幕間 新人受付の仕事は前途多難

 私の名前はアリシア、光栄にもしがない冒険者からから本部のギルドの受付嬢という大役に任命された治癒術師です。

 今日は、冒険者ギルドでの記念すべき最初の勤務日でした。

 最初の勤務日とのこともあってとても緊張していましたが、他の受付嬢の先輩方もとても優しく、すぐに打ち解けられました。

 教育係、あ、依頼管理係でしたね、クレイドさんも、言い方は少し冷たくて、表情も機嫌が良さそうには見えませんが、私に仕事を教える時はとても丁寧です。


 仕事は、正直、思ったよりも簡単でした。内容としては、冒険者との衝突を避けながら、依頼の受注を完了させる。あとは大体暇な時間で、途中に他の受付嬢の先輩方から別の仕事なども教えてもらいながら着々と仕事をしていました。


 冒険者の方から時折いやらしい目つきで見られるのは少し嫌でしたが、それも同じ受付嬢の先輩と、そしてギルドの給料の高さを思い出せばなんてことはありません。


 そもそも、そんな男性間とのトラブルは冒険者時代でも多くありましたし。

 正直慣れっこです。


 今ではもう、どんな冒険者がどんな依頼を受けるのか、これを観察するのが少しだけ楽しみになってきています。

 そうやって延々と仕事をしていると、とあることに気づきます。それは、明らかに依頼を受注してくる冒険者よりも、依頼の達成報告や素材の売却などを頼む冒険者の方が増えてきているのです。こうしたちょっとしたギルドの変容に少し面白く思っていると、露出の高い服を着た女性の方々が奥の方から大勢出てきました。


 何度か見たことがあります。冒険者ギルドではこのくらいの時間帯になるとギルド専用のウェイトレスや料理人さんたちが酒場を開いてくれるのです。

 この酒場の料理は安いのに何故かとても美味しく、この空気に酔いながらフレットさんたちがワイワイしているのを見るのがとても好きでした。


 変わっていくギルドの様子を見ながら少し前の思い出に浸る私に、先輩受付嬢の1人が私に声をかけました。


「あ、もうこんな時間か、ごめんねアリシアちゃん。私もう行かなきゃ」

「え、あ、はい!お疲れ様です」

「うん、お疲れ〜」


 そう言ってせかせか道具を鞄にまとめているのは、先輩受付嬢のクレアさん。今日、私を可愛がってくれた方の一人です。

 右も左も分からない私にいろんな仕事を教えてくれたし、私の手に余る仕事は代わりにやってくれる、この人のためにも早く仕事を覚えたい、そう思えるようないい人で、同じ女性として少し羨ましいほどに艶のある綺麗な長い茶髪が特徴的な綺麗なお姉さん。

 そんな彼女は、結構な古株らしく、ギルド内(主に男性冒険者)でもかなり人気で、このギルド内での重役の一人であるクレイドさんとも親しいです。


「え〜クレア先輩帰っちゃうんですか〜?」


 クレアさんの去り際に、先輩受付嬢の1人が名残惜しそうに声をあげました。

 この人はミーニャ先輩、私の一つ上で、ギルド歴は三年。獣人と人間のハーフらしいが、獣人の血は薄く、尻尾や牙、獣人らしい体毛もない。ただ、頭部から人間の耳の代わりに、長く美しい兎族の白い耳が伸びている。

 すごく親しみやすい人で、私が入ってすぐにたくさん話しかけてきてくれました。

 この人のおかげで、私はあまり気負わずに仕事を続けられているし、他の先輩や職員の方々との橋渡しにもなってくれています。

 ミーニャ先輩はとても人好きで、特にクレア先輩を特別好いています。それは彼女の言動や行動の端端から感じられます。


「クレア先輩今日ちょっといつもよりも早くないですか〜?」

「今日はちょっと婚約者との予定がね、クレイド君に無理言って少し早めに上がらせてもらったの」

「え〜、今日はせっかくあの人・・・がいないのに〜、もっと楽しみましょうよ〜」

「……そんなことは言わないの。それと、私がいなくなってもちゃんとアリシアさんに仕事教えてあげてよ?」


 そういって、クレアさんは少しだけ申し訳なさそうに私に目配せをした。それに私は、「大丈夫です、ありがとうございます」という意味を込めて小さくお辞儀した。

 それを確認したクレアさんは少し安心したのか、穏やかな笑みを浮かべて「じゃあ、そういうことだから。しっかりね、ミーニャちゃん」といって、その場にいた職員全員に一通り挨拶した後、彼女は帰って行った。帰った後ミーニャ先輩は「そういうことってどういうことだよー」と小さく呟いた後、気を取り直したような笑顔で私に向き直った。


