フィフス・クラウン
枯木紗世
EP1「隠星」
EP1「隠星」 01 銀河司書の不幸・前
『LN
まだくらくらする頭に声が響く。重力の感じから、この銀河間航行船LN66Wがどこかの惑星に着陸したことがわかる。
「うっ……!」
体があちこち痛い。若いクルーであるフェルはコールドスリープポッドを出て、横に並ぶ同僚たちの様子を見た。
そして、思わず口を抑えた。
棺桶のように並ぶポッドの中にいたのはフェルを含め五名だった。うち三名が自分のポッドの中で事切れていた。
亡骸は見るにたえない。相当な衝撃が加わったようだ。
「ああ……そんな! 先生!」
その中には、ずっとフェルを指導してくれた船長もいた。
船長は常人ではなく、
フェルを導いてくれる優しいお姉さんだった。寿命のない超存在がこんなにあっけなく死ぬなんて。その隣も、次の隣もフェルの同僚や学友である。
「しっかりしろフェル……フェルカド一等司書」
フェルは自分を叱咤した。こんな時こそクルーは規律を守って動かなければならない。
銀色の髪に深い藍色の瞳をしたまだ十六歳ほどの少女であるフェルは、意を決して作業に取り掛かった。
不幸にも命を落とした三人の仲間を丁重にポッドから出し、居住区のベッドに寝かせてやった。死亡の原因を記録しなくてはならない。これは、生き残ったフェルがしてやるべきだ。
「どうか、星典の加護がありますように……」
フェルは祈りを捧げる。三人の身体をスキャンして損傷の様子を調べ、「回復の見込みなし・死亡」の記録をつけていく。
遺体はLNの霊安室、中央の倉庫区画の専用スペースに収めた。帰還がかなった時に各々の事情で埋葬することになる。
帰還がかなえば、の話だ。フェルはようやく気持ちを整え、状況を整理する気になった。
「ナビ。船体の状況、それに現在地を教えて」
フェルは船のシステムに呼びかけた。
『はい、司書。惑星地表に人工物を検出、判読可能な文字あり。ただし銀河、および惑星番号の照合がうまくいきませんでした』
船のナビゲーションシステム、人工知能がすぐさま答えを返してきた。少なくともナビシステムは機能しているようだ。
「現在地は不明か。でも文明のある世界なんだね。なぜ船体の状況を言わない?」
『船長はいつも、悪い報告は後にしろと』
「つまり悪いんだ……」
予測していたことだが、船体のダメージは相当なものだ。電源を大幅に喪失、不時着した時にメインの重力推進回路が破損して飛び立てない。
おまけに事故前後の記録が消えているという。今は機能しているようだが、システムのダメージも心配だ。
司書として最低限の修理は習っているが、電源はともかく完全に壊れた重力回路を修理することはできない。復旧には交換部品が必要だ。
果たしてこの場所でそれが手に入るのか。無理なら通信だけでも回復させ、中央に救助を求めなければ。
まずはちゃんとした船の図面が必要だ。フェルは資料室に行った。
「なんだ……これ」
資料室はめちゃくちゃに荒らされていた。全ての記録媒体が破壊され、何も残っていない。
「そんな……」
これでは修理に必要な情報を知ることができない。メカニックは死亡していて、マニュアルがなければフェルに高度な修理は無理である。
「そうだ、星典」
フェルは思い出す。資料室とは別に、LNの財産を保管している倉庫があることを。
LNの原型を設計したのは星典と呼ばれる記録者だ。記録者の中でもS級と呼ばれる「クラウン」の一つである。その膨大な知識の一部を記録した複製星典が保管庫にあったはず。一等司書の権限なら非常時に限り開くことができる。
しかし、フェルの期待は裏切られた。
保管庫の星典はなくなっていた。誰かが持ち去ったようだ。
いったい誰が。五つのスリープポッドの乗員のうち三名は死亡し、残りは二人。フェルのほかに一人いるはずの生存者は、船の中に見当たらなかった。
記録の破壊と複製星典の持ち去りはもう一人のクルーの仕業なのか。彼女はフェルと同じ一等司書だが、あの上級生に限ってそんなことをするだろうか。
船内を調べたが何も見つけられなかった。なので、フェルは外に出てみることにした。
