乙女ゲームの女主人公の兄なので、ちょっと僕を狙わないでもらえますか?
佑々木(うさぎ)
第一章 入学
第1話 予定調和のはずが何かおかしい
校舎の鐘が鳴り、定刻になったことを知らせた。
入り口の扉が閉まり、ざわついていた講堂が静まり返る。
壇上の右側から、背の高い白い長衣を着た人物が現れた。
一歩一歩、ゆっくりと赤い絨毯の上を進み、中央にある演台まで行くと足を止めた。
年老いた人物は、演台に両手を突き、広い講堂を見回してから一つ咳払いをする。
「ようこそ、我が王立グリューン魔法学院へ」
すると、教員が一斉に胸に手を当てて頭を下げた。
僕たち生徒も、椅子から立ち上がって、深々と礼をする。
一拍置いて、教員たちが着席し、僕たち生徒もそれに
まるで軍隊のようだが、これが格式と伝統のある魔法学院の儀式のようだ。
全員が着席し、再び講堂が静寂に包まれたところで、エドゼル学長が重々しい声で式辞を述べ始めた。学長の話は、国の成り立ちから始まり、魔法学院が始まる経緯、自分が学長となるまでの道のりまで及ぶ。
僕は、その声を聞きながら、溜息を吐きそうになって息を詰めた。
途端に、隣の席から溜息が漏れ聞こえる。
見れば、不肖の妹セレスティーヌが、退屈そうに首を回している。
居眠りするよりはマシだが、誰がどこで見ているかもわからない。
注意しようにも、講堂には学長の声のみが響いていて、下手に声を出せば僕も注目を浴びかねない。
どうしたらいいかと横目でチラチラ見ていると、不意にセレスはこちらに身体を傾けて耳打ちしてきた。
「ねえ、学長の話、長すぎない?」
声を潜めてはいたが、周囲に聞こえやしないかと、僕は内心ひやりとする。
「大人しくしていてよ、セレス」
「だって、クリス。退屈なんだもの」
妹は、僕のことをクリスと呼ぶ。
本当はクリスティアンという名前だが、小さい頃から周囲がそう呼んでいたせいで、互いに愛称で呼ぶようになっていた。普通の兄妹なら、ここで「年長者には敬意を払え」と妹に注意の一つもされるのだろうが、僕たちは双子で歳の差はない。だから、誰もセレスのことを咎めることはなく、今に至っている。
今日は、僕たち兄妹にとって、人生最大のイベントとも言える、魔法学院入学の日だ。
すべての物語は、ここを皮切りに始まる。
これまで、小さな片田舎にいたセレスティーヌが、魔法学院に入学して愛と友情をはぐくむ物語。それが、恋愛シミュレーションADVゲーム「グリューンストーリア」なのだ。
そして、僕はセレスティーヌの双子の兄であり、このゲームのナビゲーターでもあるクリスティアンだ。攻略対象の趣味や好み、現在の居場所なんかをセレスに教える役割を担う。そして、もちろん攻略対象の好感度もすべて、僕が把握して伝えることになっている。
そんなこと、本当にこの僕にできるのだろうか。
目が覚めてその役割を担ったことまでは分かったが、なぜそうなったのかも、どうやって情報を知り得るのかも、何一つ不明だ。
なぜなら僕は、今しがたこのゲーム世界に転生してきたばかりの、にわかだからだ。
「聞いているの? クリス」
「聞こえているけれど、静かにしてね、セレス」
僕は、妹を諭しながら何とか入学式を終えた。
学長は壇上から去り、右奥にある革張りの立派な席に移動した。
教員の一人が、気を利かせて飲み物を運んでいる。
学長の代わりに何人かの教員たちが壇上に行き、僕たちは彼らが準備をするのを待った。
次に控えているのがあれだ。
各々の魔力量と属性を測って、クラス分けするタイム。
妹はそこで、全属性を持ち合わせる特待生として、華々しくデビューを飾る。
そして、兄と離れたくないと駄々をこねたせいで、僕もまた特待生クラスに配属される。
すべて、わかっている。
もう、何十回と通ってきたチュートリアルだ。
──『ねえ、
──『姉さん、だからセーブデータはHDDに入れて保存してって言ったよね……』
過去に姉と繰り返したやり取りが思い出されて、僕は痛む頭を押さえた。
わがままで扱いの難しい、面倒でしかなかった姉。
だから、転生する瞬間に僕は願った。
「もし、次に生まれ変わるとしたら、あんな姉のいる弟にだけはなりたくない」と。
結果がこれだ。
わかっていないにも、ほどがある。
僕は、今度こそ我慢できずに溜息を吐き、教員たちがクラス分けの説明を始めるのを、背筋をピンと伸ばした格好のまま待った。
「それでは、準備が整いましたので、一人ずつ順に壇上に来てください」
「まずは、アインハルト・フォーシュリンド」
最初に呼ばれたのが、この国の王子であり、次期国王となるアインハルトだ。
遠目から見ても、輝く金髪が眩しい。
主席である彼が真っ先に呼ばれ、最初の特待生に選ばれる。
さすがは王太子だ。チートそのものと言わざるを得ない。
もちろん、彼はこのゲームの攻略対象の一人で、キャラ投票ランキング上位者だ。
「あの方、王子様なのね! とても素敵だわ!」
面食いのセレスは、早速その美貌に気付いたようで、身を乗り出して見ていた。
風と水の属性を持ち合わせていることがわかり、講堂がどよめいた。
「次! セレスティーヌ・アッシュベルト」
早速、次席の妹が呼ばれた。
こう見えて、魔力だけではなく成績もトップだ。
辺境の領主の娘にしては、スペックが高い。
だからこそ、このゲームの女主人公となれているのだとは思う。
他にもう一人同学年に攻略対象がいるのだが、残念ながら魔力も成績も良くはない。彼は王国軍の元帥の次男に当たり、剣の腕前は校内随一となるのだが。この段階では、モブの一人だ。
そして、悪目立ちする集団から外れた僕の番が来た。
どうせ、大した結果にはならない。
わかっていても、不貞腐れて態度を悪くするわけにはいかない。
目を付けられるのだけは勘弁してほしい。
僕は、優秀な双子の妹の、付属品という位置づけなのだから。
だが、そこで思いも寄らない結果が生じた。
壇上にある演台に乗せられた計測器。
僕がそれに手を乗せた途端に、そいつは数値ではなく文字を浮かび上がらせた。
──『計測不能』
なんてことだ。
てっきり、チートをチートとせしめるためだけに存在すると思っていたのに。
実は、めちゃくちゃ優秀な計測器だったんじゃないのか?
こいつには、僕が転生者だとバレている。
だから、計測不能と出てきたんだ。
僕は、顔を引きつらせながら、周囲の反応を窺った。
「これは……! きっと、妹君同様、素晴らしい能力の使い手に違いない!」
「いや、むしろ、測定できないくらいに能力がないのでは?」
すると、学長が立ち上がって手を翳し、騒ぎ立てる面々を一睨みで沈めた。
そして、しゃがれた声で告げた。
「その方──クリスティアン・アッシュベルトもまた、特待生とする」と。
こうして、シナリオから逸脱しかけたものの、ストーリーは予定通りに進行した。
僕は、学年を越えた特待生クラスに配属され、攻略対象たちと共に学院での日々をスタートさせることとなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます