第22話 ショート・ミッション

 バケモノの横を通り抜けて、先頭車両の車掌室に入り、ブレーキをかける。


 加速と減速程度のコントロールならば、そうそう極端に難しい操作ではないだろう。つまりは先頭車両に入りさえすればほとんど勝ち確と言って差し支えない。


 先ほどアマテラスは間違いなく『車掌は齧り痕だらけの状態で焼死している』と言った。つまりはあのバケモノも車掌室の中にさきほどまでいて、食事していたということになる。


 出るときはおそらく中から鍵を開けて、そのままわざわざ鍵を閉めたりはしていないだろう。


(先頭車両! 先頭車両に行けさえすれば……!)

「笑止」


 キラリ、と不自然に視界の端が光った気がした。獣人が手を掲げたと思った瞬間だ。


(……ん? なんだ? 今なにか……?)

「当然、させないわよ」


 ぶん、とアマテラスが脇差しを乱暴に振るう。すると、その光っていたなにかは跡形もなく消えた。気のせいかと思うくらいに。


 獣らしく横に大きく裂けた口で、獣人が舌打ちする。


「ちっ! 相変わらず煩わしい!」

「あなたも問題なく飛ばせるのよ? 掠り傷一つで」

「……?」


 助けられたことは確かだが、その内容に一切心当たりがない。


(なにかを斬り飛ばしたのか? いや、今はそれどころじゃないか!)


 今はマナーなど気にしている場合ではない。できる限り獣人から距離を取って走るために、がら空きの座席を踏んで走る。

 思ったより問題なく、獣人の脇を通過することができた。


(よし! あとは車掌室に飛び込んで……!?)


 不吉な気配は、ずっと漂っていた。気付かないフリをしていただけで。


 一目瞭然という言葉は視覚に適用されるが、ならば嗅覚に強く訴える現実はどう言うべきなのだろう。


 どちらにせよ連結部分のドアを開いて中に入れば、結局は一目瞭然となるのだが。


(……結構られちゃった、か……! 先頭車両が静かすぎるなと思ったら!)


 口を開けたくない。燻る煙に味がありそうで、一度味わったら二度と焼肉が食べられなくなりそうだ。


 死体の総勢は十人程度。全員が黒焦げ。全員に、齧り痕。身体のどこかが無惨に欠損していて、どれもこれもが五体満足とは程遠い亡骸を晒している。


(ふざけるなよ……僕もそうだが、この人たちがなにをしたって言うんだ!? ついさっきまで普通の日常の中にいたはずだろう!?)


 憤りながらも、足が止まっていることに気付いた。


 死体に目を取られている場合ではないことを思い出し、すぐに足を叩いて走るのを再開する。そこで――


 ばちんっ、となにかが青く弾けた。


「は?」


 なにか害があったわけではない。ただ、席に座って丸焦げになっていた男とも女ともつかない死体の手に握られていた機械が小さく青い光を上げただけだ。


(……スマフォ? 爆発したのか? 熱暴走かなんかで……? いや、それにしてはなにか……)


 違和感がある。この場で足を止めても惜しくないと思えるくらい、重要な違和感が。


(いや!)


 そんなわけがない、と振り切ってすぐに車掌室へと向かう。時間がないのだ。


◆◆◆


「終点まであと少しと言ったところかのう」

「あと少し? いいえ、全然余裕よ。さっき鳶助くんが走っていったのもう忘れちゃったのかしら? 狐のくせに鳥より記憶力ないわね!」


 ひょい、とアマテラスの脇差しを避けながら獣人は嗤う。

 煽っている側のアマテラスも、流石にどこかイヤな予感がしていた。なにかを見落としているような――


「一つ聞きたいのだが……妾がなに一つとして罠を仕掛けずに、のこのこと貴様の元へと歩いてきたとでも思っておるのか?」

「えっ? 違うの?」


 心底意外そうな顔をして、アマテラスは首を傾げる。獣人は眉を八の字にして、額に青筋を立てた。


「……め、滅茶苦茶舐められておるのう……」

「だってあなた、バカじゃない!」

「いくらなんでも舐め過ぎだ迷惑女ッ!」


 ぶん、と怒りに任せた大振りの爪の攻撃。

 咄嗟にアマテラスが脇差しを構えると、冷静になったのか腕をピタリと止めた。


「惜しい! もうちょっとで発動できたのに!」

「……ほんに忌々しいのう、その刀!」


 獣人は、アマテラスの相手で手一杯だ。こうして引き付けている間に、鳶助が電車を止めてくれるはず。


 そのはずだ。というより、それしか手がないので信じるしかない。


(……罠の有る無しはもう問題じゃないのよね。本当にバカだわ、コイツ)


 アマテラスには決め手がない。ただ獣人の足を引っ張るので精一杯だ。どうにかして鳶助がすべての試練を乗り越えてくれなければ、乗客は全員大怪我。下手をすれば死んでしまう。


 当然、駅にいる人間にも被害が及ぶ大惨事だ。どんなに危険でも鳶助にはやって貰わないと困る。


(でも、なーんでかしらね……ちょっとした直観かしら。あの子ならワンチャンやれそうな気がする)


 思考回路を切り替える速度の速さには、目を見張るものがあった。結局、アマテラスのGOサインを実行するときに一切躊躇しなかったのも大きい。


(……無事にミッションを終えたら、そのときは……!)


 アマテラスのよこしまな企みを乗せたまま、まだ電車は走っている。

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