ここがクラスターコア系の銀河なら、居住可能な土地や話が通じる人類がいる可能性が高い。ナビによれば文明のある星だというので、調べる価値はあるだろう。
「地球型惑星、空気は正常か。よし」
環境的な危険は制服が自動保護してくれる。残された船の機能を使ってなんとか簡易チェックを済ませ、フェルは思い切ってハッチを開いた。
そして、目の前に広がる真っ黒な廃墟を見た。
光が少なく、とても暗い場所。硬質な黒い物質であたり一面が覆われていて、それに包まれるように明らかに人工の建造物の並びがあった。
居住可能な惑星で、文明があったのは間違いない。だが見る限り人間は見当たらない。住めるようにも思えない。
絶滅したのか、もしくはこの地点にいないだけなのか。ひとりぼっちのフェルにとってそれが幸か不幸かはまだわからないが、この荒れ方で助けてもらう望みは薄そうだ。
「くじけるな……探査を続けなきゃ」
フェルはつぶやき、荒い樹脂で舗装された道路を歩いてみた。
やけに暗い原因はここは地下だからだ。上を見ると遠くに天井が見える。着陸の時にLNが突き破ったであろう部分から、昼間の白い光が差している。
その光に照らされて浮かび上がるのは広大なトンネル空間。壁面に沿って高層建築のような何かがそびえる地下都市であった。
間違いなくクラスターコアが漂着した地、つまり宇宙共通の人類の足跡がある惑星だ。フェルは視界にあるものを分析し情報を集めていく。
技術が存在した痕跡がある。都市は機能していないが、情報を読み取ることができる。フェルの体には
周囲に存在する記憶媒体、半導体や磁気記録のデータを集める。あるいは、看板の痕跡などアナログなものも。
「破損がひどい……ずいぶん長く放置されていたんだ」
意味のある情報は手に入らなかった。フェルは、妙に黒い光沢が強いアスファルトの道路を歩いていく。四車線ほどある広い道路には動くものが何もない。
ただの廃墟にしては様子がおかしい。どこもかしこも黒い塗料で塗り固められてるかのような、異様な都市であった。
どの程度の技術レベルで、いつ滅びたのかもわからない。この様子では使える空間通信機はないだろうし、修理のための資材があるかも疑問だ。
「え……?」
そう思うフェルの目の前に、周囲と違う反応が現れた。
古い端末だった。画面が割れ、風化して壊れてしまっている。しかし、辛うじて電気回路の一部が生きている。
「インペリアル社製……中央系の企業じゃないか」
知っている会社の製品だ。この惑星は中央と関わったことがあるのか。既知の惑星である可能性が高まった。
LNに戻り、この端末からデータを復元できないか試してみよう。そう思って探索を切り上げることにした。
戻った時、閉じていたはずのハッチが開いていた。
「……」
フェルは一気に緊張した。都市はどう見ても廃墟に見えたが、まさか生存者がいたのだろうか。
それとも、生き残ったもう一人のクルーが戻ってきたのか。LNの記録を破壊したであろうクルーが。
フェルは命の危険を感じ、瞬間的に思考を切り替えた。
場所に慣れていないため、Nデバイスでは生命反応をうまく判別できない。フェルは腰から円盤状の端末を外し、中央部分のグリップを握った。
風変わりな斧のような形をしたそれは、様々な使い方ができる支給武器である。それを握り、ハッチに近づく。Nデバイスを通じて意識をLNのシステムにつなげ、フェルは情報を集める。
その瞬間だった。
「――――!」
けたたましい叫び声がした。人間か、あるいは獣か。正体のわからない何かがフェルの頭上から落下してきた。
とっさに円盤斧で防御し、フェルは船の外に弾き飛ばされた。尻もちをつきそうになるが、何とか姿勢を整えて前を見た。
フェルの前、荒く息をする何かがいた。
クルーではない。だが、人の形をしたものだった。
LNから漏れる光に照らされる金色の毛髪は美しく、その下に見える顔は気品さえ感じさせた。
しかし、全身から放たれる獰猛な気配と表情の険しさはとても同じ人間とは感じられなかった。
「――、――――――!!」
原住民、あるいは生物。それはフェルへの敵意をあらわに、なにか理解のできない言葉を発して襲いかかってきた。
「うわっと!」
