EP1「隠星」 03 敗北の騎士

 ここはかつて神々が救った世界。それがレキの民の伝承で、おそらくは事実であった。

 ユウはこの閉ざされた大地で生まれ、神々のことを教えられて育ってきた。命を救い、そして星の世界に去っていった超存在のこと。その一柱であるレキ神の力は今も残り、だから地底に恵みの光がそそがれている。

 ユウが育った光の山をくだり、平原を超えて闇の大地――邪竜の領域に入っていくと、それを実感できる。レキ神の光によって、いかに民が守護されているのかということを。

 闇の大地では草も木も黒く染まり、半透明の石に変貌している。規則正しい形の不気味な岩が増え、左手首のバングルが赤く光って悲鳴のような音を上げ始める。

『この先、侵入が許可されていないエリアです。すみやかに退去してください』

 バングルの声は古代語で、何を言っているかわからない。しかし、危険を知らせているということはなんとなく理解できる。

 こうなればやがて、地を這う邪竜の手先が襲ってくる。

 鋼の鎧で覆われた、人の身の丈の三倍ほどの長さを持つ蛇だ。真っ黒な体をして闇に溶け込み、俊敏に動いてレキの民を屠る魔物である。

「ユウル、お前は行くんだ!」

 襲撃を受け、仲間は次々にやられていった。

 幼少の頃からよく知る友の体が鋼鉄の魔物に締め上げられ、おぞましくうねって空中に掲げられるのが見えた。薄明かりの中、バキバキと骨が砕ける音がした。

 ユウは剣を振って敵を追い払おうとしたが、刃は堅い表皮に遮られて弾き返された。

「早く――」

 せめてユウだけでも逃がそうと手を伸ばした最後の仲間は、巨大な蛇の大口に両足を飲み込まれてひきずられていった。黒い草原の中、食い荒らされる音だけが聞こえてくる。

「くらえ……!」

 ユウは腰から手投げ弾を取り出し、それを全て投げた。閃光があって、蛇たちは苦しんでのたうつ。

 光の爆弾は聖なるレキの民には害がないが、闇の絡繰りである蛇には効果がある。これで時間が稼げる。ユウは喉の奥に苦しい声を押し込めて、必死で駆けた。

 たった一人で、仲間たちの悲鳴を背に浴びながら。

 縮地の字を刻むことのできるユウは、並の人間の数倍の速度で動くことができる。一人なら蛇には捕まらない。草木や花、樹木、岩、全てが漆黒に包まれる不気味な平野を走り抜け、さらに奥へと進んでいく。

 現れた黒い岩の山を駆け上がると、また平地に出た。さっきより暗い。レキ神がそそぐ黄金の光はついにほとんど届かなくなり、より深い闇の世界に足を踏み入れていく。

 この領域からあの蛇の魔物が湧き出ているのだろうか。生きて帰った者はなく、邪竜を崇める狂信者である円環の民ネビュラですら恐れて近づかない場所である。

『ビジターには侵入が許可されていないエリアです。すみやかに保護を求めてください』

 バングルがまた声を発している。神の加護にしては妙に平坦な声であり、少し恐怖を感じる。

 奇妙な場所だった。相変わらず周囲は真っ黒に染まっていて、磨き込まれた石のような地面が広がっている。

 黒塗りの鏡の上を歩いているようだった。作られたような天井が見え、まるで城の中である。しかし、寒々しく感じるほど広い空間が広がっている。

「空が破れているのか?」

 闇の世界、ある一箇所だけ薄く照らされていた。空に割れ目があり、そこから外が見えている。

「……伝承の通りというわけか」

 ユウは息を呑んだ。

 神々はこの地底に人を匿ったとされている。そして、いつかは外で再会することを願っていた。

 だが、光の神々が去った後に邪神が現れた。外に通じる聖地に居座って、近づけないようにした。それがこの闇の領域であり、レキの民が倒さなければならない巨悪なのである。

 神々はいつか戻ってくる。ならば邪神をここに居座らせておくわけにはいかない。レキの民にとって、闇の竜を打ち倒すことは責務といってよい。

 そこにようやくたどり着いたのだ。生き残ったのはユウ一人だけである。

 しかし、刃一つあれば十分だ。刃の心は無限大。それを敵の心臓に突き立てることのみがユウの存在理由である。

 レキの民は、生まれながらにバングルを身に着けている。バングルに刻まれた字はその者の運命を示している。剣の字を持つユウは戦う役目を与えられていた。レキの守護のもと、たとえこの命が尽きても敵を討ち果たす。

