第17章:二つの戦線

【Part 1:タルタロス潜入 - チームA】

ドームの最下層、さらに地下深く。基幹エネルギー供給施設『タルタロス』。その名は奈落に由来する。迷宮のような構造を持つアークの心臓部。 ルナと、ゼノが選抜した5名の精鋭部隊員は、今は使われていないはずのメンテナンス用垂直ダクトを、光学迷彩マントを纏い、音もなく降下していた。蒸し暑く、機械油とオゾンの匂いが濃密に漂う。 「…状況は?」先頭のルナがインカムで囁くように尋ねる。脇腹の傷が時折鈍く痛む。 『予定ルート上の監視システムは沈黙中。ただし、内部から複数の所属不明通信と、強力なエネルギー反応を探知。敵はすでに中枢部を掌握し、コアに干渉を始めている可能性が高い』冷静なリーダーの声が返る。 「了解。最終降下を開始。降下後、制御室を目指す。見つかったら排除しつつ最短ルートで進む。いいな?」 『了解』 最後のダクトを降り立ち、彼らが足を踏み入れたのは、タルタロスの広大なメイン通路だった。天井は高く、巨大なエネルギーパイプラインが無数に走る。だが、本来あるべき稼働音はなく、不気味な静寂と、破壊された壁や床、焦げ跡が生々しく残る戦闘の痕跡が彼らを迎えた。空気中には、血と硝煙の匂いが微かに残っている。 「…ひでえ有様だな。すでに戦闘があったのか」ルナが吐き捨てる。 部隊員たちが素早く周囲を警戒する。ルナの鋭い感覚が、前方の通路の先に、複数の潜んだ気配を察知した。 「…来るぞ! 待ち伏せだ! 左右に散開!」 ルナの警告と同時に、通路の左右の死角や天井のパイプラインの上から、黒い強化服のノックス派残党兵たちが一斉に姿を現し、パルスライフルを浴びせてきた。数は十数名。全員が肺強化者であり、目には狂信的な光が宿る。 激しい銃撃戦が始まった。ゼノの部隊員たちは、即座に遮蔽物に身を隠し、冷静沈着な連携で応戦する。正確な射撃で次々と敵を無力化していく。 ルナもまた、二丁のブラスターを乱射しながら、アクロバットのように通路を駆け巡る。壁を蹴り、パイプを飛び移り、予測不能な角度から攻撃を仕掛ける。彼女の動きは、怒りと、仲間を守るという強い意志によって、普段以上の鋭さを帯びていた。 「こいつら、ただの残党じゃねえ! ノックスの親衛隊か!」敵の抵抗は予想以上に激しい。死をも恐れず、狂信的に突撃してくる。数で勝る敵に、徐々に押され始めるルナたち。部隊員の一人が負傷し、後退する。 「くそっ!」 その時、ルナは敵部隊の中に、ひときわ動きの鋭い、リーダー格と思しき男がいることに気づいた。両腕に大型の高振動ブレードを装備し、冷酷な殺気を放っている。 (あいつは…! ザギの副官だったボルコフ…! やはり、ここにいやがったか!) ルナの瞳に、再び憎悪の炎が燃え上がる。だが、彼女は以前のように怒りに我を忘れることはなかった。 「リーダー! あのブレード使いはあたしが引き受ける! あんたたちは残りの雑魚を片付け、先に制御室へのルートを確保しろ!」インカムで指示を飛ばす。 『しかし、危険です! あなた一人では!』 「ゴチャゴチャ言うな! これは命令だ! 行け! あたしの過去(ケリ)は、あたしがつける!」 ルナはそう言い放つと、一人、ボルコフへと向かって突進していった。 他の部隊員たちは一瞬ためらったが、リーダーの「行くぞ!」という号令と共に、残りの敵兵の排除と、制御室へのルート確保へと動き出した。 通路の奥で、ルナとボルコフの、激しい一騎打ちが始まった。高振動ブレードが空気を切り裂く甲高い音と、ブラスターの閃光が交錯する。互いの憎悪と殺意が、狭い通路の中で火花を散らす。

