第32話 国家

「いやいやいや、お待たせしましたね-。どーもどーも!」


 扉が開いて入ってきたのは、中年の男性であった。

 マイカレのように鍛えられた肉体とは程遠い、下っ端らは膨れ、顔つきも丸っこく、ふくよかな肉体。そして魔力の残渣は非常に弱いものであった。


「話は伺ってます、この街レヴィラントを任せてもらっておるニケ・パースベルと言いますどーもどーも」


「タク、です。どーもよろしく」


 話の調子が良く人懐っこい話し方でタクの手を両手で持つとぐっと握りしめてくる。タクも引きつりながらも一生懸命に笑顔をつくる。


「いやいやいや、驚きましたよ! 東の海の先に国があるなんて!

 中央部の海は入って帰ってきたものはいない禁制の地!

 まさかそこに人間が住んでいるとは! これは大事件ですよ!」


 勢いと名調子で次々とタクからセブンスの情報を引き出していくパースベル。

 タクはエリシュに確認を取りながらついつい言葉が多くなってしまう。


「いやー、それにしても、そちらのエリシュ殿はホムンクルス? 人工的な存在とは信じられませんな、人間よりも完璧に見えますな。そうですか、精霊という存在はおとぎ話の中の話だと思いましたが、意思を持って存在しているとはねぇ。驚き続けて少し疲れてしまいました。どうでしょう、このあたりで一度お茶でも飲みながら球形としましょうか」


「あ、はい、そうですね」


「ちょっと私は中座いたします。どうぞごゆっくり休憩していただいて、はい」


 そのままの勢いでさらっと部屋を出ていってしまった。


「マスター、少々こちらの情報をさらけ過ぎてしまっているように感じます」


「そう? 悪い人ではなさそうだよ?」


「初めての外の人間との折衝はもう少し慎重でも良いと思いますし、パースベル氏は大変優れた政治家であるように感じます。相手の情報をほとんど掲示せず巧みにこちらの情報を引き出してきます。マスターがちょろ、やや話好きに過ぎる傾向がありますが、このままだとよくない気がします」


「そう言われても、俺そんな駆け引きとか出来ないし」


「なのでこれからはある程度私にお任せください」


「わかった。頼りにしてるよエリシュ」


 タクには人間の恐ろしさに対する免疫がなさすぎる。

 非常時だったセブンスの救世主だったタクに寄ってくる害虫は影でエリシュが排除していたからだった。その忠誠心が、今、仇となってしまっていた。


「人間には、残酷なことを平気で行うものもいます。笑顔でこちらを食い物にしてこようとする人間も少なくないことを、お忘れないように」


「そっか……そうかもね」


 タクは素直にエリシュの言葉に従うことにした。純粋であり、素直であることはタクの美徳であった。しかし、政治的な交渉の場においてはそれは美徳では済まない可能性を含んでいる。


「どうでしたかこちらの紅茶は?」


「とても美味しかったです。お菓子もとても甘いし、豊かな国なんだなと感じました」


「それは面白い視点ですね」


「それにしてもこの国には過去には巨人種や妖精種がいたみたいですが、何が起こって滅んでしまったのですか?」


「ああ、我が国の過去の話ですか、そんなことよりこれからのことを話してお互いの」


「いえ、まずは知りたいんですよね。種が滅ぶような、何が起きたのか。

 我々の国も少し前まで滅亡の危機に晒されようやく立ち直ったのですが、種族が滅ぶということは大きな原因が存在します。わたしたちは魔王がその理由でした。

 この国で種族が滅んだ理由はなんですか?」


 タクの雰囲気の変化にパースベルは警戒した。

 この変化の理由は翻訳機からエリシュがタクに指示を出しているからだった。


「ははは、そうですな。我々の過去、歴史はなかなか凄惨でして、外の人にとっては刺激が強いかと思ったのですが」


「大丈夫ですよ。我々は、我々自身が滅亡に瀕しましたから。

 きちんと聞いて受け止められます」


 タクの瞳がまっすぐにパースベルの目を見つめると、パースベルの目が泳いだ。


「まぁ、でも、こんな場で話す話でも無いのかもしれないので、いずれこの国の歴史はじっくりと勉強させていただきます。

 それと、本当に今更な話で申し訳無いのですが、この街の管理をまかせられているということで、どなたに任せられているのですか?」


「あ、ああ! 大事なことを話しておりませんでしたね。これは失礼しました。

 レヴィラントの街はウェスティング王国の街となります。わたくしはウェスティング王の命でこの街を治めさせていただいております」


「なるほど、こちらもお伺いするのが遅くなってしまい申し訳ありません。結局どなたと交渉しているのかを知りたかったので、改めてわたくしはタクという個人の名しか持っておりませんが、セブンス連合王国からは全権委任されておりますので、できればいい関係を作っていきたいと思いますが、ただ、一つだけお伝えして置かなければいけないことがあります」


「はい、それはなんでしょうか?」


「我々は、この大陸の国家間の問題に影響を与えるような行動は行いませんのでそれはご了承ください」


 今まで固まったような笑顔だったパースベルの表情が、その言葉でわずかに崩れたことをエリシュは見逃さなかった。タクは気が付かなかった。

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