 その覚悟で、ユウは破れた空の下へと向かった。

 そして出会った。邪神の眷属とはとても思えない、透明で美しい少女に。

 きらめく銀髪。深い藍色の瞳は宇宙の闇のようであり、星空のようでもあった。

 美しく透明だが、その奥底にかすかに邪気を感じた。ここは敵の領域。そんな場所に平然と存在するこの少女が人であるはずがなく、邪教の魔術師に違いないと思った。

 仲間たちの仇だ。そう信じて剣を向け挑んだその少女に、ユウは倒されてしまった。



 LNのレーダーのうちいくつかが自己修復機能によって復旧した。それで調査をしたところ、この地下空間は想像より広大だとわかった。

 わかる範囲だけで一万平方キロメートルを超えていた。ちょっとした国ほどの広さがあり、しかも更に奥があるようだ。フェルが歩いて調査した範囲など、地下のごく一部にすぎなかった。

 広い場所だと上下も相当な高さで、大型の航空機でもゆとりを持って飛行できそうだ。自然にこれほどの空間ができたとは考えられない。

 不時着したあたりは真っ暗だが、広い方は不思議に明るい。閉じた空間なので、何らかの光源があるということになる。

 光る大地は時間の経過で光量が変化している。まるで自然の空のようだ。この広大な地下空間がすべて人工物とするならば、中央都市のファウンデーションウォールのようなものかもしれない。

 なにしろ、周辺を覆っている真っ黒な樹脂は明らかに中央系の技術だ。サンプルを採取して調べると、インペリアル社のバイナルディスクに似た情報樹脂だった。これが地下空間を広げて外壁を固めていると考えられる。

 ただし、極めて低品質な出来だ。情報樹脂は、インフラを形成しつつネットワークや記録媒体も兼ねる材料だ。だがこの低品質な樹脂には何の情報も記録されておらず、ネットワークは弱く不安定だ。

 システムが無秩序に建物を作り続けたと見える。きちんと人間が制御したとは思えず、都市形成のプログラムが暴走して生まれたと考えるべきだろう。

 インペリアルがここで何をしようとしていたかわからないが、今はいない。使っていた装置が放置されて稼働を続け、これほど広大な地下を形成してしまったのではないか。

 そうだとして、一体どれほどの月日があればこれだけの広さになるのか。数十、数百年では足りないだろう。

「私は上から落ちてきたんです。穴が見えるでしょう?」

 フェルは言って上を指差し、巨大な錨のような形のLNを自分の家だと説明した。

「なんと……」

 ユウルと名乗った剣士は驚き、LNステーションに近づいて外壁に触れた。この周辺はすべて黒い積層樹脂で覆われているので、真っ白なLNはずいぶん目立って見えた。

 改めて見るとひどい状態だ。これからどうすればいいだろう。

「ユウル。あなたは星典を知っているのですか?」

「ユウでいい。私もフェルと呼ばせてもらう」

 急に態度を軟化させた剣士が言う。そうしているとただのかわいい女の子だ。目を三角にして襲ってきた時とは様子が全然違う。

「それは……すまなかった。謝罪する。気が済まないのであれば殺すなり犯すなり――」

「そのくだりはもういいですから!」

 跪いて剣を差し出すユウの言葉を慌てて止める。ここではこれが普通なのだろうか。困ってしまう。

「帰還を祝福する。レキの祖先よ」

 ユウは立ち上がって胸に手を当て、騎士のような態度でうやうやしくフェルに礼をした。

 騎士のような、というより実際に騎士なのだろう。ユウがここに来たのは、族長の命令により邪竜の様子を偵察するためだったらしい。しかし途中で仲間が魔物に襲われ、生き残ったのはユウのみになったとのことだ。

