きっと、近くに。

アオキユーキ

白い部屋

 目が覚めたとき、そこは真っ白な部屋だった。

 壁も天井も床も、何もかも白い。窓もドアもない。ただ、空間があるだけ。寝ていたのか、倒れていたのかもわからない。起き上がってみると、身体はちゃんと動いた。服も着ている。スマホもポケットに入っていた。

 けど、圏外だった。

 ホームボタンを押す。時間は表示される。日付は……2000年?おかしい。昨日まで2025年だったはずだ。

 部屋の隅を探るように歩いてみる。壁を叩いてみる。硬い音。返事はない。

 そして、数分後。ある“異変”に気がついた。


 ——壁に、目がついている。

 一瞬の錯覚かと思った。だけどその“目”は、こちらを見ていた。

 じっと、まばたきもせず、真っ黒な瞳で。

 心臓が跳ねた。背中が凍る。一歩、後ずさる。

 すると今度は、反対の壁に、もうひとつの目が現れた。


「なんだよこれ……!」


 叫んでも、返事はない。だけど、目は増え続ける。天井に。床に。壁一面に。

 赤いまぶたに包まれた、無数の“目”。

 そして、あることに気づいた。どの目も、「泣いている」。黒い涙が、じわじわと流れている。

 そして、音が、した。

 ごり、ごり、ごり……

 床の一部が、めくれ上がる。何かが這い出してくる。

 人のような、けれど顔がない。手足も、ねじれたように曲がっている。


「出して……」


 声がした。けれど、顔はない。


「出して、出して、出して、出して」



 壁中の目が一斉に涙をこぼしながら、口のない存在が、にじり寄ってくる。

 スマホを構える。何もできないまま、カメラを起動してみる。正しいものが映ると信じて。

 映ったのは、自分の後ろに立つ“何か”。

 それは、自分の顔をしていた。

 笑っていた。


 そして、スマホの画面がブラックアウトした瞬間、何かが背後から首を掴んだ。



 ……そこで、目が覚めた。

 いつもの自分の部屋だ。見慣れた天井、見慣れたカーテン。スマホのアラームも鳴ってる。

 夢だった、と思う。変な感覚が残ってるけど、現実の感触が少しずつ戻ってくる。でも、胸の奥の冷たいものが引っかかったままだ。


 何気なくスマホを手に取る。ふと、夢を思い出し、カメラロールが気になった。

 写真フォルダを開いた瞬間──背筋が凍った。

 見覚えのない画像が並んでいる。自分では撮っていないはずの、あの白い部屋の写真。

 一枚目。壁に浮かぶ、涙を流す目。

 二枚目。床にめり込んだ腕、指先が何かを掴もうとしている。

 三枚目。自分の後ろに立つ、自分。

 喉が詰まる。息が止まりそうになる。撮っていない、こんなもの。

 最後の一枚。

 カメラ目線で、笑う“自分”が、手を振っている。

 背景には、見慣れた部屋。

 自分のベッド。壁のポスター。昨日脱ぎ捨てたパーカー。

 ……今、自分がいる場所と、寸分違わない。

 写真の中の“自分”は、笑顔でこちらを見ていた。

 静かに、じっと、待っているように。


 今、背後で、空気がわずかに揺れた。

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