フェルは攻撃を避けた。相手は手に獲物を持っている。
刃渡り五〇センチ以上はありそうな両刃の剣が路面を砕いていた。中央ではまず見ない、野蛮な光を放つ原始的な武器だ。もろに当たれば簡単に首を落とされそうだ。
「翻訳!」
言葉らしいものを発する相手に対し、フェルはNデバイスに命じて原語解析と自動翻訳を実行させた。
「死ね!」
その翻訳の一発目を聞いて、やっぱりやらなくてもよかったかもしれないと後悔した。相手は殺意を持っている。
「待ってください! 私は敵ではありませ――」
会話をしようとした瞬間、フェルは胸に重い感触を受けていた。
「え……」
自分の胸を見ると、太い剣がぐっさりと突き刺さっていた。
「レキ神の名において罰を下す。聖なる地を穢した悪魔め。貴様らに絞め殺された同胞の苦しみを思い知れ!」
心臓を貫かれ、肺にも穴が開いている。わけのわからないことを述べる相手と話す間さえなく、フェルは見知らぬ星の原住民によって命を奪われた。
FIFTH CROWN
これはLNが事故を起こす前のこと。フェルは中央都市で学生生活を送っていた。
UG3、数えられる中で三代目の宇宙である現在。中央都市「アヴァロン」は、廃棄された惑星に建造された巨大な整備基地であった。LNはそこを拠点とし、様々な銀河の調査に行くための準備を行っていた。
「寝坊……にはならずに済んだかな」
フェルはアヴァロン辺境にある自室で目を覚ました。
前日のバイトが忙しかったせいでぐっすり眠ってしまったが、なんとか一限目には間に合う時間であった。クルーであるフェルはLNが旅立つのを待つ身だが、同時に養成学校の学生でもあった。
端末にメッセージが届いている、とNデバイスに通知が来ていた。学友からだ。家の前まで来たが起きてこないので先に学校に行っている、という内容だった。
フェルは制服に着替え、部屋の外に出た。
「おはようフェルカドさん。今日はお休みですか?」
白銀色の髪のお姉さんが丁寧に挨拶してくれた。この移動ロッジ「オニキス」のオーナー、つまり大家さんだ。
「おはようございます大家さん。今日も学校ですよ」
「そうでしたか。ご苦労さまです」
柔らかく微笑む大家さんに和みつつ、フェルは朝食をとることにした。敷地内のオープンテラスに行き、安物の合成食品の蓋を開ける。
敷地といってもトンネル上層外縁部の駐車場であり、もっと悪く言えば舗装された空き地に過ぎなかった。このロッジは八〇メートルクラスの星間輸送機を空き地に設置して作られた仮設賃貸なのである。
星間輸送機は中央都市の建設期に必要とされた。都市が完成すると、輸送機を空き地に置いて仮設住宅としたものがたくさん出現した。多くは都市中枢部に住めない下級労働者のためのものであり、LNの司書養成学校の生徒が住むような場所ではない。
オニキスは客船に改造されたタイプなので洒落ているが、個人スペースは船室なので広いとは言えない。しかし住めば都というように、この物件をフェルは結構気に入っていた。同じだけの機能を持った物件を都市中枢部の一等地に借りれば十倍以上の家賃と膨大な諸経費をとられるだろう。
学生寮が満員で追い出されていなければ住むことはなかっただろうが、幸いだったかもしれない。ここには面白い人が何人も住んでいる。
「ごきげんよう、フェル様。今日もよい天気ですね」
「ええ、マイさんもお元気そうで」
さっそく同じアパートの住人がいた。オープンテラスで紅茶のカップを傾けるマイさんだ。
どんな出自か全くわからないが、言葉遣いや礼儀作法を見るに只者でないのは明らかだった。どこかの星で名のしれた人物だったのかもしれない。
今日のマイはその気品と少し不一致なオレンジ色のツナギを身に着けていて、傷だらけのヘルメットをひざの上に置いていた。
「バイトですか?」
「ええ。今日は古いお屋敷をお送りすることになりそうです」
お屋敷、お送り。マイらしい言い回しだが、ようするに老朽化したビルを発破によって解体するということだ。彼女の雰囲気からは想像しにくい仕事だ。
マイはいつも違う格好をしている。有名ファストフードの店員の格好をしていることもあるし、タキシードを着用して凛々しい姿をしていることもある。