「一人では偵察はできないし、帰還も望み薄だった。せめて一矢報いようとしたのだ」

「その……邪竜というものに?」

「そうだ! レキの民の宿敵である奴のはらわたにこの剣を突き立て、果ててやろうと思った」

 剣を握り締めてここまでやってきたユウはフェルと遭遇した。敵と勘違いされた理由はわかったが、謎ばかりである。

 原始的な世界観についていけない。魔物とは何だ。邪竜とはどういうものなのか。ここはインペリアル社の開発現場の残骸というだけではないのか。

 フェルは、ユウが語る邪竜というものについて詳しく聞いてみた。

「邪竜は神になれなかった存在だ。世界を闇に染めることしかできないのだ」

 ユウはそう答えた。闇というのはこの周辺の状況のことらしい。

 この付近にある黒い材料――彼女が言うには「黒鱗こくりん」というらしい――を生み出している存在らしい。そのほか、無数の魔物で人をさらって食らうのだという。

「邪竜は、どのくらいこの土地にいるのですか?」

「暦のはじめにはもういたというから、二万年以上だろう。もっと長命かもな」

「この規模の地下を作るならそのくらいは必要か……」

 フェルは考える。現在の中央都市アヴァロンの建造があったのが一万年ほど前のことなので、ここの方がアヴァロンよりも歴史が長いことになる。

 痕跡を残していたインペリアルは中央系の企業だ。UGの世代をまたいで長く存在している。この惑星を独自に発見して開発するだけの力があってもおかしくはない。

 この宇宙で、人類はそれほどに長大な時間の中に存在する種族になっているのだ。UG2で生まれたフェルもまた同じようなものである。

 肉体と経験の年月が十六年ほどしかないフェルだが、存在調整を受けることで何億年にも及ぶ活動についていけている。司書には必要な処置である。

「名はないのですか?」

 邪竜の正体の手がかりになるかと思い、フェルは聞いていた。

「あるらしい。だが、忘れられてしまった」

 口にすると不吉だからという理由で、邪竜の本当の名は封印されたそうだ。そうしているうちに誰も本当の名前を知らないようになってしまったそうだ。

「ふむ……」

 人を食らう話はよくわからないが、都市形成の材料を生み出すということは何らかの工業機械に思えた。この規模の樹脂生成にはかなりの規模の設備が必要だ。

 原住民からすれば、複雑で巨大な機械と邪悪な生き物の区別はつかないだろう。伝承はそうして生まれたのかもしれない。

 暴走する機械の類であればなんとかできる。そして、うまくいけばLNの修理に必要な材料が手に入るかもしれない。

 案外、姿を消したアルヘナ司書も同じ考えで探索に出ただけなのかもしれない。そんな楽観的なことを考えてしまう。

「なんと、お前も手を貸してくれるというのか!」

 根城に行きたいというと、ユウは何か勘違いして感動していた。

「心強い味方を得た。レキ神の恵みに感謝を」

 ユウは跪き、フェルの手をとった。そのままキスでもされそうだったが、ユウはフェルの好みの女の子とは全然違うタイプである。

「問題を抱えているなら解決できるかもしれません。未開惑星の発展と平和の手助けをするのが司書の仕事ですから、気にしないでください」

 あくまでも仕事なのだとフェルは言うが、ユウは今の言葉でさらに感激してしまったようだ。やっぱり何か勘違いしている。



 その惑星に介入できるかは、中央法で定めた条件に適合するかによる。見過ごせない弾圧があるか、星の文明がもうそれ以上の発展をしなくなると判断された場合のみ、中央はそこに干渉することができる。それ以外では関与も入植もできない。

 仮に「レキ」と名付けることにしたこの惑星で行われていたのは、違法開発だということだ。フェルはこの問題を解決すべきである。

 ここからは司書の仕事だ。現状を把握し、民を助け、中央に報告する。脱出の優先順位は下げることにする。

 ユウが語る伝承によれば、LNが不時着した地点から暗い洞窟の奥に進んだ場所に邪竜の根城があるという。まずはそこを目指すことにした。

 北方の山々は明るく南の洞窟は暗い。LNの背後には暗い闇が広がっている。たしかにこれは、光と闇の領域というのにふさわしい光景である。ファンタジックな信仰や伝承のモデルになっても不思議ではない。

