第6話 愛

 いよいよユキが遊びに来る日がきた。


 ロボットたちには作業も仕事もお休みさせ、一緒に部屋で待機させている。


 精霊たちは雑談しながら楽しそうに待っている。中には演奏の練習や歌の練習をしている子達まで……。


 遊びにくるだけだし、お礼したいと言ってもらえただけだったのに、盛大すぎるのでは?


 しまったかな?大げさすぎて困らせるかな?と考えながら、ポジティブに持っていけるように考えを巡らせる。


 そ、そうだ!これはみんなに名前をつけやすいようにしているのであって、やりすぎたお出迎えではないぞ。


 名前をもらうってことはある意味誕生日だから、ある意味誕生日パーティーなんだ。うんうん。きっといける。


 もし驚かれたり気まずくなっても、この理由なら切り抜けられるぞ。


 まだ何かあったわけでもないのに、予防線を引いている自分に呆れそうになる。……怖がっているのが丸出しだ。


 自己嫌悪に陥りながら、不安な気持ちに苛まれてくる。


 心の赴くままに好きだと言えたら良いのにな……。


 否定も拒絶もなにもかも怖い。


 もし仮にそうならなかったとしても、興味を持ったり好きだと表現した途端、相手が不幸な目に遭うのも、もう嫌だ。


 フワフワのアザラシのぬいぐるみを、枕元から引っ張って抱き締めると、影の精霊の一人が頭の上に飛んできてくるくる回った。


 なにか用かな?


「どうしたの?用事?」


 影の精霊は返事もせずに頭の上にふんわりと着地し、アザラシの上に狙いを定めて飛び降りてきた。


 どうしたんだろう?


 首をかしげながら影の精霊の行動を観察していると、特に何をするでもなく、襟から服の中にはいってきて思いっきりくすぐられた。


 久々にくすぐられ、体を丸めたりよじったりしながらケタケタ笑わされる。


「や、やめて……!」


 他の精霊たちはそれに気づき、影の精霊の加勢に来ようとして危機一髪の時だ。


 部屋の中でインターフォンの音が鳴り響いた。


 くすぐってきた影の精を含めた精霊たちはインターフォンのモニターに集まりおおはしゃぎしている。


 た、助かった……。


 もちろん、インターフォンがついているのは山の麓にある小屋だ。誰かが押すと、山頂にあるここのモニターがついてやりとりできるようになっている。


 山からみて東西南北の四ヶ所に小屋があり、それぞれにエレベーターがついている。


 息を切らしながらモニターを確認するとユキが映っていて、ホッとしながら小屋のドアを開けるスイッチを押した。


 山頂のこの家から解錠ができるのでとても便利だ。


「エレベーターのところにもインターフォンがあるからそれを押してくれたら使えるよ」


 ユキは笑顔で頷いてくれた。


 エレベーターのスイッチを押してもらった後にこちらからも操作し、出迎えに向かう。


 ロボットたちには家で待っていてもらい、精霊たちにはじゃんけんしてもらって、勝った子についてきてもらった。


 エレベーターが上がってくる音がし、ユキが中から出てきた。


 出迎えがないと思っていたのか、ユキは体を一瞬後退させながら驚いた顔をし、また素敵な笑みを浮かべながら挨拶してくれた。


「こんにちは」


 精霊たちを連れてきてしまったからか、元から遠慮してしまう性格だからなのか、恐る恐る小さな声での挨拶だった。


 一人で来るべきだったかな?


 どうすべきだったのかを考えながら、来てくれて嬉しい気持ちをうっかり溢れさせ、お出迎えの言葉から話し始めた。


「いらっしゃい!無事に来てくれて嬉しいよ!」


 ちょっとは気持ちが声に出ないように抑えるべきだったかな?なんて思いながら、表情が自然と緩んでしまっていることに気づいたけれど、もう隠すには遅いか……。


 ユキも嬉しそうな顔になってくれて、気持ちが溢れたことを後悔せずにすんだ。


 ほんのりと胸の奥底からあたたかくなってくる。春の陽射しを浴びて花開く蕾はこんな心地なのだろうか。


 心がシャボン玉でも出してるように、キラキラフワフワして心地が良い。


 ユキを家に案内しながら、糸がピンと張りつめたような緊張が走る。


 ユキに申し訳なく思わせたり、名前をつけるのが重荷になったりしないかな? 気軽に来ただけなのに、こんな盛大な出迎えじゃ緊張するよね……。今更だけど、準備を控えめにするべきだったかな、と後悔が胸を締めつけた。


 止めるべきだったかなと今更ながら後悔した。吹っ切れないでいられたら良かったのに。


 その次に気になったのは、ユキにどう思われるかだった。


 家族同然なロボットたちと精霊たちでのお出迎えってなんだか嫁入りみたいでは?