私服姿は見たことがないが、きっと上品なドレスなのだろうとフェルは想像していた。一体どんな事情で仮設ロッジに住んでバイトを掛け持ちしているのか、全く想像できない。
しかし、こういう人がいてもおかしくないのが中央都市だ。この都市の住民はみな、無数に存在する様々な銀河からやってきた記録者か難民である。事情は千差万別であり、あらゆる身分の人間が存在していて不思議ではない。
「フェル。今日はゆっくりだな」
次に話しかけてきたのは、同じく作業着の女性であった。こちらの作業着はワッペンがたくさんつけられていて、全然雰囲気が違っている。
「ライム。そうだね、あんまりのんびりしてられないかも」
彼女の名前はライム。この人はいつでも使い込んだ作業着を好んで着ている。
マイと同じくオニキスの住人だ。無愛想であまり喋らないが、とてもいい人である。
鮮やかなインナーカラーが入った短いブロンドの髪が印象的だ。職業はプロのレーシングドライバー。高速で飛行する有人クラフトによる危険なレースを生業とする。
ライムが雇われているのは資金難の弱小チームであり、そんなに報酬はよくないと話していた。しかし、汚れた作業着からレーシングスーツに着替えた姿はなかなか格好がいいのだ。
「学校まで送るか?」
ライムは言い、親指で車庫を示した。彼女は客室のほかに格納エリアもレンタルしていて、いつも古い改造車をいじっている。
「いいよ、ライムの車って目立つし……だいたい合法なの?」
「ひどいことを言う」
ライムとは気心が知れている。部屋が隣で、休日にはよく一緒に遊ぶ相手だ。車いじりを手伝わされたこともある。
「軟弱な学生たちの趣味は、私には理解できない」
ライムは言った。確かに司書学校の学生たちは都市のエリート候補生で、トンネル最上層のはきだめに住む人々とは趣味が違うかもしれない。
「私だけじゃなくて、妹さんにも不評じゃない」
フェルは言う。ライムにはリセという可愛らしい妹がいて、車を処分して引っ越すように言ってくるのだと聞いた。
「フェルは軟弱ではない。ここで立派に生活できているから」
「変わり者って言いたいの?」
「いいや。いつでも車に乗せてやるということだ」
一時間後、送迎を断ったことを少し後悔した。一限目に間に合うギリギリのリニアになって、途中で走る羽目になった。
司書として体は鍛えているものの、朝から走るほど運動が好きなわけではない。フェルは慌てて講堂に入り、手を振る学友の姿を目にしてしまった。
「やあやあ。席はとっといてあげたよ」
「あ、ありがとうございます。オーラ」
席はその学友の隣しか空いていない。あまり話が合う相手ではないが、フェルはそこに座るしかなかった。
「またバイトかい? 苦学生ムーブしても内申はよくならないと思うよ」
「そういうのじゃないですよ。欲しいものがあるだけで……」
話好きのオーラの隣に座ると授業中に私語をしなければならない。それがフェルの性には合わないことで、落ち着かなかった。
「静かに! 今日はクラスターコアに関する基礎をおさらいします。大事な所ですよ」
教師が声を大きくして言った。これほど進んだ科学技術がある都市でも、講堂に生徒を集め教師が講義をするという形態をとっている。中央ではこういった無駄が好まれ、文化遺産として扱われる傾向がある。
「高度な情報体であるクラスターコアは、人類の基礎がつまった種のようなものです。これが宇宙に広がって、あちこちに似通った人類文明の萌芽を――」
文化遺産の話も、今聞いている授業も、フェルはもう個人的に学んだことだ。見習いの司書としてLNの一隻に乗り込んでいた時、船長から教えられたのだ。
「というわけなんだ。だから今度、その映画を見に行かないかね?」
オーラが囁いた。授業中にしきりに話しかけてこられるのは困る。周囲の生徒たちの視線が集まっている。
「静かに。授業中ですよ」
たまらず、フェルは小声で注意をした。
「カタブツさんだな。そう言いつつ、首のNデバイスで何か調べているのでは?」
「……!」
オーラはもうまともに授業を聞いておらず、肘をついてこちらを見ていた。
