幕間

 あれから何週間か経ち、フェルは剣の民で手に入れた機材をLNの不時着地に運び終えていた。

 剣の民の地下の旧LN整備基地には、まだ使用できる古い部品があった。通信に必要な部品だけを運んで応急処置を済ませ、フェルは銀河間通信を試みることにした。

 LNに搭載されるのは、ワープ航法と同じ空間跳躍技術を利用した通信技術だ。それを用いれば、ここからでもほとんどラグのない通信を中央につなげることができるはずだ。

 情報処理室で通信の調整をしていると、近くから会話が聞こえてきた。

「これは、自在に飛ばすことができるものなのか?」

『はい、制御された飛行をすることができます』

「翼もないのに、なぜ飛んでいるんだ……」

『初期の航空機は翼の揚力を利用していましたが、反重力コアの普及によって――』

 ユウとナビがずっと話している。なぜかLNに居座っているユウは中央の世界に興味があるようで、熱心にナビから情報を引き出している。

 それにしても、ナビはあんなに饒舌だったのか。本来のマスター、船長である先生の影響かもしれない。

 知識を提供する時は現地の文化への影響を考えなければならないが、そこはナビが線引きをしているようだ。有害ではないのでフェルはそのままにしている。

 それより、通信の復旧に集中すべきだ。

「こちらLN6、応答せよ。だめか……手応えはあるんだけど」

 フェルは、航法ボックスにはめこんだ円盤斧の端末を叩いた。

 微妙な調整を試しているが、なかなかうまくいかない。レキで手に入った古い年式の送信機で超空間通信の設定をするのは専門でないフェルには容易ではなく、根気が必要であった。

 機密情報管理の関係で、外への通信はすべてこの航法ボックスを経由して行う。それが通信を余計に難しくしている。ボックスはLNの自動操縦装置やフライトレコーダーを兼ねた白い箱で、最も重要な破滅の超越を計算する船の心臓でもある。

 ついでにいえば、今フェルと話しているナビもボックスの中にプログラムされている。こちらの作業は知っているはずで、喋ってないで少しは手伝ってほしいものだ。

 孤軍奮闘の末、UG3中央都市アヴァロンが放つ重力波動らしきものは見つけられている。しかし、そこから秘密回線に入る認証に手こずっている。

 そこで、少し発想を変えてみることにした。LN基地の秘密回線ではなく、一般の通信を使うのだ。それがなにかに引っかかれば誰かには連絡がつく。

 個人端末の規格や一般無線などを使い、手当たり次第にコールしてみた。そうしているうち、ある一つがリングバックトーンを返してきた。

 つながった。相手は、フェルの端末に記録されている連絡先のどれかだ。

『もしもし。こちらオニキス荘~』

 音声通話をつなぐと、知っている人の声が聞こえた。

「あ、えっと……大家さん?」

 つながった先は、フェルが住んでいるロッジの固定電話であった。

 正確には、オニキスにある同じ形式の航法ボックスだろう。LNのものと同じ機能を持つ黒い箱が置かれているのを見たことがある。あれは輸送船を利用したロッジだからだ。

 同じボックスだからつながりやすかったのかもしれない。とにかく、この通信は貴重である。

『フェルカドさん? 無事だったんですね。戻ってきたんです?』

「いえ、まだ遠くにいて……LN基地にとりついでいただけますか」

 フェルは、今起きている状況を大家さんに説明した。

 本部にこちらの状況を知らせる必要があること。それに、この惑星で行われていたインペリアル社の不正を告発しなければならないこと。大家さんは一般人なので、軍の救助艦隊URFあたりを経由してLN基地本部に連絡してほしいとお願いした。

『それは……まだやめておいたほうがいいかもしれませんね』

「どうしてです?」

『中央では今、軍が少しきな臭くなっているんですよ。その星のことが知られるのはよくないかもしれません』

 少し真剣な声で、大家さんはフェルの疑問に答えた。

 大家さんは、中央都市上層の治安暗黒期にライムとともに戦った兵士でもある。普段の大家さんはとても武器を持って戦うように見えないが、上層に平然と生活する様子にはどこか只者でない感じがする。