 そう思われる可能性に気づくと恥ずかしくて消えてしまいそうだ。否定されたらなおさらショックで死んでしまいそうになるだろう。


 肯定されたらされたで舞い上がりすぎたり、自信のなさからくる自己否定で、きっとぺしゃんこになって死んでしまう。


 否定も肯定も死あるのみ。


 精霊たちの準備を止めればよかった。吹っ切れて手伝うんじゃなかった……。


 後悔先に立たずとはよく言ったものだ。


 最終的に、ユキが嫌がったり怖がったりプレッシャーに思わないかばかりが頭の中をぐるぐる回り、ついに家についてしまった。


「散らかってますがどうぞ」


 部屋の中が文字通り散らかってしまってるから、そのままの意味で言ったつもりだった。


 ユキはその言葉を「お邪魔させてもらうのに」と言って否定していたけれど、ドアを開けるとそのまま黙ってしまった。


 この沈黙はどの沈黙だろう……。


 本当に散らかってることに対する絶句と軽蔑か、それとも驚いて声が出ないのか、天文学的確率で嬉しさから黙っているのか……。


 内心ハラハラしながら冷や汗をかいていると、ユキが「ウチのために準備してくれたの?」と嬉しそうな声を出してくれた。


 血の気が全身から引きつつあったけれど、ユキの言葉を聞いてゆっくりと熱が戻ってくるのが不思議だった。いつもなら……一昔前なら、そのまま緊張の糸がピンと張ったあとはほぼ確実に嫌なことばかりが起きたのに。


 これは喜んでくれたってことでいいんだよね?


 ユキの言葉にゆっくり頷きながら顔色を窺うと、心から嬉しそうな表情で目を潤ませていて、ハートを鷲掴みにされたような衝撃が走った。


 こんなに喜んでくれるなんて……!


 さっきまで準備するんじゃなかったと後悔していたのを反省した。反省し、心の中で精霊たちに謝り、感謝した。


 まだ結果を見ていないのに後悔するなんて、失礼だったな……。


 反省しすぎて頭がズーンと重くなりつつ、ユキが遠慮がちでも目を輝かせているのを見ると心に風が吹き渡るような心地よさを感じた。


「ウチの思い込みだと思うけど、こんなに良いの?」


 思い込みなんかじゃないし、他にいったい誰に用意したというのだろうか。


 思わず笑いそうになったけれど笑えなかった。だって、なんだか私の抱えている傷と似た気配を感じたから。


 なにがあなたにそう言わせているの?


 笑顔で頷くと、ユキはさらに申し訳なさそうにしてしまった。


「ウチなんかにもったいないよ。こんなにたくさん、大変だったんじゃない?」


 そんな言葉が返ってくると思わなくて胸がチクリと痛んだ。


 今までここを訪れた人たちは遠慮なく全部奪っていっただろうと思うと、ユキはやはり特別だし、もっと甘えて良い人間なんだと思わざるを得なかった。


「精霊たちが準備してくれたんだ。遠慮なくどうぞ」


 ユキはそれでも申し訳なさそうにしていて胸が痛んだ。そんな顔をしてほしくて用意したわけじゃなかったんだよ。


 申し訳なさのあまりに帰ってしまうんじゃないかと思うほど遠慮してしまっていて、内心焦らずにいられなかった。


「じゃあ、みんなで一緒に楽しく分けよう!そしたらみんなで一緒に幸せな気分になれるよ。一人だけのためじゃなくて、みんなで楽しむためなら、そんなに申し訳なく思うことなんてないでしょ?」


 これなら罪悪感も遠慮も軽くなってくれるだろうか?


 本心による提案をすると、ようやくユキは遠慮がちな笑顔をやめて頷いてくれたのだった。


 きっと、人には見えない傷がたくさんあって、みんな見えないように抱えながら生きているんだ。ひょっとしたら、不意に優しくしてもらった時に垣間見えるものなのかもな。


 ユキにしてもらったことを思い浮かべながら片手をそっと耳に持っていく。


 私にだってもちろんある。でも、それを話すのはユキの抱えている傷と背景を知ってからがいいな。


 いつか、話したいって思ってもらえる時が来たら。その時に。




 ユキが家に入るまで何度遠慮の言葉を言ったかわからなかったけれど、ようやく部屋まで連れて入ることができ、精霊たちとロボットたちでお出迎えすると、また遠慮して申し訳なさそうにしてしまった。


 お出迎えはやっぱりしない方が良かったかな……。


 ユキがあまりに申し訳なさそうにするので、ちゃんと気持ちを考えられていなかったことを反省した。


 私もユキの立場だったら嫌がっただろうに。もしかして私たちってすごく似てるのかな?


 みんなに聞こえないようユキに「こういうの苦手だった?」と聞くと、ゆっくり頷いたあと、両目をつぶって両手を合わせて謝るポーズをしながら小さな声で「ほんとごめん。すっごく嫌だ」と言ってきたのでさらに反省した。


 事前に聞いておけば避けられたかな?私とユキが似てるって気づけていたら違ったかな?


 次はああしようこうしようと反省しながら、みんなに魔法で「控えめに」とシグナルを送って、控えめなパーティが始まった。


 あまり騒がず、沈黙も気まずいとのことなのでロボット同士、精霊同士で静かに穏やかな話が始まり、ユキに注目が集まりすぎないほどよいパーティだ。


 パーティが始まってすぐユキはとても遠慮がちにお礼の品を差し出した。あまりに盛大に準備したせいか、とても申し訳なさそうに「たいしたものじゃないけど」と言わせることになってしまった。


 気が回らなさ過ぎた自分に嫌気がさしながら、ユキがくれたものを一生懸命褒めた。貶す要素なんて一つもなかったし、むしろ見たことないお菓子で嬉しく思えたから褒めるのに苦労はしなかった。自然と褒め言葉が溢れてくるくらいだ。


「初めて見るお菓子だ!おいしそうだね」


 しかし、ユキはなんだか気分が沈んでいる。


「ごめんよ。かがみんの知らないお菓子なんて受け取れないよね」


 初めて見るお菓子だと言ってしまったせいか、ネガティブな反応が返ってきてしまって大慌てだった。


「新しいお菓子が知れて嬉しいよ!ケーキみたいですごいね!」


 チョコレートでコーティングされたケーキの形をしたお菓子は本当においしそうだった。今までの人生でこのお菓子を知らずに生きてきたのがなんだかもったいなく思えるくらいに。


 ケーキって特別なご褒美のイメージがあったから、気軽で手軽に贅沢な気持ちになれる素晴らしいデザインと発想のお菓子だなって思えて大好きになった。もちろん、ユキが教えてくれたからという理由が一番でかいけれど。


 その一方で、ユキは私たちの用意したものと比べて委縮してしまってるようだった。


 他のお菓子やジュースは開けないで、もらったお菓子を「一緒に食べよう」と言って真っ先に開けると、ユキは少し申し訳なさそうにこう言った。


「ウチ実はチョコレートあんまり好きじゃなくて。家にあるから持ってきたんだ」


 私もチョコがそんなに好きじゃないなんて言いづらくなる話の流れで黙っていたけれど、チョコが苦手な気持ちにめちゃくちゃ共感できたのに、ここからどう話を返せばいいのかわからなかった。


 私も苦手なんだって今ここで言ってしまうと、ユキはまた罪悪感たっぷりで遠慮がちで自己卑下するような状態に陥ってしまうぞ!ここはめっちゃおいしそうに食うしかない。ほかに道は残されていない。


 と、とりあえずなんて返す?


