第10話:え、それってデートじゃない?

ルイはすでに男の子たちに剣の扱いを教えていた。

その中にハンスさんもいたので、あの人も剣が扱えるのですごいと思う。

この世界の執事は剣士の鍛錬も、積んでいるのだろうか。

女の子たちはテーブルに向って、編み物をしていた。

これは私が教えてあげたものだ。


「綺麗にできていますね」

「奥様!」

「貴方は器用ですね。これからも続けてください」

「はい!」


素直な子たちは、何が自分にできるのか何でも挑戦する精神がいい。

今はまだ与えられたものかもしれないけれど、これから先はどう成長していくか分からない。

子どもたちの姿が、妹と重なって寂しくなる。


あの子は本当に魔女の生まれ変わりなのだろうか。

でもそれが間違えだったら?

魔女に覚醒しないこともあるかもしれない。


「おい、シシィ!」


叫ばれて、そちらを見る。

私を猫みたいに呼ばないでと、思った時、ルイが私を見ていた。

息を飲むくらいに格好いい。

金色の髪に汗が飛んで、輝いている。

私はルイに近づき、タオルを手渡した。


「ちゃんと寝たのか」

「寝ました」

「そうか」


ぶっきら棒な言い方だったけれど、彼は私を心配してくれる。

それを感じながら、複雑な気持ちだった。


「どうした」

「いえ……」


ため息交じりに返事をすると、ルイはタオルを戻してきた。

強引な感じだったけれど、その時に口を開く。


「昼間は時間があるか」

「私、ですか?」

「ああ」

「ありますけれど」

「この近辺をまだ案内していなかったので、連れて行く」


彼はそれだけを言うと、また子どもたちの方へ戻って行った。

この近辺を案内してくれるのか。

そうか。

ルイが連れて行ってくれるのか。

そうか。


え、それってデートじゃない?


そう思った瞬間に顔が真っ赤になってしまう。

日本でもこの世界でも、私はデートなんてしたことがない。

したことがないのだ。

貴族の令嬢として稀にパーティーは参加したけれど、それも数えるほど。

嬉しさと恥ずかしさ。

様々な感情が私の中に入り混じっていった。


朝食の時間になって、黒いパンをみんなで頬張りながら、私は隣に座るルイを見れなかった。

彼は何も言わず、何もせず、子どもたちに食事を勧めながら、自分も口に運ぶ。

そんな繰り返し。

不器用な私たちは、本当に夫婦になれるのだろうか。


出かける話をハンスにすると、マリアさんが昼食を持たせてくれるという。

要はお弁当だ。

私はその手伝いをすると言って、後を追いかける。


「坊ちゃま」

「坊ちゃまと呼ぶな、ハンス」

「すみません、旦那様。だから申し上げましたでしょう、奥様には直接お伝えになる方がよいと」

「ああ、その通りだった」


2人がそんな会話をしているなんて、私は知りもしないのだった。




◇◇◇




「サンドイッチにしましょうか、奥様」

「そうですね。後は昨日焼いたクッキーとケーキも持って行っていいですか?」

「ケーキはカットしておきましょう」


マリアさんはテキパキと準備を進めてくれて、新鮮なリンゴやブドウも準備してくれた。

必要な物はすべてカゴに入れてくれたから、私はこれを持っていくだけでいい。


「奥様」

「はい」

「坊ちゃまは、女性と出かけたことがございません!」

「は、はあ……」


それは私も同じなのだけれど。

でもマリアさんはとても真剣な顔だった。


「何か失敗なさっても、大目に見てあげてくださいね!」

「だ、大丈夫ですよ、わ、わ、私も、初めて……なので」

「まあ……!なんて初々しいの!」

「は、恥ずかしいので、そんなに期待しないでください、マリアさん……」


こうして私は荷物を受け取り、ルイの元へ行った。

この世界でのデートは、ほとんどがピクニックや貴族なら買い物だ。

日本のようにテーマパークはないし、日帰りできるような場所もない。

今日は彼に任せるしかないだろう。


ルイを探していると、彼は馬を準備しているところだった。

あの真っ白な馬を大事そうに見つめている。


「馬の名前は……なんですか」


彼の背中に話しかけると、彼は振り返った。


「ユキ。母が名付けた」

「ユキ……」

「雪のように白いからな」


ちょっと日本みたいな名前だなと思ったけれど、彼は気に入っているようだった。

優しそうな顔をしている彼は、本当に馬が好きなのだろう。


「あの、私の馬はどれをお借りしていいのですか」

「好きな馬を選べ」

「分かりました」


私は馬小屋から気に入った子を連れてきた。

そして自分で鞍を準備し、さっさと馬にまたがる。


「本当に馬に乗れたんだな」

「嘘だと思っていたんですか?」

「貴族の娘は、そういうものだろう」

「普通の貴族の娘じゃありませんので!」


私はそう言って馬を走らせた。

この子はとても賢くて、私によく合わせてくれるいい馬だ。

私のことを気遣うように走ってくれる。

ルイは後から追いかけてきて、すぐ追い付いてしまい、気づけば隣にいた。


「道に迷うぞ!」

「ルイがいるのに、どうして道に迷うんですか!」

「まったく……」


2人で馬に乗って、丘を越える。

その先には黄金の麦畑。

この世界は日本と少し違うようで、季節の植物が違うのだ。

理由は知らない。


「きれい……」

「この近辺はすべてグラース家の領地だ。お前の土地になるんだぞ」

「私の土地?」

「そうだ。俺は騎士団を任せられているから、家のことまで手が回らないことがある。それをお前がするんだ」

「それって、聞いてませんけど?」


白馬のユキを撫でながら、ルイは当たり前のような顔で話し出す。


「何の為に貿易をしている家の娘をもらったと思っているんだ」

「事業をしろと?」

「そこまでは言っていない。お前の髪と目、そして貿易をしている家の娘。そのすべてを発揮しろ。それで十分だ」

「私、父の仕事は何も手伝っていませんけど」


そう言いながら、私は手綱を握る。

馬はゆっくりと歩き出し、ルイと私の会話は続いた。


「お前は兄よりは優秀だと聞いている」

「兄ですか?まあ兄はちょっと事業には向かない人ですね」

「悪い奴ではないがな。何度か食事をしたが、人間性は嫌っていない」

「兄をご存じだったんですね」


だから。

会ったこともない、私の容姿などを知っていたのかもしれない。

私たちは麦畑の間を馬で歩き続けた。


「お前が男だったら、家督を奪われていたかもしれないと、嘆いていたぞ」

「褒め言葉にとっておきます。でもそんなことを兄が言っていたんですね」

「酒に酔っていて、どこぞの令嬢に相手にされなかったとも言っていたな」

「あの人、見た目は悪くないんですが、駄目なんですよねぇ。ご令嬢の好みではないようで」


私がそう言った時、ルイは少しだけ笑ったように見えた。

そんなにおかしな話だっただろうか。

ルイに声をかけようとした時、麦畑から汚れた格好をした男がやってくる。

どうやらこの麦畑を管理している人のようだ。

ルイが話をしている間、私はこの広大な麦畑と青空を眺める。

こんなに広大な麦畑があるなら、もっと立派なパンを作ってもいいかもしれない。

事業をしろとは言われなかった。

でも家のことは任せられるのか。

それならいっそのこと、何かやってみる?


妹が魔女として覚醒しないように、いいことをさせてみるってのは駄目なのかな?

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