 その大家さんが言うなら、本当に今はよくないのだろう。

「……わかりました。この回線にまた連絡してもいいですか」

 LNを飛行可能にして中央に帰還できるようにするにはもっと長い時間がかかる。なので通信は生命線だ。繋がる場所はなぜか大家さんの固定電話だけだが、それでも幸いだった。

『もちろんいいですよ。でも、すぐ帰ってくる方法もあるのではないでしょうか』

「どういうことです?」

『あなたの部屋にある可愛い服の子を使えば、ね?』

 大家さんの悪戯っぽい声に、フェルはドキッとしてしまった。

「あ、あれは……というか大家さん、見たんですか!?」

『行方不明扱いになっていましたから、UPDから部屋の調査依頼がありまして。そのままにしておきましたよ♪』

 大家さんはとても楽しそうだ。しかし、フェルは顔が熱くなってくる。

『メイドさんのお洋服が好きなんですか? 今度私も着てみましょうか』

「あの……! 勘弁してください」

 大家さんには困ったものだ。だが確かに、オニキスに通信できているなら方法がある。

 遠隔地にいながらアヴァロンで活動する方法がないではないのだ。インペリアル社について、今すぐに中央で調査ができるかもしれない。



 話に出た「メイドさん」とは何か。それを説明するには、今回の任務に出る前の出来事を回想しなければならない。

 フェルがLNに乗り込む少し前。その日もいつも通り、養成学校の講義を終えてロッジへの帰途についていた。

 深部にある校舎を出ると、円環状の地下都市が明るく彩られているのが視界いっぱいに広がった。アヴァロンはファウンデーションウォールという風景再現ディスプレイで包まれた巨大な先進都市だ。

 リニアトレインに乗り込み、その先進都市を上昇していく。すると、途中からウォールが途切れて露天の空が見えてくる。

 フェルの家、オニキスロッジがある上層。そこは、荒廃した外界の影響を受ける場所。都市の外は人が住める環境ではない。

 各UGの中央都市は利用価値がなくなった惑星を再利用して建造する決まりがあるからだ。上層は過酷な自然に最も近い。風雨に晒され、化学汚染の影響に気をつけなければならない。

