第2話:即興でつなぐ漫才、悠真の覚醒
ステージの上に立つ相川悠真の全身から、汗がにじみ出ていた。客席を照らす照明が目に眩しく、笑い声とざわめきが、ぼんやりと耳の奥でこだましている。
彼の隣に立つAI漫才ユニット「マイキー」は、明らかにおかしかった。
数秒前、予定されていたネタの中でキーワードとなる「タイムマシン」という単語が表示されるはずだった。しかし、マイキーのシステムは突如バグを起こし、繰り返し同じボケをループし始めたのだ。
「……だからって、タンスをタイムマシンに改造するなって言ってるだろ!」「……だからって、タンスを――」
観客の笑いも徐々に困惑へと変わっていく。司会席では審査員たちが顔を見合わせ、舞台袖ではスタッフが動揺している。
だが悠真は、震える声でマイクを握りしめ、深く息を吸い込んだ。
「おいマイキー、タイムマシンより先にバグ直せよ!」
その一言に、観客席から「ハッ」とした笑いが漏れた。
悠真の中で何かが開いた。
今までマイキーに任せきりだった“ネタの流れ”を、自分が作る。
悠真はマイキーの台詞の繰り返しを逆手に取り、そこに即興でツッコミを入れていった。
「お前さ、毎回タンスの話しかしねーのな! タンス芸人かよ!」
「いや、そこはせめて『タンス芸AI』でお願いしたい」
一瞬、マイキーが応答した。
システムが即座に修復されたわけではない。だが、悠真の声色、目線、テンポに反応して、マイキーが推定する最適応答を即座に生成しようとした。演算が遅れ、発言にラグが生じる。
しかし、それがちょうどいい「間」になった。
悠真は、マイキーのわずかな沈黙に合わせ、さらに間を利用したボケを入れた。
「その間やめろ! そんなリアクション芸教えた覚えないぞ!」
観客が一斉に爆笑した。
悠真はゾーンに入っていた。自分の鼓動と客席の呼吸が、同じテンポで打ち鳴らされている気がした。
即興で繋いだネタは、奇跡的に一つの物語として成立し始めていた。AIと人間、ズレと間、計算と感情。それが混じり合い、新しい“笑い”を生み出していく。
やがてネタが終わる。
客席は、一瞬の静寂の後、割れんばかりの拍手に包まれた。
悠真は深く息を吐いた。
「……やっと、俺たちの漫才になったな」
マイキーは少しのラグの後、かすかに微笑むような電子音で返した。
「分析結果:観客の笑い率、過去最高値を記録」
その瞬間、悠真の目には涙が浮かんでいた。
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