 一生懸命、ない頭を捻りながら、ユキが落ち込まない最適な言葉はないか模索した。


「苦手なお菓子が家にあったら困っちゃわない?好きなお菓子を知ってもらって買ってもらえたら嬉しいのにね。このお菓子、食べてみてもいい?」


 言葉を探しながら言ってしまってから、もしかするとユキは親に好きなものを言えないのか、知ってもらえてないのか、言っても聞いてもらえていないのか、はたまた他の何かなんじゃないかと思うことができた。


 相手のために言葉を探すと、気づけることがあるんだと思えた瞬間だったけれど、今はそれどころじゃない。


 苦手なチョコをこれから頬張ろうというのだ。ボロを出すわけにはいかないぞ。


 興味津々で嬉しそうにチョコケーキの箱を開けようとする私を見たユキが、とても嬉しそうに微笑むのを尻目に、まずいリアクションをとらないよう緊張しながらお菓子を手に取る。


 一口頬張るとふんわりとチョコと洋酒らしき甘くて豊かな香りが口と鼻いっぱいに広がった。味は甘くて、チョコとスポンジの食感がとても口当たり良い。


 ケーキについている丸い粒の中身はレーズンで、とても良いアクセントになっている。


 が!しかし!私のチョコを苦手とする部分が口と喉に襲い掛かる!


 甘すぎて焼けただれるようなヒリヒリした感覚に喉が被災。口の中はチョコでべったりしてものすごく重たく、嫌な感覚がまとわりつく。


 喉は大火事、口の中は土砂崩れや洪水で泥だらけといったところ。


 美味しいけど!美味しいけど!


 スポンジケーキをチョコでコーティングしたものだったのが幸いし、受けた被害は比較的軽いもので助かった。


 さて、ここからチョコが苦手だったと悟られずにどう表現していくか。味はロマンチックなくらい美味しいから、感想には苦労しないけれど……あとは顔に出さないようにふるまうだけだ。


「すっごくおいしいね!レーズン大好きなんだ!アイスとかラムレーズンをよく食べたりするくらい!スポンジもふわふわで香りが良くて、口に入れた瞬間多幸感すごかったよ!周りのチョコって、この美味しさも風味も閉じ込めてるみたいで良いね。チョコ自体もあまくてとろけそうなくらい美味しいな」


 嘘は言っていない。味もレーズンもスポンジも全部美味しくて好きだから。


 チョコが苦手だということ、チョコを食べて喉が焼けそうな感覚になったということを隠しただけだ。嘘なんてついてない。味の感想はすべて本心だ。


 のどの痛みに目を潤ませながら、それは決して痛みによるものではなく感動の涙だとすりかえるべく、一生懸命痛みを隠した。


 ユキは心配そうに、顔色を窺うように見ていたけれど、ほっとした様子でおそるおそる喜んでくれた。


 好き。


 そんな率直でシンプルな表現、稚拙で恥ずかしくて決して口に出さなかったけれど、ユキが安心した様子を見せる瞬間が好きだし、笑みを浮かべてくれるのを見るのも好きだ。なんとなく、私を見るときのまなざしが優しいと感じるのも好き。


 好き、好き好き好き。


 頭の中でユキのことを愛してやまない気持ちがぐるぐると回る。


 なんの飾り気もないストレートすぎるほどストレートでシンプルなありのままの気持ち。


 初めて優しくしてくれて、初めて思いやりをくれて、初めて馬鹿にした笑い方をしないで真剣に心配をしてくれた私の女神。


 多少の無理なんてへっちゃらだった。ユキが少しでも良いからもっと笑ってくれるようになれたらなんてことなかった。


 その笑顔が作り物じゃなくて、心からのものならね。


 人の笑顔が好きだ、大好きだ。ユキの笑顔だったらもっと好き。どうしてこんなにもユキの笑った顔が好きになれたのだろうか?


 頭の中で回る言葉はシンプルで飾り気のないまっすぐなものだったけれど、素直に口にはできなかった。


 大切なものが見つかれば取り上げられるし、嫌がらせを受けて虐げられて遠ざけられて孤立させられる。


 大切なものも巻き添えになる。


 だったら最初から一人が良い。


 でも、今はきっと違う。違うよね……?