ぎくっとした。頚椎に埋め込んだNデバイスで調べ物をしていたのは事実で、しかもあまり褒められたものではなかった。
「わざわざNデバイスなんて持ってるのはそのためなの? 私も使いたくなってきた」
「以前はさんざんバカにしていたのに?」
「バカになんてしていない。ただ、バイナルディスクに比べて前時代的だと思っただけだよ。現実干渉や古代の魔法の時代でもなしに。もしかして、記録者狩りの怪人や転生者なんかの都市伝説を信じているクチかい?」
フェルが使う第五世代Nデバイスは、LNで伝統的に使われている情報素子だ。体内に埋め込んで神経に直結できるほか、体外にも持てば万能に形を変えるナノマシンとして扱える。
Nデバイスの外見は薄いグレーの透明樹脂で、フェルはごく一部だけを体内に入れて残りをタブレット型端末にして持っている。手を使わずに通信を行ったり、複雑な計算をすることができる。
「そこまでの高度な融合を果たしておいて、することが授業のサボりとはね」
「……静かに」
「真面目ぶってもダメさ。私のバイナルディスクではできない芸当だ」
オーラは言い、机の上で赤い円盤型の端末を弄んでみせた。
UG3で最も普及している情報端末はこの円盤、バイナルディスクと呼ばれる新型の情報処理装置だ。学生たちはみんな持っている。
実は、司書養成学校に通う生徒のうち乗組員を目指す人は一割もいない。中央都市での権威のために卒業資格がほしいだけだ。だからNデバイスの必要はなく、大半の生徒はバイナルディスクを使う。
バイナルディスクは三角形をまるめたような円盤型をしている。手のひらに収まるコンピューターで、人工知能によって制御される。体内にデバイスを持つ必要はないので手軽であり、Nデバイスのインゴットよりも安いコストで作れる。神経に直結できないので用途は絞られるものの、一般のユーザーにはそこまでの高機能は必要ない。
宇宙は広く、土地は無限にある。今は代わり映えのしない
Nデバイスには現実干渉と呼ばれる超能力を補助できるというメリットもあるが、今はそれも廃れてしまった。かつては強力な武力だった現実干渉――未開の星では魔法などと呼ばれたそれらは、もうあまり使われていない。
習得が難しいので、軍の中でもトップエリートの集団や、古代魔法の保存団体くらいしか興味を示さない。LN司書は未だに現実干渉を学ぶが、使いこなせる者は多くないのが現実だ。
フェルもさほど得意な方ではない。高性能な銃を買ったほうが手軽で強力だと思う。
それに、フェルには現実干渉よりも強力な力が備わっている。厄介な問題だ。
「その若さでイクリプティカル・コードを付与された天才。それが授業中にする調べものとはどんなものか、知りたいね」
にやにやしながらオーラが言った。
「ねえ、“恵雨の騎士”さん。私のように、きみの威光にあやかろうと擦り寄ってきた生徒には教えられない?」
オーラはフェルにつけられたコードを口にし、微笑んだ。
フェルは平凡な候補生だ。なぜシステムからコードが付与されたのか。あの力のせいなのだろうが、フェル自身も困惑している。
事実はどうあれ、目立ったせいで声をかけてくる者が多くなったのは事実である。中にはフェルと恋仲になることで箔をつけようとした者もいた。
なので、オーラがフェルに接触してくるのも周囲には擦り寄りとしか見られていない。
「本当にそのつもりだからさ。私の実家はインペリアルの下請けの零細企業だから、エリートとお友達になろうとしている」
オーラは自嘲するかのように言った。卑下するほどオーラの家は小さくなく、孤児であるフェルとは比較できないだろう。
「だがきみは、それに気づいていながら私を雑に扱わなかったね」
オーラは言う。そうだろうか。そんなにいい顔をした覚えはない。
「無礼を働けば怒りますよ」
今まで接触してきた人のことをざっと考えてみて、フェルは言った。フェルが強く追い払った相手は何かしらこちらに失礼なことをしてきた者たちだった。
「それが公平というものだ。だからきみが好きなんだよ、フェル」
本気か冗談かわからないことを言い、学友は目を細めていた。
放課後、オーラが言っていた映画を一緒に見てもいいと思っていた。幸い時間はあいていた。
