第22話 ダンスパーティーへ

 翌日の夜。

 僕は、四苦八苦しながら正式制服を身にまとった。

 上着の詰襟や手首のボタン、中のシャツも、いつもよりも窮屈だ。

 肩章から胸元に向けて金色の飾り紐もつけた。

 動く度に揺れるそれに慣れない中、革靴も履いた。

 靴底には溝がなく、注意して歩かなければ転んでしまいそうだ。


「準備できたか?」


 ドアをノックされて外に出ると、フレディも制服を着て立っていた。

 背が高く、筋肉がしっかりついているフレディは、僕と違って制服に着られている感がない。羨ましい限りだ。


 フレディは、僕に顔を寄せて、真正面からまじまじと見つめてくる。


「そうして髪をちゃんと撫でつけると、セレスにそっくりだな」


 僕は今、しっかりと分け目を作り、後ろに撫でつけている。

 額を出すことなんてほぼないため、僕は実は恥ずかしく思っていた。

 あまり見て欲しくないと言うのに、フレディはまだ僕の顔を覗き込んでいる。


「そろそろ行こう」

「ん? ああ、そうだな」


 僕の呼びかけに我に返ったようで、フレディはポリポリと指先で頭を掻いた。

 僕たちは、入学式を執り行った講堂の裏手にある、パーティ会場に向かった。

 3階建てのそれは、もともとは王族の城だったらしく、パーティーホールはとても広々としていた。中は既に正装の生徒で溢れていたが、それでも肩がぶつかり合うことはない。

 1階から3階まで吹き抜けになっていて、上の階にも人の姿がある。

 どうやらそっちは王侯貴族の席のようだ。


 男子生徒は正式制服だが、女子は制服ではなくドレスだ。

 モノトーンの男子とは違い、色鮮やかで華やいで見える。

 ホールの奥に進むと、セレスとベアトリスの姿があった。

 二人とも髪をアップにまとめていて、ベアトリスは大きなブルーの宝石のついたネックレスをしていた。白い肌と青灰色の瞳にとても似合っている。ドレスは淡いローズ色をしている。床に付きそうなほど丈が長く、歩くと靴先がわずかに見える。

 一方のセレスはボリュームのあるスカートを穿いていて、くるぶしも見えている。鮮やかな黄色いドレスは、いつも屈託なく明るい表情のセレスにはぴったりだ。


「どう? 見違えたでしょ」


 セレスは腰に手を当てて自信たっぷりに言う。


「そうだね。セレスによく似合っているよ」


 僕がそう言うと、嬉しそうに笑って、その場でくるりと回ってみせた。


「本当に、綺麗だ」


 フレディがセレスを見つめながらそう言ったが、セレスは他に気を取られて気付かなかったようだ。僕から伝えようとしたところで、会場に拍手が起こった。

 どうやら、アインハルトが到着したようだ。

 

 試合のときと同じく正式な制服姿だが、頭には金色に光る王冠を被り、黒いマントを身に着けている。こういう姿を見ると、アインハルトはこの国の王子なのだと、改めて認識させられる。


「来たんだね」


 柔らかなテノールに振り返ると、イェレミーが現れた。

 プラチナブロンドを今日は結ばずに下ろしていて、透明感のある美しさだ。制服が無骨に見えるほどで、きっとエルフのローブの方が似合うんだろうなと、僕はこっそり思った。


 最初に学長の挨拶から始まった。

 相変わらず話は長く、セレスはベアトリスの傍に立って何やら囁き合っていた。

 やがて授賞式に移り、アインハルトの名前が呼ばれた。

 本来であれば、剣術科の優勝者もいるのだが、今回は怪我で欠席のようだ。

 学長が、アインハルトの首にメダルを下げ、名前が刻まれた盾を手渡す。


 アインハルトが一礼して、感謝の言葉を述べ始める。


「デューク」


 囁き声と共に、イェレミーが会場の右端に向けて手招きする。

 そこには、いつの間にかデュークが立っていた。

 デュークは、僕たちの側へと歩み寄り、壇上のアインハルトに目を向ける。


「遅かったな。どこにいたんだ?」

「中庭だ」


 デュークは端的にそう答え、アインハルトの挨拶が終わると拍手を送った。

 やがてフロアに音楽が流れ、ダンスパーティーが始まる。


 すると、アインハルトは階段を下り、僕たちの方へと歩いてくる。

 ダンスを誘いに来たのだろうと思うと、僕の前で足を止めた。


「そうしていると美しさが際立つな、クリス」

「……はい?」


 これほど美しい女性たちの前で、最初に僕を褒めるなんてどうかしている。

 しかも僕は別に、美しくも何ともない。


 アインハルトは僕からベアトリスへと視線を向け、手を差し伸べた。


「一曲踊ってもらえないか?」

「私でよろしければ、お相手いたします」


 ベアトリスはアインハルトの手を取り、二人はフロアの中央に向かった。

 互いに一礼してから近付き、ベアトリスはアインハルトの肩に、アインハルトはベアトリスの背中に手を添える。

 会場から溜息が漏れるほど、お似合いの二人だ。

 やっぱり、婚約者を最初に誘うのかと思って見ていると、デュークも手を差し伸べる。


「一曲踊ろう」


 誘った相手は、セレスだ。


「はい! 喜んで!」


 どこかの居酒屋みたいな返事をし、セレスはデュークと共にフロア中央に向かう。

 二人が踊り出したタイミングで、他の生徒も加わり始めた。

 男女で組んで踊り出した面々を、僕たち3人は壁際で眺める。


「イェレミーは踊らないんですか?」

「こんな音楽では踊らない」


 どういう意味かよくわからなかったが、男3人で集まって、運ばれて来たグラスを手にした。


「これは?」

「葡萄酒だよ」

「アルコールってことですか?」


 確認した僕に、二人とも怪訝な表情を浮かべたが、僕にとって初めて飲むお酒だ。

 ゲーム世界では、15歳でもお酒を呑んでいいのだろうか。

 僕は、おっかなびっくりグラスを傾け、葡萄酒を飲む。


「っけほ……は……っ」


 思わず噎せてしまうほどに、アルコールは匂いがきつくて、喉が熱くなった。


「飲むの、初めてなのか?」

「子爵家の人間なのに?」


 二人とも少し驚いたように言ってきたが、返事をするどころじゃない。

 咳が続くと迷惑かと思い、僕はバルコニーに逃げた。

 ここなら、思う存分、咳をしても平気だろう。


「ほら、水だ」


 咳き込んでいる僕のところに、フレディが水を手に現れた。

 僕はそれをゆっくり飲んで喉を落ち着け、ふうと息を吐いた。


「ありがとう、フレディ」

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