クズ男の成れの果て

A宮

プロローグ

プロローグ

「最低」


 声のするほうを振り返った瞬間、バチンと破裂音にも近い音が俺の頬で叩き鳴らされた。


「え?」


 夜の雑踏の中から飛び出してきた女。唐突な出来事に呆然と立ち尽くしていると、その女はまくし立てるかのように声を上げ始めた。

 

「昨日他の女と腕組んで歩いてたよね?マジ意味わかんないんだけど」

 

 長いネイルを輝かせながら、茶髪の長い髪を靡かせて湊の方へとスマホを強く突き付けた。


「マジキモイ、こんな女のどこがいい訳?」

「待って待って、一旦落ち着いてくんない?」

「落ち着けるわけないじゃん、何言ってんの?」


 見覚えのない女からの怒涛の暴言。何処か見覚えのあるその顔をまじまじと見つめるも、ぼんやりと靄がかかったようにはっきりと思い出すことはできない。


 人通りの多い大通りの真ん中。目立たないわけもなく、殆どの通行人がこちらを見てから知らんぷりをして歩いていく。


「はあ……?俺君と付き合った覚えないし、そもそも誰な――」


 どん、胸から広がる軽い衝撃と共に視界が暗闇に落ちた。

 直後、強い衝撃が体全身を包む。最初は何が起こったのかすらわからなかったが、徐々に鼻を劈く耐え難い生臭い悪臭により自分の現状を少しずつ理解した。


「あのクソ女……何なんだよ、」


 恨み言を呟きながら体を起こし、何とかこの生臭い空間から脱出する。

 予想通りゴミ箱の中に突き飛ばされたようで、体中に汚いゴミがへばりつき、全身から強烈な匂いを放っている。

 顔を上げるが、既に先程の女の姿は視界から消え、去って行った先を見れば何人かがこちらを恐る恐る覗いている。だが、俺が視線を向けた途端何事もなかったように去って行き、路地には再び暗い静寂が訪れた。

 

 長い息を吐き、目を閉じる。


 気持ちを落ち着かせようとポケットに手を差し込み、中に入っているはずのライターを弄るが、指先には何の感触も伝わってこない。


 どこで落としたかなんて明白だ。

 こいつはどこまで俺の気分を悪くすれば気が済むのだろうか?眉間にしわを寄せてゴミ箱を睨みつけるが、自分の阿保らしさに再びため息が漏れ出した。

 

「……馬鹿らし」


 帰路に就こうと、重い足を持ち上げゆっくりと立ち上がる。

 人など滅多に入らない路地のため、どことない安心感を心に抱えて眩しい繁華街の方へと身体を向けた。

 

「……ポワ」


 聞きなれない音に思わず足が硬直した。

 思考を頭の中で張り巡らせるも、それが脳の奥へ到達する前に、視界へ答えが映る。

 そこに居たのは、想像を遥かに超越した見たこともない生き物。

 

 地面からは何メートルも浮遊しており、何度瞬きをしてもそれは一切地に落ちることがない。

 

 完全に浮いている。

 

 それは狐のような風貌だが、額にはよくわからない紋章のようなものが描かれていて、ぷるぷると小さい体を小刻みに震わせながらこちらを見つめていた。

 大きさも手のひら程度しかなく、夢と疑ってしまうほどには現実離れした生き物。


 そんなものを目の当たりにした湊は、言葉を失い立ち尽くす。

 

 謎の生き物と対峙し、何分経った頃だろうか。


「ポワ……」


 謎の生き物は再び小さく音を発し、ぎこちなくふわふわと飛びながら路地の曲がり角を曲がって逃げていく。


「ちょ、待て待て待て!」


 そんな生き物、追いかける理由などない。

 なのに足は自然と地を蹴り飛ばし、それを全力で追いかける。

 

 この路地は暗くて視界が悪い。それにかなり曲がり角も多く入り組んでいるため、一度見失ったら再び見つけられる確率は限りなくゼロに近かった。


 引きこもりの体力なんて計り知れている。すぐに呼吸も荒くなりスピードが落ち始めた。

 待って、待ってくれ。好奇心とはまた別の感情が、まるで湊を惹きつけるかのように誘っていく。


「はぁ……やっと、追いつく……!」

 

 行き止まりの道へあの生き物が逃げ込んでいくのが見え、自然と走るスピードも上がる。

 あと少し、生まれた余裕のおかげで軽くなった足を走らせて、勢いよく行き止まりの路地へと入る。


「やっと追い付い、た…!」


 息を整え、顔を上げる。

 

「……?」


 先程の感情が一瞬で消え去ったかのよう。湊は眼前の光景を受け止めきれず、馬鹿みたいにその場に立ち尽くした。


 「……………なんだよ、これ」

 

 そこの広がる光景は、まさに異世界。


 行き止まりではあるものの、壁があったはずの場所は全て眩しい光を放つ何かが敷き詰められていた。

 目を凝らしてよく見てみれば、PCのモニターのようなものが壁中に敷き詰められ、それらがあり得ないほどの光を放ち続けていた。

 

「お、おいお前、!」

躊躇いもなく近づいて行くその生き物を咄嗟に呼び止める。

湊の呼びかけに反応したかのようにこちらをゆっくりと振り返り、じっくりとこちらを見つめてくる。

まるで、こっちにこいとでも言っているかのように。


ポポポ…



その瞬間、その場にあるディスプレイ全てが信じられないくらいに光を放ち始めた。

視界が一瞬で真っ白になり、すぐに眼を抑えてうずくまる。


ポポポポポポポポポ…


「…っ、なんだよこれ、!?」


あまりに強烈な光のせいか、頭痛や吐き気の波が押し寄せてくる。


ポポポポポポポポポポポポポポポポポポ…


痛い、気持ち悪い、うるさい。

こんなことを考えている間も、あいつはずっとよくわからない音を発し続けている。


ポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポ…


うるさい。あいつにそう怒鳴りたかったが、俺にはもう声なんて発する余裕もなく、胎児のように体をうずめてこの苦しみを耐える他道は無かった。


喉奥も熱くなり、酸っぱい液体が体の奥から這い上がってくる感覚に身体中が震える。


全身が激しい痛みに覆われ、あの耳障りな鳴き声も段々と遠のいていく。


「し、死んじまう……」


 そして、脳内でブツンと何かが切れる音が響き、桜井湊はそこで気を失った。

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