【Part 2:中央制御室 - チームB】

同時刻。ドームの最高層、呼吸管理庁本部ビル、中央制御室。アーク全体の神経中枢。壁一面の巨大ホログラフィック・メインスクリーンには、ドーム各所の状況と膨大なデータが洪水のように表示されている。普段の静寂はなく、けたたましい警報音と、オペレーターたちの怒号や悲鳴が響き渡り、戦場のような混乱状態に陥っていた。タルタロスからの異常を示す警告表示が赤く点滅している。 その混乱の中心へと、アリア、ゼノ、そして数名の護衛を伴ったスカイ長官が到着した。彼らを待ち受けていたのは、制御室内にいた職員の半数近くが、突如として長官たちに銃口を向けてくるという、信じがたい光景だった。旧体制派に与する者たちであり、ノックスの残党と連携して、この中枢部を内側から乗っ取ろうとしていたのだ。 「長官! ここまでです! あなたの時代は終わった!」 裏切り者のリーダー格らしき男が叫ぶ。 「愚かな…! 自分たちが何をしているか分かっているのか!」長官は怒りに声を震わせる。 「ゼノ!」 「承知!」 ゼノは長官を庇いながら即座に指示を飛ばし、連れてきた護衛たちが応戦を開始する。制御室内で、味方同士だったはずの者たちによる銃撃戦と情報戦が同時に勃発した。レーザーが飛び交い、コンソールが火花を散らす。 「アリア嬢! メインコンソールへ! システムの制御権を奪い返すんだ! 奴らのハッキングを阻止しろ!」 ゼノはアリアに叫びながら、自身の端末で防御プログラムを起動させる。 「はい!」 アリアは、銃火の中を、恐怖に震えながらもメインコンソールへと駆けた。彼女の頭脳とハッキング技術だけが、この状況を打開する鍵となる。 コンソールにたどり着き、デバイスを接続し、メインシステムへとアクセスを試みる。だが、すでに高度なロックと悪意ある妨害プログラムが仕掛けられており、容易には侵入できない。画面には複雑な暗号コードの壁と妨害プログラムの警告が次々と表示される。 (くそっ…! プロテクトが強すぎる…! 父のシステムを熟知している者の仕業…! それに、ノックス自身が仕掛けたトラップも…!) アリアは必死にキーボードを叩き、父の書斎で独学で身につけた知識と鋭い直感を頼りに、セキュリティの突破口を探る。額に玉のような汗が浮かぶ。 「急げ、アリア嬢! 奴ら、空気制御システムに直接介入しようとしている! 下層区画の酸素濃度が急低下しているぞ!」 ゼノの声が飛ぶ。メインスクリーンの一部に、下層区画の空気組成データが表示され、酸素濃度が急低下し、有毒ガス濃度が上昇し始めているのが映し出された。モニターからは、下層でパニックに陥る市民たちの悲鳴が断片的に伝わってくる。 「なんてことを…! 一般市民を巻き込む気!?」 アリアの目に怒りの炎が宿る。彼女は最後の切り札、母ダイアナが極秘裏にシステム内に残していたバックドアプログラムを使うことにした。 (お母様…力を貸して…!) 祈るような気持ちで、特殊なアクセスコードを入力する。一瞬の沈黙の後、コンソールの画面が切り替わり、システムの最深部への扉が開かれた。 