第二章:囚われた僕らと尋問と審判と

第16話 サバイバル終了! 当然の逮捕劇二十四時!(前編)

 さて。鳶助たちのサバイバルだが、なんとか民家の庭に植えられていた『枇杷びわ的な果物の成る木』を発見できたことと、光葉がひたすら由良の服作りに付き合わされていたこと以外、まったく動きがないのでしばらく割愛しよう。


◆◆◆


 異世界生活三日目

 女神ポイント:580


 光葉の一言コメント。

「助けてー!」


◆◆◆


 異世界生活四日目

 女神ポイント:570


 光葉の一言コメント。

「助けてー!」


◆◆◆


 異世界生活五日目

 女神ポイント:560


 光葉の一言コメント

「助けてー!」


◆◆◆


 異世界生活六日目

 女神ポイント:550


 光葉の一言コメント

「助けてー!」


◆◆◆


 そして異変がやっと起こる、異世界生活七日目。


 残り女神ポイント、540。


「助けてって……言った……のに……」


 光葉はボロ雑巾になった。朝だというのに、床にせって小さく痙攣をしているだけだ。一向に起き上がる気配がない。

 長い髪も見事にボサボサで、まるで大きな毛虫のようにも見える。


 反面、ひょっとしたら光葉よりも全力で働いていた由良はと言うと、何故か仕事をすればするほどに肌が艶々つやつやになっていった。

 鳶助から見ると、今の由良の様子の方が蜘蛛だったころより余程バケモノじみて見える。


「……おはよう。今日も元気だね由良」

「うふっ。うふふふふふ! そう見えますかロード! そう見えますよねぇ! 光葉がとても頑張ってくれたので、服にこんなに色が付いたんです! 試行錯誤は素人だけにとんでもない回数になってしまいましたが!」


 鳶助が挨拶をすると、見せびらかすように由良はくるりと周り、スカートがはためく。


 同じ染料は用意できなかったのか、そもそもの生地の違いによるものか、鳶助の制服とは色がかなり違う。しかし見事にブレザーとスカートは茜色に染まっていた。


「ほら! 光葉のシャツも貝紫かいむらさき色に! パンツの方も見事に墨色すみいろになってます! 最高ですよね!」

「寝かせて……」


 目の下にとんでもないクマを作り、今にも死にそうなくらい疲労している光葉を抱き上げ、由良は光葉の服も見せびらかした。


 確かに由良の言う通り、見事に染色されている。当の光葉本人はそんなことを気にしている暇はなさそうだが。


「とても強いアルカリ性の液体と、それを自由自在に中和できる酸性の液体をほぼなんでも出し放題という光葉の能力のお陰です! 染色し放題! 最初の方は薬品焼けで糸や布の手触りが犠牲になったりして本当に残念でしたけどね!」

「……そう」


 大分前から違和感はあったのだが、鳶助はいよいよそれを自覚せざるを得なくなった。時間と特殊能力があったとは言え、あまりにも染色の手際が良すぎる。


(僕はつい最近高校に入ったばかりだ。化学の知識は中学三年生レベルのものしかない。服の染色の手際なんか知っているはずがない。だけどアイツ曰く意味記憶は『僕のコピー』だって話のはずだ)


 このことが表すものは、アマテラスの作ったこの能力に予想外のことが起こっているという事実だ。


 だが完全に心当たりがないというわけでもない。このことはとっくにアマテラスに相談済みだ。その結果として、鳶助は苦虫を噛み潰したような顔になっている。


「どうかしましたか? ロード」


 心配そうに由良が訊ねる。仕方がないので、大嘘を吐くしかない。


「大丈夫。ちょっと眠いだけ」

『配分はさっぱりわからないけど。そろそろ認めるしかないわねぇ』


 ふわふわと浮いているアマテラスが、由良の顔を横から覗き込む。そして無遠慮に指を差しながら断定した。


『どうやらも幾分かは混じってるわ』

(それ以上口を開かないでくれよ)

『うふふ! まるで私と鳶助くんの赤ちゃんみたいね!』

(絶っっっ対言うと思った! だから言わないで欲しかったのに!)


 アマテラスは性格が悪いが、バカではない。科学知識や歴史知識が鳶助以上に富んでいてもまったく不思議ではないだろう。


 この能力に関係している人間が鳶助以外にはアマテラスしか存在しないのであれば、鳶助が持っていない知識はすべてアマテラスからコピーされたものだと考えるしかない。


『……でもどういうわけだか、このカズサノマギアに関する意味記憶は歴史を中心として全部弾かれているみたい。私からコピられている部分は、基本的にに限定されているようね。まあ科学に関しては重力加速度を含めた物理法則ほぼ全部があっちとこっちで共通だから、どうでもいいことね』

(何故弾かれる記憶なんてものが生まれてるんだ……?)

『予想外の挙動だからこればかりは推測だけれども。基本的にこの能力を使っているのがどこまで行っても鳶助くんでしかないからでしょうね。あなたの持っている記憶と親和性がミリもない記憶は全自動で弾かれるってところかしら』

(……コイツの言うことが本当なら、つまりは……)


 鳶助は考える。この世界に関する知識は、ほとんどアマテラスの受け売りだ。


 そうでない場合はすべてに基づいている。つまり妖魔に関する知識も弾かれてはいないだろう。


「……ロード! さっきからどうして黙っているんですか?」


 由良の言葉に、我に帰った。思ったよりも長く考え事をしていたらしい。


「いや。なんでもない。ただ唐突に、この世界に来る以前のことを思い出してね」


 ぴく、と反応したのはぐったりと死んだように脱力していた光葉だった。


「……ほう。それは興味深いな。最近忙しくて全然聞けてなかったけど、この光葉たちにはそもそもの大きな疑問があったのだよ」

「あっ。正気に戻った。まだ働けますね」

「もう十分だろう!? やめてくれたまえよ!?」


 自分を支えていた由良の手を振り払い、光葉は自立して鳶助に向き直る。


「ロード。あなたのを、我々はまだ聞いていない。由良にも聞いたが『知らない』って既にあっさり言われたのでね。ずっと気になっていたのだよ」


 光葉の抜き身の興味を浴びた鳶助は、素直に困った。


 聞きたくなって当然だろうとは思うのだが、あまり面白い話ではない。隠すようなことではまったくないが、できれば沈黙していたいというのが本音故に。


「……説明してもいいんだけどさ……長くなるよ?」

「構わないとも! 客が来るわけでもあるまいし、我々は時間が有り余って――!」


 次の瞬間だった。


 ジャキン、と乱暴にハサミで斬られたかのように、鳶助たちが勝手に下宿していた建物の屋根が、丸ごと吹っ飛んだのは。


「……はい?」


 鳶助が驚愕に口を開け放っていると、吹っ飛んでなくなった屋根の向こうの青空に目が痛くなる。


 光葉と由良は、速やかに構えて臨戦態勢を取っていたが。


「さて。威嚇と警告の意味を込めた攻撃は今ので終いだ」


 鳶助の後ろ。光葉と由良が殺気を飛ばしている先から、声が聞こえる。

 甘く蕩けるような綺麗な声だ。それでいて、やたらぶっきらぼうだった。


 ゆっくりと、さび付いたネジのようにギリギリと、後ろを向くと――


「火事場泥棒の容疑で貴様ら三人を拘束するが、異論か抵抗はあるか?」


 三人の客がいた。その内の二人は帯刀していて、その内の一人は既に鯉口を切っている。

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