「よしじゃあらしいので、あと退勤まで少し、みっちり教えるよ!」

「はい、よろしくお願いします!」


 こうして私たちの仕事も少し変わっていきました。ギルドの受付では素材の交換や依頼、仕事のやり取りだけではなく、受付嬢と冒険者の会話、料理や酒の注文などといったことも増えていきました。


「終わったよ〜ミーニャちゃん。くぅー疲れた」

「お疲れ様です!アレフさん。1ヶ月ぶりですか?」

「いやー依頼してきた人が結構遠いとこでさ、知ってる?北のガルゴル山道を抜けた先にあるオルトって街なんだけどさ……」


 隣を見ると、ミーニャさんが知り合いらしい冒険者の方と親しげに話していました。

 私もどんな冒険者とお話しできるんだろうと考えていると、いかにも強そうな、大きい男の冒険者の方が話しかけてくれました。

 そのかたは本当に大きな方で、私よりも頭二つ分は大きそうです。酒に酔っているのか、その目つきは少しだけ不快ですが、私も受付嬢として冒険者の方と仲良くなりたいと思い、私の方から話しかけました。


「お、お疲れ様です。どんなご用件で……」


 そう言いかけた後、すぐに割り込まれる形で会話が始まりました。


「ぷはっ、あんた、新人か?元冒険者だろ」

「え、あ、はい!なんでわかったんですか?」

「そのを見りゃわかる。で名前は?」

「あ、アリシアです!」


 その話を聞いて、私は少し興奮しました。元冒険者として、彼のものすごい量の経験値を察したからです。確かに私は、自分の瞳に細工をしています。私は治癒術師でしたから、傷口にかかっている呪いなどを見つけるための付与魔法を両眼にしているのです。

 それを少し見ただけで見抜くということは、並大抵の冒険者じゃできません。


「そうか、俺はギール。と言えばわかるか?」

「え、と、すいません。存じ上げないですね……」


 もしかして有名人だったのだろうか、フレットさんのような名の立つ冒険者なのかもしれない。だとすれば、知らなかったことが恥ずかしい。


「はあー?」

「す、すみません。よろしければ教えてくれますか」

「ったく、これだからガキは。だから捨てられたんじゃねえの?」


 そう、鼻で笑われました。なんでそう言われたのか、理解するまで少し時間がかかりました。いや、その言葉だけで理解することはできませんでした。

 ただ、その言葉と私の過去が勝手に結びついてしまっただけです。


 絶対にそんなことない、そんな言葉が浮かぶと同時に、心の中に潜んでいた「本当は捨てられたんじゃないか」という恐怖が少しだけ蘇りました。その次に、そんな感情を何故私が、この人のせいで感じなきゃいけないのだろうと、沸々とした怒りが込み上げてきました。


「…どういう意味ですか」

「あんた、どこのパーティだった?」


 また私の言葉を無視する態度に、先ほどは大して気にならなかった怒りが湧いてきます。

 私は先ほどの発言の真意を確かめたい気持ちをおさえて、その質問に答えました。


「……西のモレンドという街のフレットさんのパーティで治癒術師をしていました」


 私は自信を持って言いました。

 すると男は、呆れたようにこう言いました。


「フレット、そいつは男か」

「は、はあ、そうですけど」


 男はやっぱりな、とでもいうかのように鼻を鳴らしました。

 その後に、男はヘラヘラと笑いながら言いました。


「あんたも気の毒だな」

「え?」


 男は私に同情の言葉をかけました。

 おおよそ、その言葉に似合わない軽薄な表情です。


「モレンドのフレットといや、こっちの界隈では有名でな」

「え、いや、多分人違いですよ。フレットさんは確かにすごい人ですけど、冒険者としての評価はそこまででは───」

「女たらしのフレット」


 彼の誤解を解こうとすると、私が話し切る前に先に告げられました。

 女たらしのフレット、聞き馴染みのない言葉、そして聞き流せない言葉です。


「……なんですか、その呼び名」


 思わずそう問いました。

 すると男はニヤついた顔のまま、やけに吐息の多い声で話し始めました。


「いやあ、俺たちの界隈じゃあいつのやり口は有名なのさ。あんたみたいな箱入り娘を散々甘い言葉で惑わして、邪魔になったら適当な理由つけて捨てる。その毒牙にかかった女たちを何人見てきたか…」


