淡墨の深層 第六十三章 もうやめて!!

 ヨシロウくんとの話を終えた僕は、ミサコのところへ戻り……


「待たせて悪いな」

「・・・・・・」

「学校の彼氏の前で、君に恥をかかせたくなかった」

「・・・・・・」


 まだ『彼氏』を……肯定も否定もしないミサコだったが……

 ヨシロウ君からは、普通に言われてしまい……

 流石のミサコでも、もう言い逃れは出来ないのであろう……

 僕とは目を合わさずに、俯き気味だった。


 構わず続けた僕だった。


「続きね……留置所のシンから伝言。『済・ま・な・い』と、それだけだ」

「そう……。れいは? あやさんとは会えたの?」

「いや……アレっきり。会いに行ったけど、門前払い」


 玄関ドアに貼り付けられた封筒の手紙の件と……再度訪問したあの夜、あやさんが『半ダースの箱』を放り投げて来た時に拝顔だけは出来た件は……割愛した。


「あのことは……反省しているわよ」

「どのこと……?」

「キス……」

「それだけか?」

「え? だって他に……?」

「やっぱり反省してないな。あのキスだけなら僕も同罪なんだよ」

「!!」

「あやさんは、そのことは『もらい事故』だと僕を免じてくれたことは、伝えたはずだったな?」

「あ……うん……」

「あやさんとミサコで話し合ったあの夜も、あやさん……君を責めるような言葉はひと言も無かったって、言ったよな?」

「そう……よ……」

「そのあとでマサヤさんたちから袋叩きにされていた僕を助けてくれたことについては……本当に……ホンットウに感謝しているよ。ありがとう。でも……その状況を『チャンス』と読んだ君は、先にタクシーを拾っておいてから僕を助け……タクシーへ同乗し、僕のアパートへ……言い方は悪いが……押しかけた。翌朝の朝ごはんの時、そう明かしてくれたよな?」

「うん……」

「その朝、起きた時に……ダメだと言っていたのに、抱き着いて来ておはようのキスをして来たとか……今更そんな細かいことは、もう……もう……いいさ」

「じゃあ……シンとのことを……言いたいの? シンとはキスもしていないって……あの時、伝えたよね」

「それはわかったってば」

「シンだけじゃない!」

「え?」

「マサヤさんとも……キス……するような関係になる前に……」

「それは初耳だな」

「ヨシロウ先輩とだって……告白されたけど……」

「形だけ付き合っていて……キスはしていないと、言いたいのか?」


 ミサコは黙って頷き……

 それから意を決したように顔を上げ……


「私がキスしたのは、れいだけなのよ!」


 それは……光栄でございます……とでも思えと言うのか?


「今更……そんなことを言われてもな」

「なら、私に……どうして欲しいの?」

「じゃあ……話の……本題の続きを話させてもらってもいいかな?」


 それには何も答えず黙り込むミサコだったが……

 僕は躊躇なく、その『続き』を話し始めた。


「じゃあ続きな。……あれだけ僕にアピールしてくれたミサコを……フッたのは確かに僕だから……それから誰とくっ付こうがミサコの自由だけど……それがシン……まさか、あやさんとこじれる元凶となった男だったとは……」

「・・・・・・」

「それから……決定打となったあの夜、あやさんは……僕がシフト休だと判っていた金曜日に合わせて、わざわざ有休まで取ってくれて、木曜の夜に部屋まで来てくれた。そこに運悪く、君が居たんだろ。『シンに会いに来た』と言うから、僕は部屋で待たせていたところに……あやさんが来てしまったんだ。あやさんは当然、誤解してしまった。シンではなくて僕が、まだミサコを部屋へ呼んでいるのかと。僕は……激怒したあやさんから引っ叩かれて、完全に別れを告げられたんだ。だから……未だに僕は、あやさんに会えていないんじゃないのか?」

「あ……」


 僕から「(シンを)中で待つ?」とミサコを部屋へ入れたのは判っていた。

 然しながら、それでも……

 それでもこの朝は……何もかもを、ミサコのせいにした様な言い方をさせてもらった。


「今……ヨシロウくんと話していたのは見ていたよね?」


 再度……ミサコの顔が青ざめて行く。


「彼とは……6月の、ミサコの誕生日からのお付き合いだそうだね」

「・・・・・・」

「ミサコがいつ頃からツバキに来ていたのかは覚えていない。ただ、6月と言えば……僕がみおさんと始まった頃……二次会のあとで抜け出して、記念艦三笠の横須賀行きだったところから、みおさんとの馴れ初めはすべて、あやさんから聞いたって……言っていたよね」

