そこにめぼしい宝や遺産が眠っている可能性が高いってわけだ。危険は大きいが、さっさと踏み込んでいけば問題ないだろう。いいな?」
ガルヴァンがまっすぐ前を向いたまま言う。後ろにはいつも通り、彼の頼もしい仲間たちが待機していた。
まずはシモーネ、パーティーのメイン魔導師だ。複数属性を扱うと自負するだけあって、実際の火力は尋常じゃない。高等魔術研究会の出身だという話を耳にしたことがあるけれど、あまりくわしい経緯は聞いていない。彼女は手に持つ魔力測定具で遺跡の内部を少し測り、細い眉をひそめている。
「魔力濃度、そこそこ高いわね。厄介なトラップや魔物が潜んでる可能性があるわ。時間を無駄にしたくないし、一気に奥まで進みましょ。休憩ばっかりは嫌よ。」
彼女は冷淡なリアリストという噂通り、いつもパーティーの効率を最優先して動く。僕みたいに魔力がうまく扱えない人間は、彼女にとって本当に無意味なんだろう。
そしてもう一人はバルス。重装タンク役で、黙々と装備を点検している姿は前衛の鏡だ。胸当てやすね当てに傷が多く刻まれていて、彼の戦歴の豊富さを感じる。リーダーのカルヴァンとは昔からの友人らしく、目線を交わすだけで、言葉を交わさずとも連携を取れるようだ。
最後に僕ことリオ・フェルト。落ちぶれ魔導師とか、学院落第の男とか、周囲からは散々な呼び方をされる。今だって荷物持ち担当。腰には最低限の革の胸当てを身につけているだけで、自分で言うのもなんだが……まともに戦える気配はまるでない。
背中のローブもボロボロで、くたびれた魔導杖が一振り。こんなのが冒険者なんて、世間から見たら笑いものだろう。
だからこそ、僕はここで成果を出したいと思っていた。
「……今回こそ、役に立てるようにがんばらないと」
僕は小さくつぶやいた。シモーネは露骨にため息をつき、バルスは僕をちらりと見ただけで興味を失った。ガルヴァンなんかは、わざわざ僕のほうへ視線すら向けやしない。
「よし、行くぞ。足を引っ張るなよ、リオ」
ガルヴァンの冷たい言葉が胸に突き刺さる。
――そうはいっても、僕は何かをやらなきゃならない。背負った荷物がずしりと重いけど、きっとみんなの役に立てる瞬間があると信じたい。学院を追われてから、冒険者ギルドで食いつなぐ以外の道はなかった僕だけれど、それでもやる気だけは失いたくない。
朝日が遺跡の石壁を微かに照らす中、僕たちはいよいよ暗い通路へと足を踏み入れた。
※※※
中に入ると、空気が一変した。何かの魔力がこもっているのか、ひんやりした石床からくすぶるような不穏な気配が立ちのぼっている。石造りの壁には古代文字が乱雑に刻まれていて、苔むした天井からは水滴がぽたぽたと落ちてくる。
「……これは、いやな感じね」
シモーネさんが測定具を目の前にかざしながらつぶやく。
「そんなに魔力が濃いか?」
「ええ、ここまで魔力が濃い場所はそうそうないわよ、長時間いるのは危険かもね」
ガルヴァンはシモーネの報告に一瞬顔をしかめつつ、手短に「先を急ぐぞ」とだけ告げて通路の奥を指し示した。シモーネは無言で測定具を操作しながら、周囲への警戒を緩めないよう視線をきびしく巡らせている。
一方、バルスさんは前衛装備に身を固め、彼のでかい盾を片手に先頭を歩く。戦闘における彼の信頼性は高く、ガルヴァンもそこは信頼を寄せているらしい。
僕の役割は、通路の暗がりを照らす照明道具を掲げ、地図を片手に後ろをついていくこと。戦闘が始まったら回避を最優先しろと、いつも釘を刺されている。
「……こんなとこで何か見つかるかな」
たまたま壁に刻まれた古代文字に目をやりながら、僕は頭の中でひっそりと呟く。もしかしたらすごい宝物があるかもしれないし、逆に何もないかもしれない。冒険とはそういうものだが、僕にとっては「今回活躍できるか」がすべてだ。
けれどガルヴァンたちはそんな僕を気にも留めず、足早に奥へ奥へと進んでいく。
すると、バルスさんが急に足を止めた。
「……底知れない気配が、するな」
珍しく彼が低くつぶやく。やや身構えて盾を前に構え直す仕草から、その警戒心の強さが伝わってきた。
「チッ……時間が惜しいんだ。どこにいるか探すぞ」
ガルヴァンは焦ったように通路をうかがい、シモーネに目配せを送る。
「やれやれ。こんな早い段階で厄介者が出てくるってわけ?」
シモーネは肩をすくめながらも測定具に魔力を注ぎ、奥のエリアに小規模な探査魔法を発動させている。
僕はというと、ただ照明道具を握ったまま硬直していた。もし敵が出たら、僕も少しくらい魔法で援護できるだろうか。いや、正直学院時代もまともに魔法が発動しなかった身だ。いつも通りミスを連発して、パーティーに迷惑をかけるかもしれない。
「……だけど、いつまでも荷物持ちだけの自分は嫌だ」
気持ちだけは空回りするまま、僕は唇を噛みしめた。
やがて広間へ差し掛かったとき、それは起こった。
石柱が何本も立ち並ぶ半壊のホールのような場所で、天井が高く、暗がりが一層深い。そこへパーティーが足を踏み入れた瞬間、気配がざわりと動いた。
