第4話 普通科のクラスメイト

「ちょっと待ってよ、クリス!」


 石造りの渡り廊下を歩き、普通科の教室に向かっていると、背後から駆け寄る足音が聞こえた。肩越しに見れば、制服のスカートをひらひらと閃かせながら、セレスが僕を追いかけてくる姿が見えた。

 周囲を歩く生徒たちが、思わず足を止めたり、振り返ったりしているのが見て取れる。


 セレスは、長い金髪のサイドをアップに結んでいて、足を踏み出す度にぴょんぴょんと揺れていた。陽光に輝く髪や走ったことで上がる息、赤みを増した肌。男子生徒が釘付けになるのも、致し方ないことだ。しかも今は、白い太ももまで露わになっている始末だ。

 我が妹ながら、罪作りなヤツだ。

 僕は、周囲の視線を浴びていることを気付かないセレスに、内心呆れていた。母親譲りの美貌に無頓着なのは、ゲーム主人公としてはよくあることなのかもしれないが。

 こうして目の当たりにすると、もうちょっと周囲を気にしてあげて欲しいとさえ思う。


 セレスは、僕に追いつくと、ぷくりと頬を膨らませる。


「ひとりにしないで」

「ごめん」


 人一倍さみしがり屋で、いつも僕のそばから離れないセレスだ。

 あの講義室に置いてきてしまったのは、僕の失態だろう。

 素直に謝ると、一瞬緑色の瞳を瞠り、ついで「よろしい」と腰に手を当てて笑う。


 次は普通科での授業で、教室で受けることになる。

 中に入ると、教壇に向かって並べられた席にもうみんな座っていて、僕たちを一斉に見遣った。


「あれがファルコ・クラッセの双子か」

「可愛い~!」


 あちこちから声がして、僕はちょっと気後れしたのだが、セレスは臆することなく教室の空いている席に座る。僕はそのひとつ前の席に座り、教師が来るのを待った。


 次の授業は、古代文字の習得の授業らしい。

 教室の前のドアから入ってきたのは、40代くらいの女性教師だった。

 教員は皆揃いの黒いローブを着ていて、彼女もまた同様に羽織っていた。

 そういえば、オーベリン先生は着ていなかった。

 そういうところも、特別扱いなのかもしれない。


「それでは、まずは基本的な文字から覚えていきましょう。教科書の15ページを開いてください」


 言われた通りに開くと、四角で囲まれてアルファベットが一文字ずつ並んでいる。

 どうやら僕にはただのアルファベットに見えているものが、皆にはそう見えないらしい。更に言えば、古代文字で書かれた文章は、すべて現代日本語で表示されている。

 なんというご都合主義的展開。

 これは、助かった。一つ学ばずに済む科目が生まれた。

 ホッとしつつも、僕は授業内容はしっかりと身を入れて聞き、手は抜かなかった。


 やがてハンドベルを鳴らして歩く、軽やかな音が廊下側から聞こえてきて、午前の授業はそこで終わりとなった。


「次回は、読み下しをしますから、文字を暗記してくるように」


 先生は最後にそう言って、教室から出て行った。


 僕は、机に教科書をしまい、一つ伸びをした。

 次は、食堂で昼食の予定となっている。

 クラスごとに分かれて座ることが決まっていて、僕たちは普通科の生徒と共に食事を摂ることになる。


 ぞろぞろと食堂に向かって歩き出した列に、僕とセレスも加わった。

 周囲は僕たちを遠巻きに見るだけで、声を掛けてこようとはしない。

 話しかけづらいのはわかる。

 僕だって、高校時代は特進クラスの人たちと話すことはほぼなかった。


 それでも、食堂に着いて決められた席に座ると、周りはタイミングを見計らって声を掛けてきた。


「やっぱり、ファルコ・クラッセの授業って難しい?」

「アインハルト王子とは喋ったの?」

「オーベリン先生って、厳しいって言うけれどどうだった?」


 矢継ぎ早に答えにくいことを聞かれて、僕は当たり障りなく答えるので精いっぱいだった。


「上級生のイェレミーって、エルフ族なんだってね」

「そうそう、エドゼル学長より年上らしい」


 そして、まるで僕に聞かせるようにキャラクターの説明をし出した。

 そうか。これはゲームでいう、NPCによる解説みたいなものなのか。


 皆いろいろ話してくれているが、僕は既にゲームのチュートリアルで主要キャラについての情報は得ている。おさらいのような気持ちで聞いている僕とは違い、セレスは真剣だ。驚いたり笑ったりしながら、皆の話に聞き入っている。