 友人のライムの意見のように、フェルのような学生が住む場所ではないのかもしれない。しかし、本物の空が近いあの場所がフェルは嫌いではない。

 時刻は夕方。橙色の夕焼けと紫色の星空が混ざっている。その美しさに目を奪われていると、端末にメッセージが届いた。

「!」

 それは、注文していた「あるもの」が家に届いたことを知らせるものだった。

 気持ちが急いても到着は早くならない。もどかしく思いながら駅を待ってリニアを降り、フェルは早足でロッジへと向かった。

「おかえりなさい。大きな荷物が届いてましたよ」

 ロッジの前、にこにこの大家さんが待ち構えていた。フェルはぎょっとしてしまう。

「宅配ボックスには入らなかったので倉庫で預かっています。こちらに」

「あ、あ、ありがとう……ございます」

 宅配業者は大家さんを呼び出して荷物を押し付けていったらしい。想定外だった。確かに大きくて当然のものだが、そこまで考えが回っていなかった。

 しかも荷物は外箱のまま送られきていた。個人用ではなく業務用に使われるようなもので、中身を隠すような配慮はされていない。

「……設置してもいいですか」

 フェルは大家さんの顔色をうかがいながら言った。

「いいですよ。うちは防音ですから、恥ずかしいことに使っても……」

 大家さんはニコニコしながら言った。一切の邪気が感じられない満面の笑みであった。

「そんなことには使いませんよ!」

「そうなんですか?」

 フェルがわめくと、大家さんはかわいらしく首をかしげた。

「いいんですよ。プレッシャーのある仕事をしていると、おっぱいが大きい女の子に慰めてもらいたくなる時がありますから」

 ふわふわした笑顔で大家さんが語る。言葉に引っ張られ想像が広がり、フェルは頭が沸騰しそうだ。

「と、とにかく……いかがわしいことはしないですから!」

 フェルはやりとりを終わらせ、自分よりも大きな背丈の箱を掴んで部屋まで引っ張っていった。

 苦労して部屋に入り、改めて箱に書かれた商品名を見た。

「EMSシリーズ最新モデル……やっと買えた」

 心が踊る。長くバイトをして貯めたお金でやっと購入できた高額の機材だ。巨大な箱を慎重に解体し、中のものを部屋の奥に設置した。

 箱は大きかったものの、本体はそこまでではない。設置を済ませてしまえばそう場所をとらなかった。

 それは、専用の台座の上に座ったマネキン人形のような機材だった。

 のっぺらぼうの状態だが、触れてみると人体に限りなく近い感触がする。高性能のナノマシンで覆われた自在に姿を変えられるロボットである。

 データをロードすることで外見、行動を自在に作り出せる。本来は介護や美術モデル、スタントアクションの撮影などのために作られた高級なヒューマノイドだが、一部の企業はこれのための娯楽コンテンツを提供している。

 その一つに、フェルが愛してやまない「リトルシスター♡パラダイス」という恋愛シミュレーションゲームのキャラクターとの対話が楽しめるものがある。それを知った時、なんとしても手に入れると決めた。

「まずはカーボンバッテリーに充電して……もうされてるのか。じゃ、じゃあ早速」

 最推しに会いたいところだが、いきなりは緊張してしまう。動作確認も兼ねて、推しの他に好きなキャラクターの一人を試してみる。

EMSエメス、起動」

 起動をコール。円盤端末に接続され、あらかじめダウンロードしておいたサービスプログラムが適用されていく。

「うわ……」

 目の前に、ゲームのキャラそのものの姿が現れた。

 とても人形とは思えなかった。しかも衣服まで再現されている。

「ふん……狭い部屋ね。息が詰まるわ」

 スピーカーではなく、再現された声帯から出る声が響く。フェルはドキドキした。

 すごかった。最新のVRでもここまでの質感は再現はできていないのではないか。やはり現物は違う。

 そして、フェルの部屋にそれがいるというのが生々しい。

「まあ、いいわ。ご主人様。紅茶でもいれましょうか?」

 残念ながら武器は再現されていないようで、人形は手ぶらでジェスチャーをした。体積が多い物体を再現するにはナノマシンの体積が足りていない。

 装備がないのは惜しい。このキャラは右手に銃、左手にナイフを持ったメイドという設定である。そしてもちろん、妹だ。

「フェル、借りた工具返しにきた」

「!?」

 その時、急にライムが部屋の入口に顔を出した。

 EMSに夢中になりすぎた。ドアを開けたままにしていた。

「か、勝手に入ってこないで!」

「ノックはした。さっき大きな箱が届いて気になっていたが……」

 ライムは動揺した様子なくフェルを見ていたが、その目には若干の侮蔑が含まれているように感じられた。

「ついにそこまで……現実の女に手を出すよりはいいのか?」

 ライムは続ける。フェルが持つ貴重な紙媒体の書物コレクションを見つけた時と同じ苦い顔だが、今回はもっと濃い失望が見える。

「ライムはいいよね。本物の妹いるんだから!」

「リセか? いいだろ」

 ライムには妹のリセがいる。リセはこのロッジにはあまりやってこないが、とてもいい子でかわいいのだ。年下のかわいい女の子にしか興味がないフェルは一人っ子で、本当にライムが羨ましいと思っている。

「ここで妹がいないのはお前だけだからな。まあ……楽しんでくれ」

「待って。そうなの?」

 気まずそうにドアを閉めるライムの言葉は、とても信じたくないものだった。

 身近にいる人にはみんな妹がいるというのか。悔しいという気持ちとともに、他の人の妹も見てみたいという欲求にかられる。

 マイさんにも妹がいるとして、どんなだろう。もしかして大家さんもお姉さんなのだろうか。大家さんは浮世離れした美人なので、妹もすごくかわいいのではないか。



 そう、フェルの部屋にはEMSがある。

 EMSは遠隔地から操作が可能である。VR機能と接続すれば、あの人形に憑依して活動することが可能だ。

 通信さえあればできることだ。高級なパペットであるEMSなら実際の肉体を使うのと同じような体験が可能である。この惑星レキにいながら、擬似的にアヴァロンへ帰還できる。この案は試す価値がある。