「うわっ……出たか!」
ガルヴァンが剣を抜くと同時に、巨大な姿が闇から踊り出る。それは……全身に鎧を着込んだスケルトン――血の気を感じない顔面をこちらに向け、ガシャリガシャリと足音を立ててくる。
「案の定、いたみたいね。仕方ない、やるわ」
シモーネが短い詠唱で火球をいくつも生み出し、一気に投げつける。バルスは盾を掲げ、その炎を避けようとする敵の進路をふさぐ。ガルヴァンは剣に魔力をこめて、斬り込むタイミングを見計らう。
三人の連携はすばらしく、さすがの強敵も簡単には動けない。それでも敵の硬さと怪力は脅威だった。骨がむき出しの腕で石柱を根こそぎ砕き、砕けた破片を投げつけてくる。鋭い風圧に石片がまき散らされ、僕は息を呑んだ。
「くっ……皆んな気をつけろ!」
ガルヴァンは破片をかわしながら、声を荒げた。
その次の瞬間、敵が骨の腕を大きく振り上げ、僕のほうへ振り下ろしてくる。咄嗟に逃げようとするが、足がもつれてしまった。
「うわあっ!」
思わず情けない悲鳴を上げながら転がるように避けたが、完全には間に合わず、肩口と足に衝撃が走った。かろうじて即死は免れたものの、痛みで意識がかすみそうになる。
「この……!」
ガルヴァンが剣を振り下ろし、バルスが盾で一撃を弾き返し、シモーネの雷撃魔法が一気に炸裂する。
強烈な光と轟音が広間を満たし、敵の体がばらばらに砕け散るように崩れていった。短時間ながら、激しい戦闘だったことに違いない。
だが、勝ったのは彼らの力だ。僕は何もできなかったどころか、無様に転がっただけで負傷した。
「……お前、足を引っ張るなといったよな?」
ガルヴァンが淡々とした口調で近づく。けれどその眼差しは怒りに満ちているようにも見える。
「す、すみません……」
僕は荒い呼吸のまま謝罪することしかできない。
ちらりと視線を横にやると、シモーネがため息混じりに僕を見下ろしていた。
「荷物持ちすらこなせないなんて……やっぱり足手まといね」
突き刺さるような冷淡さだ。僕には返す言葉が見つからない。
バルスは黙っているが、目が完全に呆れているのがわかる。ああ、またこんな顔をさせてしまった。救護用ポーションは限られているし、僕なんかに使う余裕もないかもしれない。
「……どうする、ガルヴァン?」
シモーネさんがガルヴァンさんを振り返る。リーダーの判断を待っているのは明らかで、僕は胸騒ぎが止まらなかった。
「……まったく、役に立たないどころか足手まといだ。こいつを連れていっても俺たちのリスクが増えるだけだ」
苛立ちを隠そうともせず、ガルヴァンさんが吐き捨てる。
「じゃあ、置いていく……?」
シモーネさんが当たり前の提案のように言う。彼女の瞳は冷たいままだ。
「助ける余裕はないな」
バルスさんも低くつぶやく。それが僕の運命を決定づける瞬間だった。
「お前は要らない。俺たちにとって邪魔なだけだ」
ガルヴァンさんの声が、広間に響く。
落ちこぼれで魔力の低い僕を、彼らは最初から軽んじていた。でもこうして命の危険にさらされた場面で、はっきりと『見捨てる』という判断が下されたのだ。
「ちょ、ちょっと待ってください……ぼ、僕だって、力に……」
必死に反論しようとした瞬間、ガルヴァンさんが僕の胸ぐらを掴む。いや、それだけじゃ足りずに強く引っ張られ――
「役立たずが!」
彼は怒気にまみれた顔で、僕を崩れかけた通路の先、谷底へと続く暗闇の穴へ突き飛ばした。力がこもりすぎていて、抵抗する猶予すらなかった。
重力に引きずられる感覚が、一瞬で僕の全身を包み込む。
「な……っ!」
何も考えられないまま、視界が大きく回転して、ガルヴァンさんたちの姿が遠ざかっていく。足元には奈落のような闇が広がり、止まらない落下の衝撃に僕は絶望の叫びすら上げられなかった。
ガルヴァンさんの視線が一瞬だけ見えた。それは冷たく、何の感傷もなくて、僕を完全に切り捨てたという意思の象徴。
意識が急激に遠のき、世界が霞む。
肩の激痛や、脚の焼けるような苦しみ。すべてがぼやけて、身体が何かに打ちつけられたらしい衝撃の後、僕は闇の底へと沈むように意識を手放していった。
ああ、僕は、ここで死ぬんだ――
神さまなんているなら、最後にもう少しだけ、自分の力を信じてみたかった。学院ではずっと落ちこぼれで、パーティーからも足手まとい扱いで、結局こんな場所で命を落としてしまうなんて。
どうして僕は、こんなにも役に立てなかったんだろう。悔しさだけが、ぼんやりと脳裏をめぐる。
だけど誰もこの痛みに気づいてくれない。誰も手を差し伸べてはくれない。僕の存在を、これまで信用してくれた仲間なんて、本当は一人もいなかったんだ。
こうして、僕の意識は完全に遮断される。出口のない暗黒の底で、重苦しく静かな時が流れ始めたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます