古代エルフ調査記 -エルフォイドの一種族に関する文化人類学的考察-

神野 浩正

Caput I : Marsualfus luciflorus

 奇妙な出で立ちの、耳の長い連中が浜辺で君たちを取り囲んでいる。

 とがった耳、しなやかな体つき、そして森に溶け込むような服装。どう見てもエルフだ。

 彼らは弓を構えたまま、聞いたことのない言葉で何かを叫んでいる。

 緊張が張り詰める。矢を放たれれば、君たちはひとたまりもない。


 君は、数人の仲間たちと共に端艇たんてい(船に積まれた小型の船)に乗って、この浜辺に上陸していた。

 「古代エルフ調査団」の一員として、調査と交流のために選ばれたのだ。

 上陸自体は許可されたものであり、数十年前から数回の接触の記録が残るこの地域への再訪だった。


 君の耳には、「通訳の魔法」の込められた耳飾りがあった。これがあれば、言葉が通じない相手とも意思の疎通ができる。

「"Linguaリングァ Loquaturロクァトゥル Exterisエクステリス"(言葉よ、異国の者に語れ)」

 ラテン語で設定された魔法起動のための呪文を唱え、術式の起動を待つ。他の仲間も同様に唱えると、耳飾りの石の一つが一瞬月光の淡い輝きを放った。

 それは、魔法使いたちが千年以上をかけて発展・洗練させてきた、魔法文明の成果「魔導器」だ。緻密ちみつな「魔術式」を組み込むことで、誰でも魔法を使える器具である。


「我々は、皆さんの暮らしと文化について、理解を深めるために参りました。ご迷惑とならない範囲で観察と記録をさせていただければ幸いです」

 魔術式の不完全さのせいで、相手には妙に敬語だったり、性別や立場がズレた表現になってしまうこともある。

 だが、ともかく言葉と意図は伝わるはずだ。


 エルフたちはざわつきながら、君の言葉に顔を見合わせて何かを話し合っている。

「こいつら、なんだ?」「前にも変わった連中が浜辺に来たことあるってじいさんから聞いた」「どうやら見学が目的らしい」


 そのとき、エルフのひとり――胸の膨らみからして女性だろう――の、むき出しになった膨らんだ腹部から、突然小さな頭がひょこっと飛び出した。

 それは子供だった。まるで、彼女の腹がそのまま袋になっているかのように、そこに収まっている。


「ねーねー、あのひとたち、おなかにふくろ、ついてないよー?」


 子供は君たちを指差しながら、興味津々でまじまじと見つめている。

 母親は青ざめた顔で、「隠れてなさい!」と叫ぶなり、エプロンのような布をさっとかぶせて、子供を袋ごと隠してしまった。


「驚かせてすまなかったね」

 君たちの中で最年長、最も地位が高い教授が、女性に対して落ち着いた口調で詫びた。言葉が通じたのか、それとも態度のせいか、女のエルフは一瞬警戒の目を緩めた。

 エルフたちは仲間同士で短く言葉を交わすと、やがて武器を下げた。まだ疑いは完全には晴れていないが、敵ではないと判断されたらしい。


「ついて来て」先ほどとは別の女性が、そう言って君たちをうながした。楚々そそとした白くゆったりした装束、花やつるを絡めた冠、自然を模したらしいシンボルが刺繍ししゅうされた飾り帯――巫女だろうか。腹の袋も薄い布で覆われている。

 森の中へと歩き始める彼らのあとを、君たちは慎重に追う。柔らかな足音、葉を踏まない歩き方。森の一部であるかのようなその動きに、君は思わず見とれていた。


 やがて、大きな木が姿を現す。何本もの幹が絡み合って一本になったような、不思議な構造をした巨木だ。幹の上には、木材と枝葉を組み合わせて作った家のような物も見える。彼らの村は、木々の上に設けられているようだ。

 巫女らしい女性が、するりと地を蹴った。軽やかに空中を舞い、幹のくぼみに一度着地、そこからさらに跳躍して枝の上へ。まるで羽のように、ふわりと舞いながら上がっていく。

「すご……」仲間の一人がつぶやく。その声に君も深くうなずいた。これが、この地に生きる者たちの身体能力か。


 だが、君たちにはとてもあのようなジャンプは出来ない。

「『浮遊の魔法』を使うしかないか……」

 仲間の一人、魔術式を構築する「魔術式師」の青年の提案を、「待ちなさい」と教授が制した。彼は枝を見上げたまま動かない。

「浮遊で登らないんですか?」魔術式師が不思議そうに尋ねた。

 教授は穏やかに笑って、言った。

「向こうが提供してくれる手段を使う。それが礼儀というものだよ。余計な影響は、文化にとって毒になりかねない。『浮遊の魔法』を見た彼らがどう反応するか、予想がつかないからね。

 ……悟りを得た超人と思われるかもしれないし――あるいは、道義に反する危険な集団と見なされるかもしれない」

 君は苦笑した。

「……白旗を掲げたら、相手にとっては皆殺しの合図だったなんて話もありますからね」

 教授は「そんな話も有ったかな」と小さく笑った。


「ひとまず、俺が先に登ってみるわ」

 仲間の一人である剣士は幹に取りつき、腕力でよじ登ろうとしたが、教授が制した。

「この幹に取り付くこと自体が、不敬とされているかもしれないね。聖なる木に立ち小便したら、夏至げしの祭りで仲間諸共もろとも生贄いけにえにされたなんて話も有る」


「"Aurisアウリス Amplificaアンプリフィカ"(聴覚を増強せよ)」

 『聴覚強化の魔法』を使って、上の方で何か話していないか聞き耳を立ててみた。

 何か相談しているようだが、よくわからない。


 ほどなく、上から二人のエルフが枝から枝へと飛び降りてきた。一人は先ほどの女性、もう一人は新たな男だ。

「長老から許しが出ました。登ってきてください」

「あんたたちはジャンプ出来ないようなんで、上から縄ばしごを降ろそう。そちらの年寄さんはカゴを使うかい?」

 教授は「よろしく頼む」と答えた。

 男エルフが上へ合図を送ると、するすると縄ばしごが降りてきた。さらにツタを編んだロープに下げられたカゴも。

「俺が先頭行きます」と剣士が縄ばしごに手を掛けた。

「私はカゴを使わせてもらおう。何かあったら私が交渉する」と教授が乗り込んだ。

 魔術式師と修習生は、素材の構造に興味津々といった顔で編み目を観察しながら登っていた。

 その後に君が続く。縄ばしごはしっかりと編まれ、滑りにくく、重みを分散する工夫がされている。自然素材でここまでの機能を実現しているとは――君は感嘆の息を漏らした。

 最後の女性の記録係は「高いのはちょっと……」と顔をしかめながらも、慎重に縄ばしごに足をかけた。


 そしてようやく登り切ったその場所に、君は息を呑む。

 そこには、枝々をつなぐ板張りの通路、葉の影に隠れた家々、樹皮と蔦で編まれた手すり、そして――素肌そのものである袋を抱えたエルフ「フクロエルフ」たちの穏やかなまなざしがあった。

 いくつかの袋からは、興味津々の子供達が顔を覗かせていた。

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