記録006:光牢

 ──神界。


 空が裂けるような轟音とともに、さとるとレオンの身体が拘束される。

 黄金の鎖が空間ごと捻じ曲げ、二人を引きずり込んでいく。

「……これは、封印魔法か!? クソッ、まさかこんな強引に……!」

 レオンが怒声を上げながら抗うも、全身を縛る鎖が容赦なく締まる。

 さとるの目の前で、神界の風景がゆがみ、光が砕ける。

「っ……うああああああ──!!」

 二人は、光の檻ごと奈落へと堕ちていった。


 ──監獄。


 意識が戻った時、そこには“時間”すら存在していなかった。

 重力も、風も、光すらない。

 世界が停止したような静寂。

 その中で、朽ちた石の牢獄に倒れたさとるは、じわじわと自分の感覚が鈍っていくのを感じていた。

「……ここは……どこだ……?」

天牢ヴァル……神の掟に背いた者が、永遠に閉じ込められる場所らしいぜ」

 横で座り込んでいたレオンが、かすれた声で応じた。

「さっきから……魔力がうまく巡らねえ。ここじゃ力を使えねぇみたいだ」

「封印……されてる?」

「ああ。神にとって不都合なやつを閉じ込める牢……便利なもんだな」

 さとるは唇を噛みしめた。

 自分たちはだったはずだ。なのに──。

「……おかしいよ。僕たちは……悪いことをしたわけじゃないのに」

「俺たちが“例外”だからだよ。光と影が混ざり合った存在……だから、神は俺たちを恐れてる」

 そのとき。

「──静かにしろ。ここではすら聞かれるぞ」

 低く、湿った声が、隣の牢から響いた。

「誰だ……?」

 さとるが問いかけると、影のような人影が壁越しにうごめいた。

「名など要らん。ただの亡霊だ。……かつて、神の命に逆らった愚か者にすぎん」

「……お前も、神に捨てられたのか」

「捨てられたのではない。拒んだのだ。“完璧”とされる光の秩序に。私は……世界に“選択肢”があると信じた」

 沈黙。

 やがてその声は、少しだけ和らいだように続ける。

「ここに来たということは、お前たちもそうなのだろう?」

「……わからない。でも、僕は……選びたい。誰かに決められるんじゃなくて、自分で……」

「ならばを思い出せ。お前の魂が、どうしてその姿を選んだのか──」

 その瞬間、何かが震えた。

 ごく微細なが、牢の隙間から伝わってくる。

「今の……何だ!?」

 レオンが立ち上がり、壁に耳を当てる。

「外の魔力だ。……地上が、動いてる!」

「リリアたちか……!」

「……あいつらが踏ん張ってるんだ。なら、こっちも止まってられねぇだろ!」

 レオンの叫びに、さとるの胸に小さな炎が灯る。

「……僕はここで終わらない。神がどう言おうと、僕は──僕の意志で、立ち上がる」

 その言葉とともに、牢の壁に“影”のひびが走る。

「おやおや、もう捕まってしまったんですか?」

「この声は……!案内人!」

 空間がわずかにゆがみ、仮面をつけた白衣の男が現れる。

「だから言ったのに。1からやれと。仕方ないですね、今回だけ出してあげますよ」

「なぜだ!お前はむこうの者なんだろ。なぜ俺たちを助けようとする」

「あら、助かりたくなかったのですか?それなら私はもう用はないので……」

「待ってくれ。わかった、助けてくれ」

「最初からそう言ってればよかったのに。1度だけですからね。」

 男は右手をゆっくりかざす。

天門アーク・ゲート。ここを通れば、第一の島、『記録の島』につながっています。それではご武運を」

 空間に開かれた歪な光の門。

 それは、次なる旅路への扉。

 こうして案内人の力によって、彼らは牢を脱した。だが──この逃走が、新たなる運命の始まりであることを、彼らはまだ知らなかった。


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