「ナビ。私の自室との遠隔接続を構築、EMSの使用準備をして」

『わかりました』

 調整はナビに依頼し、その間にフェルは剣の民に行くことにした。

 インペリアルの不正に迫るためには、もう少しこの星の情報をまとめておく必要がある。テュールに開放してもらった剣の民の資料室は遠隔からのアクセスができないため、フェルは現地に向かうことにした。

 ユウをLNに残したまま。ナビもいることだし、別に問題はないだろうと思っていた。



 里から司書の城までの道のりに、ユウはすっかり慣れていた。

 魔物が減った今、ユウの脚力と魔法なら半日かけずに行き来できた。なので、ユウは連絡役になっていた。

 司書の城、LNと呼ばれる船。その中には目に見えない精霊の声があり、最近はそれと情報交換をしている。

 フェルが「ナビ」と呼ぶ存在だ。ユウはその精霊との対話によって広大な星海の実像を知った。

 複雑な機械で埋め尽くされた都市の話を聞いた。空には機械の鳥が飛び、地上にはユウの足よりも早く金属の箱が駆け巡っている。

 フェルはそんな世界からやってきたのだ。「映像」と呼ばれる、活動絵画とでもいうべきもので目に見もした。

 ユウがそこに行くことはないのかもしれないが、おとぎ話のようなものとして楽しんでいた。それに、敬愛するフェルが住む世界のことをもっと知りたかった。

 そうして今日も、つい夢中になってナビと話してしまった。

「フェル。そろそろ帰るが、また里に行くなら共に……」

 フェルに声をかけたが、LNの中は静かだった。

「フェル! どこだ?」

 大きな船の中をあちこち探したが、フェルはいなかった。機械の音がする小部屋が一つあっただけだ。

「そこにいるのか?」

 その小部屋は、司書が知識を処理するための部屋だった。敏感なユウの耳は、その部屋から普段聞こえない音をとらえていた。

 知識を処理する部屋といっても、本は一冊も置かれていない。目に見えない魔法の本とでも呼ぶべきものが詰まっているのだろう。

 中心に、何か複雑な装飾のある椅子がある。魔法の椅子だろうか。かすかに音がするので、精霊が魔法の本になにか書き込んでいるのかもしれない。

「どういうものなんだ……?」

 興味を持ったユウは椅子に近づき、背もたれに手を触れた。

「!」

 触れた瞬間、ユウのバングルが光った。意識が遠のいていく。

「なん……だ……」

 くらくらする。倒れ込むように、ユウは椅子に腰掛ける。

「……?」

 幸い意識はすぐに戻った。何があったのだろう。ユウは目を開いて周囲を見た。

「ど、どういうことだ」

 そして驚いた。そこは、全く見たことのない部屋だったのだ。

 どこに連れてこられたのか。部屋の広さはさっきと似たようなものだが、明らかに様子が違う。LNの内部はどこも真っ白な壁だが、目の前にあるのは薄い灰色の木目だ。

『EMSアクティブ。形状構築、オート』

 妙な声が聞こえ、身体がむずむずした。経験のない感触だ。

『着衣形成、エラー。キャパシティが不足しています。着衣は現在の設定を継続』

 空気のにおいが違う。見知らぬ場所にいるのだ。

「一体……」

 視線を落とし、さらに異変に気づいた。

 さっきより粗末な椅子に座らされていた。そして、ひらひらしたものがたくさんついた白黒の服を着せられている。

「な、なんだこれは!?」

 ユウは叫んだ。なんとも頼りない感触。いつも体を護っている鎧が消え去り、普段は隠されている起伏に富んだ体がわかる。

 手にバングルがない。あれは、レキの民が決して外すことのできないものなのに。

「フェル! どこにいる!」

 ユウは混乱し、部屋の扉を開けて外に出た。どこに移動されたにしても、外に出れば惑星レキの上だと考えたのだ。

 だが、そんなユウの前に広がっていたのは母なる星の風景ではなかった。

 広大な空間には違いない。しかしそこは祝福に満ちた大地ではなく、巨大な機械の都市であった。

「どうなっているんだ……」

 理解できない。それも当然で、これはユウの理解を超えるような出来事だった。

 ユウはフェルが購入した人形、EMSの中に入ってしまっていた。それも、長大な宇宙空間を飛び越える通信によって。未開の惑星の人間には、とても想像できないようなことが起きていた。



(EP2「煌都」に続く)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る