「ナビ、ルートを作成」

『了解。レーダースキャンを実行、完了。Nデバイスに転送します』

 フェルは立体地図を受け取って、工業機械がありそうな地形を探した。そういう場所があれば、そこが邪竜と呼ばれるものの住処に違いない。

「この地形……」

 地図を見ている時、既視感を感じた。

「そんなわけないか」

 それをふりきって、目的の地形を探した。すると、怪しい場所をひとつ見つけることができた。

 樹脂の痕跡から発生源を追っていった先。生成が始まっていると思われる一点に大きな人工の構造物があり、その地下に狭くない空間が存在している。

「根城というのは、おそらくここでしょう」

 フェルはNデバイス端末に地図を表示し、ユウに見せた。タブレット型の機器を見慣れないようで、ユウは目を丸くしていた。

 徒歩で行ける距離であり、二人とも武装して出かけることにした。同伴のユウは道中ずっと魔物を警戒していたが、危険なものは何も出てこなかった。

「魔物もいるんですか?」

 フェルは聞いてみた。邪竜という存在の他に、人々を襲う小型の魔物もいるという話だった。

「そうだ。刃を通さぬ鋼鉄の鎧を持つ大蛇だ。気をつけろ」

 ユウが語る蛇の姿をした魔物とやらも機械に思えた。だが道中でそれが出てくることはなく、確認はできなかった。

 そして、二人はついに目的地にたどり着いた。

 古い建物だった。新しく生成された樹脂に埋もれているが、もとは樹脂によらない建造物のようだった。ユウの話が確かなら、二万年以上前に存在した建物なのかもしれない。

 全体を黒い樹脂に覆われ、そこは静まり返っていた。何の音もしないので、今は稼働していないようだ。

「眠っているのか……?」

 ユウが言った。機械がスリープ状態に入っている可能性はある。

 ビルの側面を調べてみた。そこには、作った樹脂を運び出して都市を作っていく立体プリントロボットがいくつも転がっていた。

 四角いボディに樹脂をため、四本足とローラーで走行して地形を作るロボットだ。これが魔物なのかとユウにたずねたが「これは土地を広げてくれる無害なものだ」という返事であった。

 ユウがいた北の集落でも見られるもので、人を傷つけることはないらしい。この空間が何万年もかけて広がったのなら、こういったものは各地で見られて当然だろう。

「そうだ。本来、これは神々が大地を作るのと同じ力だ。だが邪竜は不完全に生まれ、天への道を封じた」

 ユウはそう説明した。黒鱗を作り出すもの、つまり樹脂の生成システムが不具合を起こして通路を埋め、地上につながる道を封じてしまったということなのだろうか。確かに、北方の輝く山と漆黒のエリアとでは土地の様子が違って見えた。

 ユウが語る伝承は、今のところ全て理屈で説明できる。思い込みは禁物だが、フェルはそう考えた。

 建物の中に入っていくと、ほとんどの部屋は黒い樹脂で埋もれてしまっていた。中央のホールに大穴のような吹き抜けがあって、下の階が見えている。

 薄暗くてよく見えない。しかし、少なくとも大きめの体育館くらいの広さを感じ取れる。

「生成痕がありますね。地下資源を使って樹脂……黒鱗を作っていたようです」

 ユウが言うような人間を食う魔物の痕跡は見当たらない。樹脂の成分を調べた時から生物材料でないことはわかっていたが、フェルは少しほっとする。

「機械はありませんね……」

 しかし、目的の大型機械はなかった。ただ空洞が広がっているだけだ。

「バカな……邪竜はどこへ?」

 言って、ユウは広い空間を見渡していた。

「下りてみましょう」

 周囲に何もいないのを確認し、フェルは底に下りてみた。

 下は広い地下工場だった。坑道とつながっていて、続くレールの先から樹脂の材料を採掘していたようだ。

 すべて自動化されたシステムだ。かなり大規模な施設だが、長く使われていない。

 残された機材からまたもインペリアル社のロゴを見つけた。あの会社がここで何かしていたのはもう間違いない。

 下から天井を見ると、そこには巨大な何かが設置されていたであろう痕跡があった。いくつかの頑丈なクレーンのほか、切断された大量のケーブルだけが残されていた。

「やっぱり何かはあったんだ」

 まるで機械の胎盤のようだ。邪竜、などという言葉を安易に信じたわけではない。だが確かに、ここにはよほど規模の大きな装置を使うための空間に違いなかった。

 極めて大型の資材生成装置があったのだろう。サイズを見るに都市規模のインフラ形成のためのものだ。LNのデータアーカイブを使ってナビにインペリアル社のモデルを照合させたが、この場所に一致する形のものはカタログにないという返事だった。

「根城がカラだと……なら、私たちは一体何と……」

 茫然自失の様子で、ユウが声を漏らした。邪竜とはそれほど大きな存在だったのだろうか。

「当たり前だ! 影の化身、わざわいの牙、仮面の巨竜、吐息にて腐らせるもの……何千年にもわたってレキの民を苦しめた邪竜が……いない?」

 過去に見た者によれば、邪竜はいくつもの頭を持つ巨大な蛇のような姿をしていたという。巨大な人の頭がついていた、という話もあるらしい。邪竜が通った場所は汚れた黒鱗で覆われ、すべてが黒く染まったそうだ。