 思うままの気持ちを伝えたいけれど、不安な気持ち、照れ臭い気持ちがないまぜになって、結局素直にまっすぐ伝えることができなかった。


 ただ幸せであってくれたら満足だ。


 ニコニコしながらもうひとつチョコ菓子を頬張ったけれど、喉の痛みも口の中の不快感もへっちゃらだった。だってユキが笑ってくれているから。


 精霊たちが用意してくれたジュースとお菓子の中で特におすすめのものをユキに口にしてもらおうとしたけれど、おすすめよりもユキの好きなものを選んだ方がいいと思い直した。


「ユキさんは何がお好きですか?」


 聞いてから、しばらくの間ユキは考え込んだ様子だったけれど、「なんでも大丈夫だよ。炭酸はちょっと苦手かな」と言って笑った。


 作り笑いで遠慮してると薄々思うようになったけれど、私はユキじゃないから本当のところなんかわからなかった。


 ただ、チョコがあまり好きじゃないことだけは確かだった。炭酸も。


 チョコが苦手ならしょっぱいタイプのお菓子とか好きなのかな?


 じゃがいもを薄く切って揚げてあるお菓子の袋を手に取り、ユキに手渡した。


 炭酸じゃないジュースもちょうどよくあったのでユキに用意すると、「ウチなんかにありがとうね」と、やはり申し訳なさそうにお礼を言うのだった。


 遠慮しちゃう気持ちもわからなくはないんだけど、遠慮しすぎじゃないかな……。


 おそらく私以上に遠慮しているユキのことが心配だった。


 どんな生活で、どんな待遇で、どんな育ち方をしてきているのか。


 どうして?


 一瞬見せる無表情や暗い顔も心配の種だった。


 失礼なところなんて全くなくて、とてもよく躾けられているんだろうなと思う反面、厳しくされすぎたんじゃないかと心配になるほど遠慮していて、放っておけなくなってしまった。


 遠慮させないで、申し訳なく思わせずに済む方法ってなにかないかな?


 お菓子やジュースをおすすめしたりよそったりすると遠慮されてしまうから、それ以外で何か……。


 そうだ!お友達のこと聞いてみるのはどうだろうか?


 ユキが危険を顧みないでトラブルに首を突っ込んでしまうほどなのだから、よっぽど大切な人に違いない。思い込みかもしれないけど、暗い話題にはならないんじゃないかな?


 いや、もしかするといじめを受けていた子だから心配な気持ちやネガティブな気持ちも一緒に引っ張り出してしまう可能性があったりしないか?


 考えて悩み抜いて出した案をさらにふるいにかけていき……。


 まず、それとなく最近付きまとわれてないか聞いてみる。おそらくここで心配させたことを申し訳なく思う言葉が返ってくる。そんで、申し訳ないって気持ちを表現されたら極力それは拾わない。


 ユキに申し訳なく思わせずにすむのはほぼ無理だから、なるべく最小限に抑えられるよう、最終的に楽しい話題に持っていけるよう試行錯誤した結果だった。


 で、お友達とは最近どうなのかを聞いてみる。もし仲良しで大好きそうだったら掘り下げてきいていく。もしそうだとしてもそうでなくても、ネガティブな話ばかりだったら……。


 精霊たちが用意してくれたボードゲームを背後に忍ばせながら口の端を微かにあげてみた。


 好きそうなゲーム、知ってるゲーム、興味持ってくれそうなゲームを手あたり次第用意して試してみる!


 我ながら良い案にたどりついたのではないかと自負はしなかった。そんなことするタイプじゃないから。


 正直自信なんて皆無だ。うまくいきっこないって気持ちばかりが湧き上がってくる。でも、そうだとしても、ユキのことをもっと知りたかった。なにより、もっと笑ってもらうには何が好きで何が苦手なのかくらいわかっていたかった。


 暴れる心臓をなだめながら、早速質問してみた。


 質問が詰問にならないよう、やんわり丁寧に……。


 ついついやりがちなんだ。質問してるつもりだったけれど相手や周りには詰問している印象を与えてしまったり、怒鳴ってるつもりなんてなかったのに、興奮しすぎてパワフルに話していたり……。


 だから、落ち着いて、丁寧に。


「そういえば、あのあと誰かに付きまとわれたり嫌がらせされたりしてないかな?」


 ユキは一瞬無表情になって口元をひきつらせた後、いつもの笑顔を浮かべながら「他人になったかのように何もしてこなくなった」と不思議そうに話していた。


「本当に魔法でもあるのかなって思ったよ」


 心の中でにっこり微笑みながら「魔法なんてあるわけないよ。きっと日ごろの行いが良かったから誤解でもとけたんじゃないかな?」としらばっくれることにした。


 その言葉に、ユキは意外なことに嬉しそうな笑みを浮かべていた。


 謙遜されるかと思ったんだけどな。認められたのが嬉しかったのだろうか?


