14話 おたがいさま
――泣き出したエリーゼを抱き止め、その後。
取り乱すエリーゼを宥めた俺は、黙り込む彼女とともに小屋へと帰る。
とりあえず椅子に座らせて飲み物や食事を勧めるも、言葉は返ってこず、力なく首を横に振るのみ。
……これほど塞ぎ込むエリーゼを見るのは、彼女と出会ってすぐの頃くらいだろうか。
かつて、ともに過ごした孤児院で浮いていたエリーゼは、俺にも、そして他の者たちにも心を開かなかった。
あの時は毎日話しかけたり、魔法や勉強を見てあげて仲良くなったが今回は――。
……俺が昔、エリーゼの前から消えたことが、心の傷になっていたんだな。再会したときも泣かれたけど、あれは再会の喜びという良い感情の涙だったから、気がつかなかった……。
当時の選択はいま考えても他に方法はなかったと思うが、それでもエリーゼの気持ちを考えれば非難されるても当然だ。
どうしたものかと困って、エリーゼの正面に座り、話す言葉を考えていたとき。
――おもむろに、エリーゼが顔をあげる。
「わたし」
眉を下げ、縋るような瞳で俺を見て言った。
「――どうすれば、リオの役に立てるかな……」
「え?」
「だってわたし、なんにもできない……。料理も戦うことも苦手で、治癒魔法だって、リオ強すぎてぜんぜん怪我しないし……。偉くなってやっとリオの助けになれると思っても、ぜんぶ断られるし」
それはまあ、エリーゼの提案、俺のやりたいこととズレてるしな……。
しかしエリーゼ、そんなことで悩んでいるのか? もしかして、役に立てないと俺に見捨てられると、そんなことを思ってるのか……? だとしたらそれは――
「――あのな、エリーゼ。俺は、お前が今のままでも、絶対見放したりなんかしない。エリーゼが役に立つからこうやって守ってるって、そんなわけないだろ?」
「……でも。あのときだって、わたしが自分のことしか考えてなかったから、それでリオは限界になっちゃたんでしょ。……今回だって、とにかくリオをわたしのとこに置けば、ぜんぶわたしが解決してあげられると思ったのに。どんどんひどい状況になっちゃうし……」
エリーゼは俯き、また黙ってしまう。
それと同時に、俺は得心していた。エリーゼの一連の行動は、ただ俺のことを思ってのことだったのか、と。正直だいぶ感情に振り回されて、空回っている感じはあったが、エリーゼなりに俺のことを思ってくれていたのだ。
確かにエリーゼの前から姿を消したあのとき、俺はいろいろと限界だった。教会という組織に嫌気がさすも、改善のための行動はすべて効果がなく、納得のいかない任務に心身は疲れ果てていた。
あのときのエリーゼはそんな俺の状態を察し、今回こそはと、そう思ってくれていたのか。
エリーゼの思いやりに、俺の胸中へあたたかい気持ちが広がる。
たしかにエリーゼは不器用で、それに感情に振り回されてしまうところはあるかもしれないが。――やっぱり、とても心の優しい子なのだ。
俺が身を削ってでもエリーゼを助けたいと思うのは、彼女のそういうところが理由なのだが、しかし本人はそんなことを思いもしないのだろう。ならば、直接伝えるのみだ。
うつむいて顔の見えないエリーゼに、俺は誤解を解くべく柔らかく言った。
「――そもそも。エリーゼは自分が俺の役に立たないと言ってるけど。そんなこと、ないからな」
「……え?」
「なにも明確な実利だけが、相手の役に立つってことじゃない。例えば……寂しい時にそばにいてくれる、それだけで十分助けになってるんだ」
俺の言葉を聞いて半信半疑と書いた顔を上げるエリーゼに、俺は告げた。
「知ってるか? 孤児院を出るちょっと前くらいから――俺は、みんなに避けられてたんだ」
「……うそ」
「嘘じゃない、ほんとだ」
エリーゼは気づいていなかったのかもしれないが。
あの時の俺は、日々与えられる非情な任務に精神をすり減らしていた。それは俺の顔や他の者への態度にどうしても出ていただろうし、距離を置かれるのも仕方がない。
それに、あの時の俺は大司教やその側近との距離が近くなり、周囲から不審や嫉妬の思いを向けられてもいただろう。
これまで親しく話していた者が離れていく。それはきっと、エリーゼが考えているよりずっとつらいことだった。
「だから、そんな時でもいつもと変わらず接してくれたエリーゼに、本当に助かってたんだ。この子はどうあっても俺を見捨てない、そばにいてくれる。そう思える人がいることは、なによりも俺を勇気づけてくれた」
いまだに「ほんとうに?」と信じられない様子のエリーゼに、俺は教えてあげた。
「俺が教会を去ったのは、俺自身が耐えきれなかったのもあるけど。……なにより、いつか教会を変えなきゃと思ったからだ。そして、そう思った理由の半分は――――エリーゼがずっと生きていく場所を、すこしでも綺麗に、生きやすくしたかったからなんだ」
本当は、こんなこと恩着せがましく口にしたくはなかったが。それでも、エリーゼにとってはたしかに意味のある言葉だったらしい。
エリーゼは俺を見たままぽろぽろと涙をこぼす。一瞬焦ったが、そこにある感情が先ほどとまるで違うことはすぐに分かった。
それでも俺は少し困って、「泣くなよ」と苦笑した。
「……だって。わたし、ずっとリオの負担になってると思ってた……。大好きなリオとずっと一緒にいたいのに、でもわたしにそんな資格ないんじゃって……いつも悩んで……!」
「エリーゼが邪魔なわけないだろ」
「うん……うん……!」
エリーゼは溢れる涙をぬぐい、両手で目を抑える。その隙間から見える表情は、安堵で柔らかく緩んでいた。
そうして。
エリーゼが泣き止んでくれるまで。先ほどと違って気まずくはない沈黙の中、俺はただ彼女のしゃくりあげる声だけを、やさしく聞いていた――。
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