「それが何であっても、この近くにはもういませんよ」

 フェルは言った。確かにこの地下ならかなり大型の装置を収めておけただろうが、そんな大きくて特異な形のものならLNの各種探知ですぐ見つかるはずだ。

 フェルはさらに地下の構造を調べた。すると、さらに不可解なものを見つけた。

「扉……?」

 見上げるほど大きな、扉のような形の壁面構造物を見つけた。

 しかし、その先は何にも繋がっていないようだ。円盤斧で軽く叩いて返る音波をNデバイスで分析すると、扉の奥には厚い岩しか存在しないことがわかる。

 扉の形をしているだけの、ただの模様だ。何のためにこんなものを作ったのか。周囲の機材には全て意味があるのに、この扉だけ不気味に用途が不明だった。

 その扉の下の床に真新しい足跡があった。それを見て、フェルは心拍数を上げた。

「アルヘナの?」

 LNで支給されている制服、そのブーツの足跡だった。しかもフェルのものとはサイズが違う。

 アルヘナはここに来ていたのか。しかし足跡は途切れている。一体どこに消えたのか。

「フェル、この部屋は何だ?」

 周囲を探っていたユウが、半開きのシャッターを指さした。

 そこは普通のサイズのシャッターで、先にはちゃんと部屋があるようだった。不気味な扉とは違う。

 覗き込んでみた。すると、奥の方にいろいろな機械が置かれているのが見えた。一部はランプがつき、まだ機能しているようだ。

 隙間から中に入ってみた。細身のフェルは入れたが、ユウは途中でおしりがつっかえて入れないようだった。

「ここは……医療研究所?」

 そこには、怪我人を中に入れて再生治療を施す医療槽がいくつも並んでいた。

 かなり古いモデルのようだ。残っている電子データは経年劣化によって大幅に損失していたが、一部は読み取れた。

「人造超存在計画……なんだ? これは……」

 医療研究などではなかった。どう見ても違法な、人体実験の類の研究資料だ。

 詳細はわからないが、インペリアルは明らかに人道に背いた研究をしていた。そのために未知の星を利用したのか。これは、卑劣で重大な犯罪の証拠だ。

 人を連れ去るという魔物のことが思い出される。まさか、実験の材料のために原住民をさらっていたのか。

「なんてことを……!」

 フェルは顔をおさえ、声を震わせた。

 まだこんなことを行っている者がいる。宇宙の隅々まで知恵の光が及ぶ時代になってなお。

 ますます、中央都市アヴァロンに連絡をしなければならなくなった。なんとかして通信機器を修理し、この犯罪行為を告発しなくてはならない。

「ナビ。ここのデータをLNへバックアップできる?」

 フェルは指示した。Nデバイスを通じ、ここの証拠をすべておさえておきたい。

『はい。フェルカド司書、一つよろしいですか』

「なに?」

 これからどうすべきか考えるフェルに対し、ナビが口をはさんだ。

 機械にもジョークが必要と主張していた先生のせいで、このナビは時々しょうもないことを言う。まだ無益な冗談を言うつもりなのかと身構えた。

『驚かずに聞いていただきたいことがあります』

 そう思っていたが、ナビはいつになく真剣に前置きをした。

「言って」

 何か問題かと思い、フェルは緊張する。

『指示いただいた分析を続けていました』

 ナビは言った。指示とは、インペリアルの機械カタログを検索させたことだろう。

『痕跡に合う装置は存在しませんでしたが、施設そのものはLNの記録にあります』

 ナビは続けた。機械はなかったが、この建物はLNの記録に存在するというのだ。

「どこなの?」

 フェルは尋ねた。この惑星がどこか判明すればLNのデータベースで詳細に調べがつき、調査に役立つはずだ。

『この施設が存在した地点は銀河9F4A、恒星27359番、第2惑星』

「何だって……?」

 その番号を聞いて、フェルは耳を疑った。

 無数の銀河には番号がふられている。ひとつひとつ暗記することなどできないが、その銀河は知っている。

 知らないはずはない。フェルはそこで育ち、長く住んでいたのだから。

「……ありえない!」

 言いながら、しかしフェルは思い出した。

 立体地図を見た時の既視感。円環型で作られる中央都市に似た構造を一部に感じ取ったことを。

『はい。ここはUG2、旧中央都市“イザヴェル”のようです』

 この惑星は、滅亡した前の世代の宇宙に存在した先代の中央都市だという。

 それは人類が捨てた場所。宇宙の大波に飲み込まれ、もう粉々になって消えたはずの惑星なのだ。



(第4話「滅びたはずの都市」に続く)

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