「フェルカド候補生。呼び出しだ」
しかし、廊下で声をかけられた。
「アルヘナ一等司書。こんにちは」
フェルは声をかけてきた人物の名を呼んだ。アルヘナは上級生で、LNクルーとしてフェルよりも長い経験を持っている。
「船長からだ。この前の試験の結果だろうな」
年上の司書は淡々と言った。長く伸びた黒髪が印象的なこの人は学校で目立つ存在で、表情の変化が乏しいので周囲から距離を置かれている。
アルヘナはすでに一等司書の資格を得ているが、学びたいことのために学校に通い続けている。厳格だが、フェルにとっては話しやすい相手であった。孤児という点が共通しているからだろうか。
「いいよ、フェル。私は聞き分けのいい恋人だから、きみの大事な用事では身を引く」
話を聞いていたオーラがくすくす笑って言った。誰が恋人なものか。
「はて、無礼を言えば怒ってもらえるんじゃなかったか。そういうところだよ。映画は寂しく一人で観るとしよう」
オーラは去っていった。フェルは一人になり、呼び出しに従って先生のラボに向かった。
「おめでとうフェル。あなたは今日から一等司書の資格を得ます」
先生は言って、LNの紋章が入ったバッジをフェルに差し出した。
「ありがとうございます」
「もっと感動してくれてもいいのに。スクールの卒業を待たずにクルーの資格を得る人は少ないのですよ」
十分に感動しているが、顔に出ていなかっただろうか。フェルはこれで正式にLNのクルーとして働くことができる。
LNシリーズ。宇宙の破滅を乗り越えて価値をつなぎ、未だ謎が多いクラスターコアを研究する船。巨大な人口を有する中央都市でさえ、LNを整備するための止まり木に過ぎない。
「さっそくですが、明後日にはLN66Wの航行があります。ちょっとしたワープテストと星系観測です。参加していただけますか」
「はい、喜んで」
フェルは言った。またLNに戻れる。しかも、今度は見習いではなく司書としてだ。
司書には今までよりはるかに大きな責任があるが、そのぶんできることが多い。
異世界に等しい世界観を持つ別の銀河を訪れ、情報を収集したり、その地の救済に必要な情報を選定して貸し出したりする。それらを全て自分の判断で行うことができる。フェルがやりたかった仕事だ。
「気を抜いてはいけませんよ。一等にはいつも危険が伴いますから」
先生が言った。
そう、気を抜くことはできない。一等司書ならば、時には自ら武力を行使する必要がある。
もし未知の惑星に降り立ってすぐに原住民に殺されてしまっては、彼らを救うことができない。そうならないで済むことも、一等に求められる能力なのだ。二等以下と大きく違う点であり、LNが中央の軍に頼らないで自立できる根拠でもある。
フェルは戦いが得意ではない。その代わりに、特別な力を使って不利をカバーできる。
「今は、どちらですか? あなたの“目”の中にいるのか、それともリアルタイムの現実か」
先生はそう言い、まっすぐにフェルを見てきた。
どちらだろう。言われて考え、フェルは気付いた。
「今は……“目”の中のようです」
「そうですか。見ているのは過去ですか? 未来ですか?」
「過去……」
フェルが持つ最大の武器の話をしている。それを思い出し、フェルはたまらなくなった。
「先生、LNに乗らないでください」
この後、先生は死ぬことになる。LNの不時着によって。
「できません。それに、意味がないでしょう」
先生は悲しく笑い、そう言った。
先生ならそう言うだろう。たとえどんな危険があっても、一度も信念を折らなかった人だから。
「過去は変えられない。そうでしょうフェル。これは現実ではなく、あなたが作った再現の世界なのだから」
フェルの能力を分析し、そして開花させた張本人である先生が言った。
「過去を振り返れば、その後にあるのは未来です。行きなさい」
先生が言う通りだった。
自室で目覚めたことも、学友と話したことも思考の中での再現。これはフェルの記憶をもとに作られた過去の光景であり、今を解決するためのものである。
「そうだ……アルヘナ司書」
不時着したLNから消えたクルー、アルヘナ一等司書のことを思い出した。しかし、この時点でフェルはアルヘナがどうしていたか知らない。