 そういえば、私にカガミという名前をくれたときも、選んでくれたって表現をしていたし、誰かに認めてもらいたかった、見てもらいたかったってことなのかな?


 不意に気づくことがあって、ほんのりと心があたたまった。


 私でもやればできるじゃないか。こんな山のてっぺんに引きこもって人と関わらないでいる私にも。


「ユキさんの笑顔って人を幸せにする力があるよ。見ているとこっちまで安心できて、とても幸せな気持ちになれる。春の日差しみたいでポカポカするなあ」


 ユキについて好きだと感じたことを素直に話してみた。心臓が暴れて飛び出しそうだったけれど、一生懸命言葉を紡いだ。


 ユキは少し照れくさそうにしながら「そういってくれるのかがみんだけだよ。ウチのこと見てくれて評価してくれるの」なんて言うのだった。


「なんたって鏡だからね」


 言ってみて少しだけ後悔した。


 どちらかといえば、ユキがこれだけ素敵で素晴らしい方だからというのが本心だったのに、自分が鏡であることを肯定するのは間違いじゃないのかと自問自答した。


 次からは素直に、照れ隠しなしでちゃんとユキのことを肯定したい。まっすぐ見て評価して素直に褒めて表現したい。


 自分に注意をしながら、友達はユキを評価しないのかが気になった。ちょうど良い話題にできる。


「前にお友達のことを話していたけど、その子はユキさんのこと何も言わないの?」


 ユキは照れくさそうにしながら首を左右に振った。


「ウチからは言いづらいけど、すごく褒めてくれるよ」


 それ以上は言葉を選んでいるのか黙ってしまったけれど、お友達との関係はとても良いような反応と表情で、黙っている間もすごく嬉しそうな顔をしていたから良い話題だったようだ。ただ、会話を続けるのが難しそうだ……。どういう難しさを抱えていて黙っているのか判断しかねたけれど……。


 そんなに……仲が良いんだね……。


 私としても、あまりユキのお友達のことを聞きたい気持ちになれなかったから、違う話に移りたい。


 ヤキモチというには熱がなく、失恋というにはヒビが浅い。この気持ちは何だろう……。


 心がひんやりとして、鋭い針、いや、ノミか釘かなにかで穿たれたように心が痛い。心にぽっかり穴が開いたというほどは穴が開いている感じはしないし……。なんだろう、この気持ちは……。


 自分でもよくわからないまま、飼い主大好きな犬のように懐きたい気持ちが萎んでいくのがわかった。


 きっと、いつかそのうち身を引く時が来るだろう。私のような変わり者ではぐれ者は身を引くべきなんだ。


 今思えば、お友達のために危険を承知で首を突っ込んで頑張っていたというユキが、私なぞと……。


 うっすらそんなことを悟りながらも、ユキの笑顔が見たくて、ユキを笑わせたくて、ボードゲームを提案した。




 ユキはゲームがあまり得意ではないと言いつつも、一緒に楽しく遊んでくれた。特にトランプでやる遊びでは楽しそうに笑ってくれたり、私のやることにツッコミを入れながら楽しそうに遊んでくれたので、こちらも楽しくなってきた。


 笑顔が見れて、無事に生きていてくれて、幸せでいてくれたらそれでいいや。


 元々、記憶を消してお別れしようって思っていたんだ。もうちょっと仲良くなりたいって思っただけでさ。


 あの日くれた優しさで心が救われた。あの日見せてくれた誠実さで可能性に気づけた。ユキのまっすぐさに心を奪われた。それだけで十分嬉しかった。だから魔法もなにもかも、ユキへのささやかなお礼なんだ。名前のことだって、とても嬉しかった……。


 諦めモードになりながらも、今この瞬間を楽しんでいたけれど、ユキが申し訳なさそうにしながら「ちょっといい?」なんて言うので、どうしたのかと心配した。


 もしかして、楽しくなかったかな?無理させてた?


 不安に見舞われていると、「名前をつけたりお礼をしに来た立場なのに、またこんなにもてなしてもらって、ウチってなんのために来たのか」なんて言い出すのだ。


 名前のことすっかり忘れてた!


