第14話:芽吹きの季節
春の陽光が、やわらかくダイニングテーブルの木目を照らし、揺らめく影をそっと描いていた。
窓の外では、小鳥たちが新しい季節の訪れを告げるようにさえずり、澄んだ青空のもと、若葉が光を受けて優しく揺れていた。
食卓には湯気の立つ味噌汁、香ばしく焼けた魚、彩り豊かな小鉢が並び、温かな香りが部屋いっぱいに広がっていた。
「いただきます」
遥人の声に、父・卓也と母・陽子が、一瞬驚いたように顔を上げた。
けれどすぐに、二人はほっとしたように笑みを浮かべ、手を合わせた。
「……いただきます」
こんなふうに家族三人がそろって朝食を囲むのは、いったいどれほどぶりだろうか。
ふと、詩織が元気だった頃の食卓の記憶がよみがえった。
あの頃は、明るい声と笑顔が食卓の中心にあった。今、その声はもう聞こえない。けれど、空気は少しずつ、確かに変わり始めていた。
「これ、遥人が作ったの?」と陽子が問いかける。
「うん。昨日の夜、ちょっとリタと一緒に練習してみて……」
「美味しいよ」
不器用に箸を動かしながら、卓也がぽつりとつぶやいた。その言葉に、遥人は驚き、そしてどこかくすぐったそうに笑った。
言葉はまだぎこちなく、流れる会話には途切れがちの間があった。
けれど、それは無理に取り繕う必要のない自然な沈黙だった。悲しみや空白はそこに残ったまま、でもその中に“今”を大切にしようとする静かな温度があった。
リビングに、リタの柔らかな声が響く。
「本日、桜が満開との予報です。綺麗な桜並木道、訪れてみてはいかがでしょう?」
遥人はふと、カレンダーに目をやった。日付に印をつけた記憶が蘇り、肩の力が少し抜けるのを感じた。
「……今日、ちょっと行ってみようかな。散歩がてら」
「私もついていこうかしら」陽子が笑みを浮かべる。
「ん、俺もついてく」卓也も続けた。
そのなんでもないやり取りに、遥人の胸がじんわりと熱くなった。
詩織が繋いでくれた絆が、ゆっくりと、けれど確かに、また一つになろうとしていた。
ふと、窓の外に目を向けると、一輪の桜の花が風に舞い、淡いピンク色がゆっくりと空中に舞い落ちていった。
遥人は、その花びらを目で追いながら、胸の奥に浮かび上がった想いを、静かに言葉にした。
「姉さん……春が、ちゃんと来たよ」
その声は誰に向けるでもなく、けれど空へと溶けるように、優しく響いた。
心の奥に芽吹いた、柔らかな感情。それは悲しみの先に生まれた、未来へ向かうための小さな希望の種だった。
やわらかな陽光が、ダイニングを優しく包み込む。
新たな季節が始まろうとしていた。
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