第39話 だから、壊せない

「多分、おれの中では、最高傑作の出来だ」

 三重県に帰る新幹線の中で、割葉 地球が言った。それまで、槇 都々ノ花を殺し、牛久大仏をあとにしてからというもの、無言を貫いていた割葉。窓際に座り、肘掛にしては狭い桟の上に肘をおいている。表情はない。


「これ以上のものを、おれはもう作ることはできないだろう。それくらいの出来だ。いくつもの幸運が重なって、調子がよくて、タイミングがばっちりだった。その結果、実力以上のものができた。実力以上のものになっちまった。おれですら制御できないものが生まれた。制御できないものになっちまった。製作者の意図しないものが誕生した。誕生してしまった。それが、この地球だよ」


 日帰りとなってしまった茨城遠征。もうだいぶ日が暮れてしまっている。新幹線の窓に割葉の顔が写り、割葉は窓に写ったぼくを見ていた。

「壊すことも考えたんだけどな」割葉は笑った。「でも、できなかった。勿体無かったとか、そういうんじゃない。人間が好きだったからでもない。


 作るのは難しく、壊すのは簡単。そう言われているが、いくら簡単と言えども、破壊行為を行う以上そこに力は必ず存在する。その力がない場合、それはもう簡単ではなくなってしまう。

「今のおれに、もう力がほとんど残ってないことは話したよな?」

 訊かれる。ぼくは頷く。


「今の おれに、召喚士としてのスキルはほとんど残ってない。地球を作ったとき、逆におれの召喚士としての力を持ってかれた。最高傑作っていうのはそのせいだよ。最初、もっと地球は単純なものだった。けど、タイミングが良すぎて、上手く行きすぎた、奇跡がおきた。おれがもう一つ生まれたようなもんだ。おれをもう一つ複製しようとしたようなもんだ。地球は必要以上におれを欲しがり、力を吸い取った。その結果、おれと地球はほとんど同化した。おれは、地球がある限り、昔のおれを越えられない。だから、壊せない」


 今、割葉ができることは、地割れや地盤沈下、地震といったものしかできないという。それだけでも脅威な気がするが、それはぼくが地球に生きている人間だからという話であって、割葉からしてみればそれは屈辱以外のなにものでにないに違いない。親と子が逆転したような。子どもに扱われる親のようなものだ。

 自分の作ったものが思い通りにいかない。自分の一部が動かない。わかりやすく例えるなら、エイリアンハンドのようなものだろうか。


「おれは、とりあえず、観察することにした」

 観察。なにを? 決まっている、地球をだ。

「楽しかったよ。人間は好きだから、見ていて飽きなかった。人間が、蟻を飼って癒されるのと同んなじだ。小さいなにかがちょちょこ動いて、必死に生きている。それは微笑ましいもんだよ」

「…………」

「でも、『神』が生まれた」


 神。割葉が嫌うもの。人間じゃないもの。かつて人間だったもの。


「予兆というか、片鱗はあった。進化の過程で、人間から外れようとするものもいた。けど、その場合はなんとなくわかったから、地震やら事故に紛れて殺していった。突然変異を嫌ったんだ。『みんな』と違うものは、後に脅威となる。これ以上、地球を制御できないものにしたくなかった」

 まあ、今でも制御できてねえけど、と割葉は言った。

「キリンの首がなぜ長いか知ってるか? あれは、首の短い奴から死んでいったからだ。首の長いやつしか生き残れなかったからだ。人間も同じだ。環境に左右される。環境によって、生き残るものと死に絶えるものがでてくる。それはしょうがないことだと思う。でも、突然変異を残しておくと、突然変異だらけになる恐れがあった。おれは、それを嫌った」

 怖かった、と割葉は言った。そこだけは、か細く、泣き出しそうな、消え入りそうな声だった。

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