淡墨の深層 第五十章 私に還りなさい…記憶をたどり…

「そう言えば、れい……オフィスの連絡先、伝えてなかったよね?」

「そうだね」

「何かあった時のために……はい、私の名刺……大切にしなさいよ!」

「うん! ありがとう! へぇ……あやさんて、係長さんなんだね」

「そうよ。大学は出てないけど、高卒で新卒入社してからキャリアも積めたし、な~んか出世しちゃった! アハ!」

「それは恐れ入りました! 僕も大学は出てないから一緒だね!」

「だったね! じゃあ……気を付けてね、れい!」

「あやさんもね! 行ってらっしゃい!」


 初めてあやさんと一つになれた翌朝の、西武新宿駅。

 本来なら僕は、高田馬場駅から山手線だったが……

 少しでもあやさんと一緒に居たかったから、JRまでは歩くことにしたんだ。


 ミサコに振り回されてばかりだった……

 否……あやさんとマサヤさんへの誤解だらけだったとは言え、ミサコの強引さに抗えなかった僕の優柔不断のせいで……

 否々、その前から……

 そもそもシンを同居させてしまった、僕の考え無しのせいで……

 ギクシャクしてしまったあやさんとの関係は……


 修復されたのだった。


「あ、れい!」


 一旦「行ってらっしゃい」だったあやさんからの声。


「え?」

「あの……今度、いつ……来れる?」

「いいの?」

「うん……できれば一緒に……居たいの」

「あやさん……嬉しい!」


 あやさんのオフィスはカレンダー通りだから……


「じゃあ週末……あぁ~、でも金曜日は遅番だった。来週26日の金曜ならシフト休なんだけど、今週は出だから……」

「来週なんて待っていられない! 私だってもしも残業になったら、そんな早くは帰ってないし……遅い時間でもいいよ!」

「ホント? じゃあ、仕事終わったら急いで行くね」

「ありがとう……じゃあ金曜日、待ってるわね!」



 あやさんのご要望の通りに、その週末の夜もあやさんのアパートへ行った僕だった。


 呼び鈴を押すと、玄関ドアを開けるなり……


「いらっしゃい! れいくん!」


 と……僕に抱き着いて来てくれたあやさんに……

 込み上げて来る……堪らない愛しさが。


 もう……貴女を離さない……絶対に。


「あやさん……僕、もうどこにも行かない。あやさんだけを愛しているから……信じて……下さい……」

「うん! 私も……れいだけを愛してる……早く入って」



 その金曜日の夜は……

 あやさんが作ってくれた、美味しい夕食を食べてから……

 歯磨きをして……

 そして、あやさんが敷いてくれた布団の上で……

 死ぬほど……

 死ぬほど愛し合ったんだ。

 僕が再度、改めて持参した……

 半ダースを使い果たしてしまうほどに……。 


 あやさん……本当に愛しています。

 もしも……

 もしも僕に……

 貴女へ……

 貴女へ、僕を捧げるだけの所得がある時が来るならば……

 いつか……

 いつか、結婚して下さい。



 このまま……

 このままあやさんと……

 もう、誰にも邪魔されない恋が育めると思って……

 否……誓って……いたんだ。


 なのに……


『アイツ』と……

『あの子』が……


 またも、あやさんとの……二人の恋路を……

 阻むのか……。


 もう……

 いい加減にしてくれよ……





 ミサコ……。

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