ワールド探しⅢ
空蝉に案内されて入った部屋は江戸時代の長屋のような場所だった。一畳分の土間に、二人用の木のテーブルと椅子があり、小上がりになった三畳ほどの畳にはちゃぶ台が一つ。そこに見慣れぬ二人のアバターが迎え合わせになって座っている。ちゃぶ台の上には雰囲気づくりのためのビールやつまみなどのオブジェクトが並んでいた。
その二人は部屋に入った私を食い入るように見つめ、その中の一人がげらげらと笑い出した。
「空蝉が、ガキ連れてきてんぜ」
彼の言葉で向かいの男も笑い、その場が一気に盛り上がる。空蝉はそんな二人に
「この空間にいても構わないけど、こっちの邪魔だけはするなよ。この子はあんたら酔っ払いとは違うんだからね」
空蝉の言葉に男たちはへいへいと頷いて、再び二人の会話に戻った。空蝉がこちらを
「あいつらのことは気にしないで。昼間っから酒飲んで酔っ払ってんの。ホビー横丁では当たり前の光景だよ。そういう飲みたい大人が集まる場所だからね」
語るように話す空蝉は、再びキセルを吸っていた。アバターの口から本物みたいに煙が出ていたので、手の込んだオブジェクトだなと思って凝視していると、彼もそれに気がついたのかキセルを翳して答える。
「これかい?知合いに作ってもらったものさ。普段から、タバコを吸うからね。それをVRChatではこいつで模倣してんの。ただし、こいつは大人の嗜好品だ。バーチャルだからって子供が手を出していいもんじゃないよ」
わかっていると頷きながらも、見慣れないバーチャル空間に興奮気味な私に、空蝉は呆れた表情で聞いてきた。
「それよりあんた、自分に聞きたいことあって来たんだろう?探したいワールドがあるとか」
空蝉の言葉で本来の目的を思い出した私は、椅子から立ち上がって前のめりになって答えた。
「そう!そうなの!トリッキーがあなたに聞けば多分わかるからって」
私の勢いに、空蝉はわずかにのけぞったものの、すぐに体勢を立て直して、キセルを思い切り吸い、煙を私の顔目掛けて吹きかけてきた。バーチャル空間なのに、まるで煙が立ち込めているかのような錯覚に陥り、喉が詰まったように咳き込んだ。
「焦りなさんな。トリッキーに何を言われたかは知らないけど、自分も全てのワールドを熟知しているわけじゃないからね。わかる範囲なら答えるよ。それで、どんなワールドなのか話してくれるかい?」
空蝉がぱっと自分のモニター画面を開き、尋ねてきた。私はひとまず落ち着いて、トリッキーの時と同じように思い出せる限り、全ての情報を伝えた。それを聞き終えた彼は指であごを摘まみ、考え込んでいた。
「あんたが探してるような条件のワールドは、意外と多いんだ。一人でゆっくりしたい人が、人目を避けて集まるような場所、いわゆる隠れ家みたいなもんでさ。だから、今の情報だけじゃ、どこだか特定するのは難しいね。」
その答えに、私は肩を落とした。やはり、見失ったワールドを見つけるのは相当難しいらしい。
「まぁ、他に出来る事があるとすれば、検索に引っかかった時と同じ状況をもう一度作り出すことだね。同じ条件が揃えば、また出てくる可能性もあるから」
少しでも可能性が出てきて、私の顔はぱっと明るくなった。もう、一つ一つワールドを巡って探すしかないと思っていたからだ。空蝉はそんな私の気持ちを察したのか、一息ついて忠告してくる。
「ワールド巡りはいいけど、あんま無計画に動いると、後で痛い目に合うよ。バーチャル世界に限らず、ネットワークってやつはなかなか癖もんでね。今は当たり前のように子供も使ってるけど、そもそもこの世界は子供が手に負えるような品もんじゃないんだ。フェイクニュースは当たり前、子供が知る必要のないようなディープな情報もたくさんある。そんなものを
「本来の学生生活って、そんな……。ネットの無い世界なんて考えられないよ」
私は空蝉の言葉に正面から反発した。そんなの、今の中学生なら誰だって同じ意見を言うと思う。私たちにはもう、ネットと関わらない生活なんてありえない。
空蝉はだろうねと頷いて、再びキセルを吸った。
「これもまた、自分ら大人の責任なんだろうねぇ。自分も物心ついた頃からネットが身近だったけどね、だからってネットに依存しちゃならんのよ。この世界で生きてるとね、現実よりも残酷な世界を知る羽目になる。他人の本音や欲望がむき出しになって、人間の
彼の口から吐き出されたその煙は、部屋中を漂い、鈍く重くゆっくりと消えていった。
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