次に会ったのはLNに乗り込んだ時だ。そこでしか、彼女が何をしていたか確認できるタイミングがない。
調べなくては。LNの不時着はすでに起きてしまったことだ。それを覆すことはできなくても、フェルが感知し記憶し続けている周囲数十メートルの出来事に何か手がかりがあるかもしれない。
無意識のうちに体に溜め込んだ膨大な情報。それがフェルの能力。生まれつき持っている特異体質だ。自力では思い出せずNデバイスの情報処理を必要とするが、いつでも過去を振り返って新たな情報を得ることができる。
消えたアルヘナが何をしようとしていたか、つきとめなければならない。そして、自らにふりかかる死の運命を克服することも必要だ。司書としてのフェルの戦いは、まだ始まってすらいない。
ここはフェルの記憶の中。それは理解した。
LNに乗り込む当日の再現の中、フェルはアルヘナの姿を探した。追憶に幅を持たせられるのはフェルが過去に立っていた地点から数十メートルまでの空間で、その範囲を徹底的に調べる。
フェルは、常時周囲の幽子運動を感知している。幽子とは最も小さな素粒子であり、その運動をフェルは全て記憶している。
しかし、脳で処理できる記憶には限界がある。自分の記憶であるにもかかわらず、普通の方法では思い出せない。緻密な素粒子の運動を思い出すには人体の演算能力では無理で、神経に接続したNデバイスの助けが必要だ。
それでも処理に限界があり、一週間以上の過去には戻れない。無理をすればフェルの脳はNデバイスが発する情報量によって破壊されてしまうだろう。
今も限界まで処理をしていて、負荷を感じている。意識を弱めるとくらくらして、過去の世界に長くいられない。
「アルヘナ……どこにいたんですか?」
コールドスリープまでアルヘナと会うことはなかった。カフェや司令室など、記憶の中で行ける範囲の場所をめぐった。
しかし、アルヘナの姿はなかった。
ならばと星典や資料室の閲覧を試みたが、それは不発だった。事故の前、フェルはそれらの場所に近づかなかったからだ。
「機関室なら行けるか……?」
フェルは思った。機関室はフェルがいた座席に近い。あまり考えたくないことだが、LNの不時着に関係していそうな場所でもある。
そこを調べるということは、アルヘナがLNを危機にさらしたと疑っていることを意味している。そんなことはしたくなかったが、もうそれくらいしか考えつかなかった。
フェルは機関室に向かい、その扉を開いた。
そして、慕っている年上の司書の姿を見つけてしまった。
「なぜですか。どうしてあなたが……」
フェルは言った。機関室の端末に何か細工をしていたアルヘナは振り向き、いつものように表情の変化がない顔を見せた。
「生き延びたということか、フェル」
フェルの能力を知るアルヘナが言った。
「教えてください、アルヘナ」
これはアルヘナ本人ではなく、フェルの記憶から予測再現された言動である。もっと高速で大量の処理ができるコンピューターにつなげば彼女の脳の中まで見ることができるだろうが、埋め込みのNデバイスでは口頭で尋ねるのが限界だ。
「すまないと思っている」
アルヘナは言った。心からそう思っている言葉だと感じられた。
しかし、理由を明かすつもりはないようだ。
Nデバイスの処理が限界に近づいていた。フェルは過去へ飛ばした意識をカットして現代に戻る。
そして、この回想を開始した瞬間へと戻る。
フェルは一気に緊張した。廃墟に見えた都市だが、まさかまだ生存者がいたのだろうか。
場所の分析が不十分なため、生命反応はうまく判別できない。普通の者であればフェルの探知システムをすりぬけると思えないが、油断はできない。
なぜなら、フェルはもう未来を知っている。
「……」
フェルは腰から円盤状の端末を外し、中央部分のグリップを握った。風変わりな斧のような形をしたそれは、様々な使い方ができる支給武器である。
開いたハッチに近づく。LNのシステムに接続し、フェルは情報を集め始めた。
そして、自らの能力を行使した。
フェルの目は一週間前までの過去を体験できる。未来の予測なら五分先までだ。特殊体質によって集められた情報を処理することで、時間を超えた仮想空間で試行ができる。