 フレットさんはそんな人じゃない、と自分に言い聞かせます。でも、どうしてもこれまでの彼とのやり取りを思い出してしまいます。

 考えるたび、思い出すたび、そして男の言葉を聞くたびに、不安でズキンズキンと頭が痛みます。怒りで血が昇って、顔が熱くなるのがわかります。


「や、やめてください。フレットさんはそんな人ではありません」

「あんた、治癒術師だって?言葉遣いも綺麗だ、おそらく聖堂院の出だろう。引っ掛けやすいのさ、あんたみたいな人間は」

「引っかかるとか、そんなんじゃ……」


 そんなんじゃない、とすぐには言い切れなかった。私は、私を認めてくれたフレットさんに尊敬以上の感情を抱いたことを否定できなかったからだ。

 この人の言っていることは間違っている。第一、私とフレットさんはそんな関係ではなかったのだ。

 けれど、もしフレットさんがそんな人なら、もしフレットさんがあのような言葉を私の知らない無数の女性に投げかけるような人だったら、そんなことを考えるたびに、頭が熱く痛む。

 何よりも、この人のせいでフレットさんを疑い、勝手に傷つけられたことが悔しくて仕方がない。


「あ、もしかしてまだ関係が続いてんのか?やめとけやめとけ、そんな男と付き合ってもあんたが傷つくだけだろ?」

「ッ違います!」


 考えるよりも先に否定の言葉が出てしまった。

 そして気づく、目の前の男の視線の先が私の胸部や臀部に向いていることに。

 その視線に気づいてからと言うもの、確かにすごい冒険者であるはずの目の前の男が、とても気持ち悪いものに見えました。

 

「へえ、じゃあ聞こう、何が違うんだ?」

「っ私とフレットさんは、そんな関係じゃありません」


 そういうと、男は我慢しきれないと言ったように、ケラケラと笑い出しました。

 

「な、何がおかしいんですか」

「クックック、いやあ悪い、納得しちまってよ。つまりあんた、───選ばれなかったわけだ?」


 その一言を聞いた時、私の思考が一度停止しました。

 言いたいことがあるはずなのに、ありすぎて言葉になりません。

 周囲の音は全く聞こえないのに、一番聞きたくないこの男の言葉だけは鮮明に聞こえてしまいます。


「いやあ、どおりで、なるほど合点がいったよ、あんたのその未練がましさとその割にフレットを庇う理由が!」


 男は大きな声で嘲るように言い並べます。

 その様子は本当に本当に、面白くて仕方がないようで、息も絶え絶えです。

 なぜでしょう、こんなに明るい笑い声がしているのに、かけらも嬉しくありません。なぜこの世にはこんなにも不快な笑い声があるのでしょう。

 間を持たずして、男は声を低くして言います。


「ったく、しょうがねえな。おい、今夜は俺の宿に泊まれよ。俺はこう見えてCランク冒険者なんだぜ?前の男よりも何倍もいいだろうが…」


 男はそう言って、私の手を掴もうとしました。

 まるで時が圧縮されたかのように、彼の大木のような腕がゆっくりと、私の細い手首に近づいているのが見えました。

 言いたいことが多すぎて言葉が詰まっていた中、私の腹の奥から悲鳴めいた声が放たれました。


「やめてください!」


 目を閉じて、思い切り、そう叫びました。多分、私がこれまで発した声の中で、最も大きな声だったと思います。

 私の一世一代の叫びが功をなしたのか、目を開けると、男は顔に驚きが張られたままで固まっていました。

 その時初めて、周囲の目線に気づきます。

 先ほどまで、いや、私がこの人と話す前まではあんなに賑やかだったギルドは、一斉に静まり返り、こちらを見つめています。

 隣を見ると、ミーニャさんが驚きと恐怖の入り混じった顔で私を見ていました。

 

