第12話 死んだワニ曰く、死体で遊ぶなクソガキども
「で。あとはこの辺りで火を焚いて……あとはゆっくり火を圧し潰さないようにロープを緩めていけば……」
『ワニの腹開き焼きの完成ね!』
(正確にはこれから焼くんだけどね)
不細工なのはどうしようもなかったが、おおよそ光葉の献策通りに上手くいった。あとはこのまま火を絶やさないように、ワニの内側を燻していけば全身を美味しく食べられるかもしれない。
そこまでいかなくとも、燻されている腹の周辺は問題なく食べられるはずだ。
「ついでに、この取り除かれた腹の残骸部分も焼けば食えそうだし。燻す片手間にこっちを焼いて食べちゃおうか。それでいいよね、ロード?」
「や……やっとまともなご飯にありつける!」
『ちなみに人間が一日に必要とする栄養素はタンパク質以外に炭水化物とかビタミン群とか色々あるわよ。特にビタミンCの欠乏で起こる壊血病は加熱した動物のお肉じゃ百パー絶対に防げないから、後で果樹園とか見つけるべきね。
あとは豚肉とかなら考える必要がないビタミンB1不足で起こる脚気とかも怖いけど。ワニだとどうなるか未知だから、こっちも大豆とか玄米とかどっかで調達できないかしら?』
(腹を満たせたとしても考えるべきことが山積みなのは変わらないなぁ……)
この世界に来て二日しか経っていないが、鳶助は痛感する。いくら並外れた力を持っていようが、知識ゼロでサバイバルを継続するのは絶対に不可能だと。
(どうにかして、一刻も早くこの
脱出する場合においても結局必要なものが足りていないのだが。要するに移動しながらのサバイバルに切り替わるわけだから、この場合でも食料が必要になる。雨風を凌ぐテント類もだ。当てもなく
(なんてことだ。思いつく限りのすべてが足りない……!)
物資不足、人手不足。そしてこちらの世界で生きる上での知識不足。いくら
鳶助たちは、ほとんど詰んでいた。
◆◆◆
「美味しー! 素晴らしい味ですよロード!」
「雑に殺して雑に焼いただけなんだけど……確かに滅茶苦茶柔らかいな……」
暗い情報は横に置いて、ひとまず今は栄養補給に徹することにした。光葉の提案で焼いた残骸部分は、鶏肉に似た風味でとても美味しい。由良もいたく気に入ったのか、目をキラキラさせながら食べている。
ただし——
「塩も胡椒も振ってないので、やや味気ないのが非常に残念ですが……」
「もう意地張らずにどこかの家からガメるべきだったかなぁ……? どうせ塩分に関しては栄養としては必須だし」
矜持が揺れてしまうほどの『味不足』は如何ともし難い。ワニ肉の味そのものに一切の問題がないだけ、余計に。
「あと、後味もやや泥臭いですね。焼く前に料理酒かなにかで下処理をすれば問題なかったのかもしれませんが……」
「無限に惜しいポイントが出てくるなぁ……」
『ていうか従順な従者面してる割には、味に関する指摘には一切の容赦がないわね、由良ちゃん』
ただの栄養補給としては一切の問題はない。だが料理としては及第点には遠く及ばない。それがこのワニ肉への評価だった。
それもこれも、鳶助がクリーンなサバイバルという縛りプレイを今すぐに投げ捨てれば解決するのだが。
「塩くらいは後で借りてくるかなぁ」
「大賛成です! ロードの潔白さは盗みの一つや二つしたところで一切曇ることはないかと!」
『食い気味に肯定するわね』
(味の不足の解消が本当に嬉しいんだろうなぁ。僕のこだわりのせいで迷惑かけてたのかも)
『……お肉を美味しく食べたいだけじゃない?』
おそらくアマテラスの予想が正解だろうが、女の子に対して食い意地の指摘をするほど鳶助も無神経ではなかった。
「ところで、光葉はどうしました?」
「ああ。なんか川に用があるって、バケツを持って……ほら、あそこ」
木製のバケツを複数携えながら、光葉が戻ってくる。ニコニコの笑顔を顔面に貼り付けながら。
「光葉? 一体なにをしていたのです?」
「この光葉の能力の発動条件は『身体のどこかに水が付いていること』だからね。さっきは血管内の水分でいけたけども。水分を消費して発動するって言い換えてもいいかも」
「ああ。それで川の水を汲んできたのですか? それにしてもなにを……!?」
異変はすぐに察知できた。『嗅覚』によって。
光葉が持ってきたのは水ではない。強い刺激臭を持つ別の液体だ。
「な、なんですかコレ。物凄く臭いんですけども」
「こっちはヒドラジン。アホみたいに燃える。こっちはナイタール液。アホみたいに燃える。こっちはアルコール。アホみたいに燃える」
「全部液体燃料ですか!? 何故!?」
「ワニの体内の方で燃えてる火。このままでいいのかなぁって思って。普通なら燃えてるところに燃料追加なんて危ないだけだけど。この巨体だろ?」
空気穴は一応作ってあるが、そこから漏れ出る火の明るさは確かに先ほどよりかは小さくなっているように見える。
「まあ多少無茶でもやった方がいいかなと思ってね」
「それ以前に、あなたの能力の詳細って? まさか液体燃料を作る力ですか?」
「いや。どうやらこの光葉の能力は『常温の状態で液体か気体の状態の化学物質ならほとんど出せる能力』みたいだ。固体の状態でも『水に溶けている状態』なら出せるみたい。
……得意不得意はあるみたいだけど。塩水を出すのはどういうわけだかアホみたいに水を食ったなぁ。『人間に対して毒性の強い化学物質』が一番容易くコスパよく生成できたよ。この辺りは後で要検証だね」
軽い感じでつらつらと述べる光葉の能力の詳細に、鳶助も由良も顎が外れんばかりに口を開けて、絶句する。
アマテラスすらも少し冷や汗をかいていた。
『……え? ヤバくない?』
「ヤバくない要素の方がない能力だ……!?」
その鳶助の総評に我に帰った由良は、はっとした表情で問う。
「……ちょっと待ってください! それなら水酸化ナトリウム水溶液とかの『アルカリ性の高いヤツ』はどうですか!? 出せます!?」
「あ? うん……出せるね。出せそうだ」
「やったぁ!」
「……?」
この時点での鳶助には知りようもなかったが、アルカリ性の高い液体は布の染色には必須だ。由良が大喜びしたのはそのためだろう。
そしてもう一つ。この事実をこの時点での鳶助が『知らない』ということの重要性を、まだ彼は理解していなかった。すぐにそれどころではなくなったので。
「じゃ、これ全部ブチ撒けてこようか。ワニの体内の方の火にね。由良は手伝ってくれるかな?」
「いいでしょう。そのくらいならば」
由良は快諾し、光葉と共にバケツを持ってワニの方へと歩いていく。
鳶助はそれを、やや泥臭い肉をパクつきながら見送った。
◆◆◆
今は見送るのではなく、あの時点で止めるべきだったと後悔している。
巨大な火柱の中に揺れるワニの影を、三人で遠巻きに見ながら。
ワニは、炎上した。あまりにも無遠慮に液体燃料をブチ撒けすぎたのだ。いかにあの巨体とは言え、脂肪分は体格の分だけそれなりにある。
そこに引火するだけの熱があれば、あとは種火が消えようがもうお構いなしに勝手に燃え続けるのは当然だった。
顔が熱くなるくらいの熱気を受けながら、光葉が誤魔化すように一言だけ漏らす。
「……バスターコールかな?」
「普通に火事だよッ!」
鳶助の声が、小さく木霊した。
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