 段々と周囲もセレスに打ち解けてきて、空気が和んでいった。

 こういう場は大切だ。

 特に、これまで友達らしい友達のいなかったセレスにはいい機会になる。

 僕は一歩引いて全体を見つめて、幸先のいいスタートを切れたことを感じ取った。


 昼食は洋食で、異世界っぽさはまったくない。

 おかげで特に戸惑うことなく、完食することができた。

 この辺りは、ゲーム制作側に、特にこだわりはないのかもしれない。

 日本で作られたゲームということもあり、そのうち和食にもありつけるかと期待した。


 食堂を出る際に、遠くで食器を片付けるフレディの姿が見えた。

 特徴的な明るい緑色の髪で、周囲より頭一つ分背が高い。

 でも、彼と初めて話すのは、寮に行ってからだ。今じゃない。

 僕は、横目で見るだけで話しかけることはせずに、クラスメイトと共に食堂を出た。


 午後からの授業も、普通科の教室で受けた。

 僕たちの国、フォーシュリンド王国の歴史だ。


 隣国であるアルヴェスト王国から独立を果たしたのは、350年前のことだ。

 他国に比べれば歴史は浅く、文化のほとんどはアルヴェストの流れを汲んでいる。

 それでも、この国独特の食文化や信仰は根付いていて、特色のある国として栄えている。

 僕は教科書の文字を追いながら、フォーシュリンドの歴史に思いを馳せた。

 僕にとってはゲーム内の設定でしかなかったが、ここではこれが現実だ。

 しっかり頭に叩き込んで、振舞わなければならない。

 特に、アインハルト王子の前で、失言はしたくない。

 僕は、授業の内容を聞きながら、一つ一つ暗記していった。




 授業終わり、放課後となったところで、僕はオーベリン先生のもとに行こうと決めた。

 最初は教職室に向かったのだが、そこに先生の姿はない。


 一体、どこに行ったんだろうか。

 そして、居場所を知りたいと思った、その時だ。


 突然、目の前に平面図が現れた。

 ホログラムのように空中に漂うそれは、どうやら構内図らしい。

 そして、その平面図のある一点が、赤色に光って見えた。


 場所は、ファルコ・クラッセの講義室の隣だ。

 授業の準備室のような場所で、そこにオーベリン先生はいると示されている。


 なるほど。こうして表示されるわけか。便利な機能だ。


 僕は、すぐさま準備室に向かい、ドアの前で少し躊躇した。

 突然現れたら、オーベリン先生は驚いてしまうかもしれない。

 僕は少し考えてから、ドアをノックした。


「どうぞ」


 中からすぐに声がして、ドアを開けたところで僕は驚いた。

 部屋の中には、白い煙が充満していたからだ。

 オーベリン先生は、吸いさしの煙草を灰皿に置いて、僕を見た。


「あの、少しお伺いしたいことがありまして」


 僕はそう前置きしてから、この場所をクラスメイトに聞いたこと、そしてここを訪ねた事の経緯を述べた。


「参考文献か」

「はい、今日の授業の復習をしたいので、是非教えていただきたいんです」


 すると、先生の身体が翠色の光に包まれる。

 アインハルト王子の時にはピンク色だったそれが、今は色が違う。

 もしかしたら、僕への好感度が上がったエフェクトなのかもしれない。


「なら、今から言うからメモを取れ」

「はい! ありがとうございます!」


 僕はすぐさま、胸ポケットに入れていた生徒手帳を出し、先生が挙げる参考文献をメモした。


「助かりました」

「これから、図書室へ行くのか?」


 改めて問われて肯定すると、先生は少し考え込んでから言う。


「放課後は、魔法の自主練の時間でもあるから、あとは自分で判断して決めるといい」


 魔法の自主練習。

 そんなのがあるなんて、僕は知らなかった。

 たしか、ゲームにもなかったように思うけれど。


「わかりました。考えます」


 僕はそう言って、先生の前を辞して、一旦教室へ戻った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る