「申し訳ないのはこっちの方だと思う。うっかりユキの来た目的を忘れて、すっかり楽しませモードに入ってた!用事果たせなくしちゃってた」


 あははと頭に手を当てながら笑うと、ユキはにっこり笑いながら「ウチも流れに乗ってたから」なんていってくれるのだった。


 でも、ちゃんと気づいて思い出して、流されなかったね。




 ユキと一緒にロボットや精霊たちに名前を付けるのは楽しかったけれど、名前を考えるのは容易なことではなかった。


 私のネーミングセンスも発想も壊滅的だった。ほとんどユキに頼りっぱなし。


 ユキはつける対象が多くて名前に困り始めているのに、手助けできない自分に腹が立った。


 しかし、精霊たちに話を聞くと、人間に名乗ってない名前があるから自分たちは別にいいとのことで、ロボットたちに名前をつけるだけで良くなった。


「お前ら……名前があったのか。今度教えてよ」


 私が精霊たちに言うと、精霊たちは親し気に笑いながらも、事実を指摘しながらおちょくってきた。


「お前、今まで名前って概念すらなかっただけじゃなくて、名前覚えるの苦手そうだから今まで通りでいいだろ」


「それは確かにそうかもしれないけど……」


 ぐうの音も出なかった。


 そのままへそを曲げていると、精霊たちはけらけら笑いながら頭を撫でてくれた。


「そのうちちょっとずつね」


 ユキが名前という概念を教えてくれたおかげで、精霊たちともっと仲良くなれたような気がして心が躍った。


 人にがっかりしていた。どいつもこいつも同じ人間しかいないのかとさえ思っていた。


 けれど、ユキのおかげでそんな人ばかりではないって知れて、やってみたいこともできて、こんなに幸せな気持ちになれて感謝しかなかった。


 大好き。ずっとずっと、何があっても大好きだよ。


 口には出さなかったけれど、一生懸命頭を悩ませながらロボットに名前をつけてくれているユキの横顔を見ながら心の中で囁いた。


 大好きだけど、今日でお別れをすべきなのかもしれない。その方が相手のためにも良い。


 こんな山のてっぺんで引きこもって生活して、人との交流なんてほとんどなくて、ろくな人生歩んでいない私なんかよりも、一生懸命守りたいと思った子と一緒になって、普通の人と普通の人生を歩めた方がずっと良いよな……。


 ユキがお礼をし終わったらお互い後腐れなくさよならできるだろう。これ以上ずるずる仲良くするべきじゃないと思う。


 さっきからそうやって理由を見つけて諦めてしまっている自覚はあった。友達のことを嬉しそうに話したユキの顔を見た時に抱いた、正体の分からない気持ちがずっと胸にあることにだって。


 ふられたと思った。ふられるだろうと思った。怖いから逃げてるんだろうなって可能性もわかっているけれど、ユキのためになるって信じている気持ちだって嘘じゃない。


 幸せに生きててくれたらそれでいいから。さよならだよ。私はきっと邪魔にしかなれない。


 ユキが名前を考えている途中だったけれど、ある本を開いた。


 ユキの名前を呼ぶと、ユキが振り返って笑ってくれたけれど……。


 私はちっとも笑えなかった。


「ユキさん、ごめんね。短い間だったけどありがとう。さよならだよ」


 止めにかかる精霊たちもいたけれど、私は止まらずユキの記憶を眠らせることにした。


「おやすみ。いや、おはようかな?今までのは全部夢だよ。これからはいじめられることもなく、大切な人とずっと一緒に幸せになってね。それとね、自分の手に負えないようなことにもう首突っ込んじゃダメだよ。もう何かあっても魔法で助けてやれないからね。相手を大切にするのは崇高で立派で尊敬できるけど、自分のことも同じくらい大切にしてあげてね。何があったのか、どんな経験を積み重ねたのか、もっと知りたかったけれど……ユキさんはそのままで十分輝いてる宝で宝石でかけがえのないたった一つの存在なんだよ。空に同じ星が瞬いていないように、ユキさんという星はかけがえのない唯一の光なんだ。どうか自己卑下も否定もしすぎないであげてね」


 どうせ消えるのだから、どうせ消すのだから、言いたかった事を全部素直にそのまま伝えた。どうか、記憶は消えてもこの願いと想いだけは消えずにユキに残っていてくれるよう祈りながら。

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