アリアは、敵のマルウェアを回避しながら、空気制御システムの緊急停止コマンドを打ち込もうとする。 だが、敵の反撃も速かった。アリアの侵入を察知した裏切り者たちが、さらに強力なウイルスを放ち、システム全体を強制的にシャットダウンさせようとしてきたのだ。画面が激しく明滅し、制御不能なエラーメッセージが溢れ出す。メインスクリーンの表示も次々と消えていく。 「だめ…! このままでは、システムが完全にクラッシュしてしまう…! ドーム全体が…!」 アリアが絶望的な声を上げた、まさにその時だった。 彼女の操作していたコンソール、そして中央制御室全体のシステムに、突如として、青白い、清浄な光の奔流のようなデータが流れ込んできたのだ。それは、アリアが洞窟で受信した、あのコアから発せられていた謎の信号と同じパターン、いや、それよりも遥かに強く、明確な意志を持った波動だった。 その青白いデータは、まるで意志を持っているかのように、敵の放ったウイルスやマルウェアを瞬時に浄化し、破壊されたシステムコードを自己修復し、そして、暴走しかけていた空気制御システムを、強制的に正常な状態へと書き換えていったのだ。メインスクリーンも再び安定を取り戻し、下層の酸素濃度が回復していく様子が表示される。 (この光…この感覚…温かい…レイン!? あなたなの!?) アリアは、その圧倒的で、しかしどこまでも優しく温かい介入に、レインの存在をはっきりと感じ取った。彼は生きている。そして、このドームの危機を救うために、コアの中から、干渉してきているのだ! 涙が溢れ、彼女はコンソールに額をつけた。「ありがとう…レイン…!」 「…信じられない…奇跡だ…! システムが自己修復している…!?」ゼノもまた、モニターに表示される異常な、しかし明らかに好転していく状況に驚愕の声を漏らした。彼もまた、この現象が単なる偶然ではないこと、そしてそれが誰の意志によるものなのかを察していた。 この奇跡的な介入によって、空気制御システムの暴走は回避され、制御室内の裏切り者たちも動揺を隠せない。ゼノの部隊がその隙をつき、次々と裏切り者たちを制圧していく。 だが、根本的な解決には至っていない。タルタロスでの戦闘も続いているはずだ。そして何より、この混乱の中で、人々は何を信じ、どう行動すればいいのか、完全に指針を見失っている。 「…私が、話さねばなるまい」沈黙を破ったのは、スカイ長官だった。彼は、完全に覚悟を決めた顔をしていた。「ドームの市民たちに、真実を…いや、まずは現状と、我々が進むべき道を示す必要がある。これ以上の混乱と犠牲を防ぐために。そして、未来への希望を繋ぐために。レイン君が…そしてアリア、君が繋いでくれた希望を」 彼は、震えるアリアの手を力強く握り、そしてゼノに向かって頷いた。 「ゼノ君、全ドームに向けて、緊急放送の準備を。私が、直接、市民たちに語りかける」 長年の重圧と罪悪感から解放され、指導者として、そして一人の父として、最後の責任を果たそうとするスカイ長官の瞳には、揺るぎない決意の光が宿っていた。アリアも、父のその覚悟を受け止め、力強く頷き返す。 中央制御室の戦いは、新たな局面へと移行しようとしていた。

