第16話 エントリー
「おかえり、クリス」
寮に戻ると、アインハルトに出迎えられた。
「食事にするか? それとも風呂が先か?」
どこかで聞いた言い回しだが、特に含む意味はない。
「先に食事にするよ。お腹が空いて、目が回りそうだし」
「では、俺も一緒に食べることにしよう」
アインハルトと共に食堂に入り、向かい合って今日の夕食を摂る。
それは、ここ最近の僕の日課とも言える。
寮祭からこっち、なぜか懐かれている気がしている。最初は気のせいかと思ったが、こうして続くと鈍い僕にもわかる。アインハルトは、僕に興味を抱いている。
好感度がMAXになったことは、頬にキスをされた時に知った。
僕自身を好きになったとは思えず、戸惑いも覚えていた。
だが、今は薄っすらとわかり始めている。
僕に対しての好感度が高いのは、決して好意を寄せているせいではない。
よく言う「面白いヤツ」とも少し違う。
理由の大本にあるのは、ベアトリスの存在だ。
「あの気難しいベアトリスが、お前にだけは笑顔を向ける。その理由は何なんだ?」
アインハルトは、僕にそう訊いてきた。
「ベアトリスさんは、気難しくなんてないですよ。とても優しい先輩です」
「それは、お前だから言えるんだよ」
「そんなことはありません。きっと、セレスだってそう思っています」
僕がそう反論すると、しばらく考え込んでいた。
結局、僕の推測では、アインハルトが恋心を寄せる相手は、ベアトリスだ。
だから、僕に対して興味を持ち、何とかコツを掴もうとしている。
15歳の高校生が、3つ年上の女性に恋をして、努力しているのだと思うと微笑ましいし、応援してあげたくなる。
目の前で、きれいな所作で食事をするアインハルトと話しながら、僕はそんなことを考えていた。
これでも、元の世界では僕は大学生だった。
だからつい、年下の人に接する気持ちになるんだろう。
僕は自分の気持ちをそう分析し、何とか力になりたいと感じた。
その週の土曜日。
いつものように、修練場でオーベリン先生を待とうと思っていると、イェレミーが伝えに来た。先生から講義室で集まるよう指示されたということだ。
講義室ということは、今日は実戦ではなく座学なのか。
平日は座学、土曜日は実戦形式と決まっているはずなのにと、僕は不思議に思った。
講義室に時間ちょうどに現れたオーベリン先生は、数冊のファイルを手にしていた。
教壇にどさりと置いてから、僕たちを見回した。
「一か月後、ヴィオレッタ祭がある。今日は、トーナメントへのエントリーについて話そう」
ヴィオレッタ祭。女神の名を冠する祭りで、魔術と剣術の大会が開催される、ゲームの終盤のイベントだ。
主人公であるセレスを始めとした魔法学院の生徒が、この大会にエントリーする。
そして、互いに魔術や剣術を競い合い、それぞれの部門で優勝者を決める。
勝敗にまつわるエピソードが、セレスと攻略対象間の好感度を左右し、その後のダンスパーティーで結末を迎える。
いわば、ゲームシナリオにおける、最も重要なイベントと言える。
ここで選択肢を誤ると、目当ての攻略対象とエンディングが迎えられない。
僕は、ちらりと斜め前に座るセレスを見遣った。
一体セレスは、誰を選ぶつもりだろう。
それ如何で、トーナメント中の振る舞いが決まるのだが。
とはいえ、ここは僕の口出すことじゃない。
セレス自身に選ばせて、見守るくらいしかできない。
そう考えていた矢先に、先生は話を進める。
「エントリー希望者は、挙手を」
すると、真っ先にセレスが高く手を挙げた。最終的には、アインハルト、ベアトリス、デュークが続き、手を挙げたのは4人となった。
僕は、ゲームの中でも手を挙げていなかったし、今もエントリーするつもりはなかった。
この状況で出れば、普通科の生徒にすら勝てそうにない。
だが、ここで問題となったのは、イェレミーの存在だ。
彼は、ゲームではエントリーしていた。
なぜ、この場で手を挙げていないのか。
意外に思っている僕とは違い、オーベリン先生には動揺が見られない。
「では、ファルコ・クラッセからのエントリーは4名。大会本部には、そう伝えよう」
そして、教壇に置いたファイルを、僕たち一人一人に手渡した。
「これから一カ月間の、トレーニングメニューだ。エントリーしないイェレミーとクリスティアンは、自由意思で決めていい。不必要だと思えば、破棄して構わない」
オーベリン先生は、そう前置きしてからトレーニングについて説明を始めた。
僕は、ファイルに目を通しながら、エントリーしない僕の分まで考えてもらったことに、心から感謝した。てっきり、放置されるものとばかり思っていたからだ。
これから一か月かけて、僕はこの通りトレーニングを積んでいこう。
自主練習においても、目標が決まればやりやすい。これは、僕にとって好機だ。
講義室での授業の後、いつもならみんなでランチを摂るのだが、今日ばかりは簡単に済ませて、午後からは修練場に向かった。
みんながトレーニングに励む中、僕もメニューに沿って練習を始める。
風魔法による飛翔と火魔法による攻撃を組み合わせた技の習得だ。
周囲を見回し、邪魔にならない場所を選んで、飛翔のトレーニングを始める。
自身の身体に意識を集中し、高く浮かび上がらせるイメージを膨らませる。
目を閉じて意識的に深く呼吸を繰り返し、少しずつ高度を上げる。
それでも、最初は2メートルが限界だった。
ただ浮遊するだけでも、こんなに初動に時間が掛かるのか。
僕は、自分のコントロールの甘さに忸怩たる思いを抱きながら、その日のトレーニングを終えた。
寮に戻ると、お風呂上がりのフレディとばったり会った。
フレディは剣術の方でエントリーしていて、僕が出場しないと知ると一瞬目を瞠った。
だが、それだけだ。
出ない理由を聞くことも、出たほうがいいとアドバイスすることもない。
この辺の距離の取り方が、フレディらしいとも言える。
「トレーニングで疲れても、ちゃんと筋トレは続けろよ」
「ああ、そうするよ」
しばらくは、フレディと筋トレはできないと言うと、そんな言葉が返ってきた。
僕は、フレディと別れて部屋に入り、ベッドに仰向けに倒れ込んだ。
自分の不甲斐なさを突き付けられるのは辛い。
だが、これが現実だ。
日曜日のうちに、過去の論文に目を通して、放課後は自主練習に費やして──。
僕は、そう考えているうちに眠りに落ちていたらしく、アインハルトが食事に誘いに来てようやく目を覚ました。
「なかなか現れないから、図書室へ迎えに行くところだった」
「すみません」
僕は、アインハルトに謝ってから、その日も二人で夕食を摂った。
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