上から襲ってくる刃のこともすでに知っている。それがやがてフェルの胸を貫き絶命させることも。
そうだ。あの光景は現実ではなく、フェルの能力で予測した未来の出来事。これからの立ち回りで変えられるものだ。
フェルは振り返ることなく斧を背後にふって、最初の一撃を完璧に防御した。
「くっ……!」
襲ってきた剣士はよろめき、大きく距離をとった。
「邪神の使いめ……妖術か!」
フェルの完全な迎撃におののき、金髪の剣士は言った。今回は、最初から言葉を翻訳している。
「落ち着いてください。私はLN66Wの一等司書、この惑星の調査が目的で……」
「黙れ!」
金髪は言い、脚甲を黄金色に発光させて距離をつめてきた。
あれは現実干渉――魔法のような超能力だ。喉元を正確に狙った突きが来る。高速で、避けられない。
この方法ではだめだ。フェルは最初からやり直す。
この場を正確に把握し、どのような試行でもできるフェルの能力。それを駆使して勝利への道を探る。
問いかけは無意味。だとすれば戦うしかない。しかし今の加速、フェルの身体能力でまともにやり合うのは無理だ。
「覚悟!」
棒立ちでいると、敵はフェルの左胸を狙って突きを放ってきた。殺意が高い。しかし狙ってくる場所はわかった。
回避を十分に検証し、フェルはやっと現実でそれを実行した。敵の動きを完璧に先読みし、背後を取ることに成功する。
「!?」
相手は驚いている。攻撃の前にはもうこちらが回避を始めていたからだろう。
未来の試行は五分までしかできない。これで少し時間を進められた。思考を整え、次の試行を始める。
「投降を。あなたでは勝ち目はありません」
次は強い口調で威圧してみた。しかし、相手の眼光は弱まるどころか強まってしまった。
「悪魔め……貴様らに殺された騎士たちの無念を知るがいい!」
やはり和解は難しいのか。なんとか制圧を試みるしかない。
しかし、まともにやっても殺されるだけだ。相手の剣術によってフェルは何百回も切り刻まれ、突き殺された。
なんとか武器を奪っても、信じられない膂力で押し倒され首を折られた。相手の現実干渉力が強く、普通の人間と思ってはいけないらしい。
フェルは獲物である斧を握り、奇策を考えた。
可能な限り距離をとって、そこから斧を投げた。円盤状の斧は白いプラズマを放ちながらまっすぐ敵に向かう。
鋭い切れ味を持つ円盤は、光って加速する剣士によって容易くはじかれた。フェルの獲物は地下空間の闇の中へと消えていく。
「ひ……」
万策尽きたという風に、フェルは地面にへたり込んで後ずさった。
「レキ神の名のもと、貴様の罪を贖え」
剣をこちらに向けて口上を述べる剣士。狙い通りの位置にきてくれた。
怯えて見せたのは相手を油断させるための演技だ。騙し討ちのようで気が進まなかったが、他に方法がなかった。
「!」
その時、何かが音もなく剣士の背後に迫った。
フェルが投げた円盤だ。ブーメランのようにターンし、闇の中から戻ってきた。
「小癪な!」
剣士は振り向きざまにそれを弾く。円盤はまっすぐ上方へと弾き飛ばされた。
そして、上にあったLNの外部フィンの一つを破壊した。
「え?」
剣士は驚いていた。闇の中に隠れて見えなかった構造物が壊れ、剣士の頭上に落下してくる。
大きな金属製のフィン、それにいくつかのパーツが落ちてくる。低い姿勢で後ずさっていたフェルは、そのまま頭を隠して伏せた。
「はぎゃ!」
剣士が苦悶する声がした。どわん、という金属がたわむ音がして、大きなフィンの平たい面が剣士の頭にぶち当たっていた。
敵が兜を装備していなかったのが幸いだった。頭に強烈な一撃を受けた剣士はたまらず、ふらふらとその場に倒れてしまった。
これが、今思いついて試した中で唯一の勝ち筋だった。
「何なの……」
フェルはつぶやく。空中で姿勢制御して戻ってきた斧をキャッチし、気絶したこのイノシシのような剣士をどうしようか考えた。
(第2話「銀河司書の不幸・後」に続く)
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