【Part 3:タルタロス決戦、そして… - チームA&締め】

タルタロスの深部、エネルギーコアへと続く通路。ルナとボルコフの死闘は、熾烈を極めていた。高振動ブレードが放つ甲高い金属音と、ルナのブラスターが放つ閃光が交錯する。 ボルコフの猛攻は凄まじく、ルナは防戦一方に追い込まれていた。脇腹の傷が開き、呼吸が苦しくなる。 (くそっ…! やっぱ、こいつ強え…! このままじゃ…!) 脳裏に、友人の死の記憶が蘇る。絶望が心を蝕もうとした、その時。遠くから温かい励ましの波動を感じた気がした。レインの気配。そして、アリアや、ゼノたちの顔も浮かんだ。 (…違う…! あたしは、もう一人じゃねえ!) 守りたい。仲間を。未来を。そして、自分自身の過去にもケリをつける。 その強い意志が、彼女の内に眠る力を呼び覚ました。 「うおおおおおっ!」 彼女の身体から、淡い、しかし力強いオーラのようなものが立ち昇る。時間が引き伸ばされ、ボルコフの動きがスローに見える。傷の痛みが消え、全身に力がみなぎる。 (これが…あたしの力…! 『適応者』の力か…!) 「何っ!?」ボルコフが驚愕する。 ルナは、迫りくるブレードを紙一重で躱し、カウンターでボルコフの懐に飛び込むと、強化服のコアユニットにブラスターを突き立てた。 「終わりだ! ダチのところへ行きな!」 トリガーが引かれ、ボルコフは閃光と共に消し飛んだ。 「…はぁ…はぁ…」激しい消耗感と共に、ルナはその場に膝をついた。だが、その目には確かな達成感と、自身の力への自覚が宿っていた。 「ルナ! 無事か!」ゼノの部隊員たちが駆け寄ってくる。 「ああ…なんとか、な」ルナは立ち上がり、前方を睨みつけた。「急ぐぞ! エネルギーコアを止める!」 ルナと部隊員たちは、ボルコフが守っていた最後の隔壁を突破し、ついにタルタロスの心臓部、エネルギーコア制御室へと突入した。 そこには、ノックスの残党兵たちが、巨大なコアにオーバーロードを引き起こすための最終プログラムを起動させようとしていた。コアはすでに不安定な赤黒い光を放ち、施設全体が危険な振動を始めている。 「間に合ったか…! 全員、コアの暴走を阻止しろ!」 最後の戦いが始まった。残党兵たちも必死の抵抗を見せるが、リーダー格のボルコフを失い、ルナとゼノの精鋭部隊の敵ではなかった。次々と制圧され、ついに制御コンソールへと到達する。 「よし! 緊急停止シーケンスを実行する!」部隊の一人がコンソールを操作しようとした、その時だった。 制御室の壁のモニターが、一斉にノイズを発し、スカイ長官のやつれた、しかし決意に満ちた顔が大写しになった。 『…ドーム市民の皆さん、私は呼吸管理庁長官、レオン・スカイです。まず、現在発生している混乱について、そして長年に渡り、私が…我々管理庁が、皆さんに対して行ってきた重大な欺瞞について、全てをお話し、謝罪しなければなりません…』 長官の、衝撃的な告白が始まった。 ルナも、部隊員たちも、思わずその演説に聞き入ってしまう。ドームの歴史が、今まさに変わろうとしている瞬間だった。 だが、その隙を突いて、制御室の奥の暗闇から、予想もしなかった存在が、這いずるように現れた。 ノックスだった。コア制御室での爆発から奇跡的に生き延びていたのだ。だが、その姿はもはや、以前の彼とは似ても似つかない。全身は焼け爛れ、強化服は半壊し、露出した皮膚はコアエネルギーの暴走による影響か、不気味な黒と緑に変色している。虫の息のはずなのに、その瞳だけが、狂気と執念によって、異常な光を放っていた。 「…まだだ…まだ終わらせん…! この世界は…私の手で…『浄化』されるべきなのだ…! レインが…あの小僧が拒むなら…全てを無に還すまで…!」 ノックスは、最後の力を振り絞り、隠し持っていた小型の起爆装置のスイッチを押した。タルタロス全体の自爆シーケンスを起動させるためのものだった。 『警告! 炉心融解まで、残り60秒! 全職員は直ちに退避せよ! 繰り返す…!』 制御室全体に、絶望的な最終カウントダウンを告げる合成音声が鳴り響く。エネルギーコアの光が、臨界点を示す赤色へと急速に変化し、施設全体が崩壊を始めるかのような激しい振動に襲われる。 「なっ…! 自爆だと!?」 「脱出口は!?」 「ダメだ! この振動では、来た道も塞がれている!」 絶体絶命。長官の演説が続くモニターの光が、彼らの絶望的な状況を皮肉に照らし出す。 ルナは、迫りくる爆発と崩壊の中、天を仰ぎ、悪態をついた。 「…おいおい、マジかよ…! せっかくここまで来て、最後がこれかよ、レイン…! あんた、どうすんだよ!」 彼女の脳裏に、レインの最後の笑顔が浮かんだ気がした。ドームの未来は? レインの運命は? そして、残された者たちの結末は? 全てが、残り数十秒のカウントダウンと共に、絶対的な闇の中へと吸い込まれようとしていた。

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