「うん……」

「そのことを……『純愛だったんだね』って……朝ごはんを食べながら僕に伝えてくれた、あの朝のミサコは本当に可愛くて……なんと言うか……正直、僕は心が揺らいでしまったくらいだったんだ」

「それで……初めて抱きしめてくれたの?」

「うん。でも……元より6月から、学校の彼氏が……ヨシロウくんがいたんだよね?」

「!!」

「あやさんの彼氏がマサヤさんだったのは、僕がみおさんとそんな関係だった頃だって、あやさんからは言われた。その後マサヤさんはあやさんと別れて……ミサコの彼氏になった。マサヤさんをどんな風に誘惑したのかは訊かないけど……じゃあヨシロウくんとはどうなったの? 今ヨシロウくんと話した感じだと、彼はな~んにも知らない様子だったよ」

「彼は……そう、何も知らない……はずよ」

「だろうね。それから僕がシンの問題であやさんと距離ができてしまって……ミサコ、君は……今度は僕に接近して来た。それが叶わないとなると……次はシンに……」


「もうやめて!!」


 そう叫びながら、両手で耳を塞ぐ仕草を見せたミサコだったが……


 そうだね……ごめんよミサコ。

 君に伝えたいことは、あと少しだから……もう少し、あと少し……付き合ってくれないか。


「君はこれからも、そうやって思いついたまま男を捕まえ……周りの人間関係を掻き乱した挙句、自分だけは安全圏に舞い戻る……そんなパターンを繰り返すんだろう……これからもね」


 今にも泣き出しそうなミサコ……ごめんよ……。

 だけどもう……止まらなかったんだ。

 きっと、その勢いで僕は……

 すべてをミサコのせいにしようとしていたのかもしれない。


「でもね……それを続けていられるのには、限界がある。何故なら、そのうち君の周りからは……誰もいなくなるからだ」


 このままミサコを責め続けると言う行為は……

 普段の僕であれば、言っている自分自身の方が堪えられないほどの詰り方なはずだったが……

 この朝の僕の心の中は……自分でも信じられないほどに『冷徹』だった。


 ミサコと『恋に似た何か』が始まってしまったきっかけは例え『同罪』だったとしても……

 ミサコを責めずにはいられない気持ちが……抑えられなかったんだ。


「シンはやめておけと、さっき言ったけど……やはり、君の言う通り自由だ。自由だけど……もう、ウチのアパートには二度と来ないで欲しい。いいか? 二度とだ! シンはもう、僕の部屋にはいないからな!」

「・・・・・・」

「そう言えばアイツ、君に面会に来て欲しいとも言っていたよ。シンが留置されているのは、池袋警察……面会に行きたいなら、電話番号は自分で調べろ」


 もう……明らかに泣いているミサコに対して……

 フォローしてあげようという気持ちが一切湧かないほど……

 その朝の僕は……『冷徹』だったんだ。


「泣かしちゃって……ごめん。悪いけど、以上だ。あ、そうそう……今後はヨシロウくんに幸せにしてもらいなよ。さっき、彼にもそう約束させたから。そのためにもやっぱり、シンはやめた方がいいよな」


 もう……何を言われているのか解らないような表情になったミサコだったが、構わず……


「じゃあ……学校、遅刻すんなよ。……ヨシロウく~ん! 終わったからこっち~!」


 そう言って立ち去ろうとした僕に、ミサコから……


「れい!」


 なんだよ? 僕はもう……もう君とは、関わり合いたくないんだ。


「あやさんに!」


 えっ⁉


 思わず振り返った僕に……

 その整った顔を……涙でグシャグシャにして『最後のメッセージ』を伝えるミサコ……。


「あやさんに、伝えて……私は……私は、れいとは何でもないって……言ってたって……」


 ミサコ……。


「わかった……ありがとう。それと……あの時……僕とあやさんを助けてくれたことは……一生忘れないから! ありがとう! じゃあね!」


 最後は……

 最後はミサコも、僕の味方になってくれたのだと思いたかった。

 そう思うと…

 もう少し……あと少し……優しく伝えてあげれば良かったのかもしれない。

 泣かせるつもりは……無かったんだけどな。


 でも、それはそれとして……

 泣きたいのは……こっちだよ。

 伝えても何も、それは……

 あやさんに会えればの……話じゃないか。


 これが……ミサコと会った最後の……

 本当に、最後の朝だったんだ。


 さよなら……ミサコ……。

 君を……美しくて、強くて……可愛い君を……嫌いになったわけではないんだ。

 ただ……僕が最も愛しいあやさんと、僕との恋路を……

 そんなふうに……何度も……何回も阻むのであれば……

 もう……友達でも……いられないよね。

 ごめんね、ミサコ……

 これで……本当に……最後だね。


 さよなら……ミサコ……。

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