 その次に、私は自分がずっとはあはあと重い息をしていることに気づきました。

 今の状況がようやく客観視できました。あの楽しい空間を、私たちが台無しにしてしまった。

 それがわかったからには、すぐにでもこの人との会話を切らなくてはならない。と、思った矢先、空気が揺らいだと錯覚するほどの大声が私の鼓膜を揺らしました。


「でけえ声出すんじゃねえ!クソアマが!」

「く…くそ……?、な、なんでそんことばかり言えるんですかぁ!」

「うるっせえなあ、ったく女ってやつは毎度毎度そうやってキンキン泣きやがる」


 だめだだめだ、この人のペースに乗っては行けない。


「と、とにかく、私はあなたには靡きません、フレットさんを悪く言うのもやめてください!」

「わっかんねえかなあ、理解力の足りねえ女だ。だからそのフレットとかいう野郎にも捨てられたんだよ」

「す、捨てられたんじゃありません!フレットさんは、私のことを気遣って……」

「いい加減、意固地になってんじゃねえ!いい加減、さっさと俺の女に……!」


 そう言いながら、男は私に腕を伸ばしてきました。

 次は誘うかのような速度ではなく、逆らえば腕がとれてしまいそうな、乱暴な手つきでした。

 私の速度では、決して逃れられない、そう思ったその時、後ろで何かが爆発するような、どたん!という音が鳴りました。

 その音に驚いて、思わず目を開けると、私の視界にはあの男ではなく、見慣れない黒い制服姿の男性が、カウンターの上で膝をついていた。

 その後ろ姿がクレイドさんだと気づくのに、少し時間がかかってしまった。


「アリシアさん、今日は帰っていい」

「え、ええでも」

「大丈夫、明日までにはなんとかしておくから」


 そう優しく言うクレイドさんからは、とても安心感を感じました。

 まだ仕事が残っているのではないか、だとか、考えながらも、今目の前で起こっていることに現実感を抱けないままでいる私の足はまだ動きません。

 そんな私の服の裾を、誰かが引っ張ってくれました。急に引っ張られた畳め少し倒れ込むように後退していると、後ろにはミーニャ先輩がいました。


「だ、大丈夫?アリシアちゃん」

「え、あ、と、大丈夫です?」

「わ、わかった、うん、大丈夫じゃなわけないよね、うん、ごめんね!」


 そう言って慌てたようにミーニャさんは私の手を引いて、裏の部屋まで連れて行ってくれました。


「じゃあ、今からもう帰っていいからね!はい、ここ更衣室!」

「え、ああ、ありがとうございます。ところで、どうやって帰ればいいんですか」

「普通に着替えて、制服そこのカゴに置いて、後は私がやっておくから」


 そう言われたので、私は言われるがままに服を脱ぎ、私服に着替え、ミーニャ先輩に背中をさすられながら裏口から出ました。


「大丈夫?一人で帰れる?」

「だ、大丈夫です。ありがとうございます」

「アリシアちゃん家どこ?」

「あ、家、家はですね。え、と、フーレ村です。あの、西の方の」

「街の外じゃん!本当に大丈夫?」


 大丈夫です、と何度も言っても不安そうにするミーニャ先輩の言葉に、ちょっとづつ心の中の氷が溶けていくような、凍えたものがほぐれるような感覚になりながら、帰路に着こうとすると、ミーニャ先輩が一つのチケットを渡してきた。


「これ、一応ここの近くのノールってやつがやってる宿!小さいとこだけど、このチケット渡せばタダで泊まらせてくれるから!」

「え、そんな、もったいないです!」

「大丈夫大丈夫、私これでも結構お金持ちだからさ!」


 こんな初日から先輩に借りを作ってしまったと言う気持ちに駆られながらも、ミーニャ先輩の押しを避けることはできないまま、私はその宿に泊まりました。

 宿のベッドに腰をかけると、一気に力が抜けてしまい、そのまま全体重をベッドに預けた。

 そして、もそもそと動きながら荷物を地面に落とし、顔をシーツに埋める。

 すると、だんだんと涙やらなんやらが滲み出てきて、今日のいい出来事が、全部あの人とのやり取りで塗りつぶされていくような感覚に陥る。 

 それが悲しくて、悔しくて、憎たらしくて、また、なんで私がいる時に来たのかと思って、理不尽で、ずっと涙が止まらなかった。

 だけどそのたび、ミーニャさんの気遣いやクレイドさんの背中を思い出して、安心する。

 

 いつの間にか、私は眠ってしまった。

 神様の気遣いだろうか、覚えてはいないが、いい夢を見た気がした。

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