淡墨の深層 第四十八章 あの子…何者?
心底呆れ顔をしたあやさんからの『尋問ディナータイム』は続く。
「はぁ……それにしてもあの子……何者なの? いい度胸してるわよね。まぁあれだけ強いし、きっと恐いものなんて無いのでしょうね」
「そう……だろうね。でも、ミサコって……」
「なぁに?」
「あの子……なんかその……危険な気がするんだ」
「どんな風に?」
「う~ん……どんな風……?」
この段階で……その答えを詳らかにあやさんへ『ご説明』できるほど、僕の頭の中では整理されてはいなかった。
そう……シンへ紹介した時の、ミサコのあの『獲物を品定めするような視線』を……
その時あやさんの前では、忘れていたのだろう。
「昨夜……あやさんとどんな話をしたのかも、ミサコから聞いたよ」
「あ~ら……じゃあ、先に謝っておかなきゃね、アハハ!」
「むぅ……」
「アハ! ごめんね!」
「でも……みおさんとの馴れ初めまでミサコに話したのは……やっぱ行き過ぎ……だったよ」
「え? 『だったよ』って、まさか……またなんかされたんじゃないでしょうね?」
ああ……言わなきゃ良かった。
どうしよう……? 朝の『おはようのキス』には取りあえず触れずに……
朝ごはん中からの報告にしておこうっと。
「ミサコね……みおさんと僕との、その……プラトニックだったって、あやさんから聞いて……」
「あぁ……純愛だったのよね~♪」
「それですよ、それ! ミサコからも、同じその言い回しで言われたんだよぉ!」
「そう……なんだ……アハ……」
「けど……それで僕のことが、益々好きになったんだって言うから……」
その時……
呆れ顔だったあやさんの瞳が、鋭く煌めいた。
「それって……そう言われた……だけ?」
「え⁉ あ……うん。取りあえず一緒に、朝ごはん食べながら……そう言われ……ました」
「朝ごはん? 作って……もらったの?」
「ううん。あのほら……ヨシノさんとこのコンビニ行って……」
「腕を組んで?」
「うん……え? あ! あの……」
しまった……流れで思わず正直に答えてしまった。
でも……嘘をついても、どうせ顔に出てバレるし……どうしよう?
口調だけは優しいあやさん。
「組んで……行ったのね?」
「あ……はい……」
「はぁ……」
大きなため息交じりに、またも呆れ顔のあやさん。
「どうせあの子から、組んで来たんでしょ?」
「そう……です……。ごめん……なさい……」
「まったくもぉ……」
ここは……少しでも言い訳……否、申し開きをしておいた方が良いのかもしれない。
「あやさん……同棲ごっこのことも、ミサコに話したんだってね?」
「そうよぉ。ほとんどがキミの話題だったんだから」
「それでミサコ……『今日一日だけでもいいから私も同棲ごっこしたい』って言い出して……」
「えぇ~? じゃあ私、またも余計なこと話したのかな?」
「そうかも知れないけど……例に拠ってミサコ頑固だから、今日はとにかく一緒に過ごすってことになって……だから僕はちゃんと条件をつけたんだよ!」
「なんて?」
「今日で本当に最後にしてくれるなら……それと、一緒に過ごすにしても『イチャイチャから先はダメだ!』って」
「当たり前でしょ! その……一日一緒に過ごすだけだって、グレイなのに!」
本当はその『条件付け』の方が『同棲ごっこしたい発言』よりも時系列的には先だったが……
どの道、あの頑固なミサコ師範さまに対するカウンターだし……説明としては、嘘ではない。
「それで……コンビニ行く段階になったら腕を組んで来るから……『腕を組むのもあの夜で最後』って言ったのに……」
「あの夜ってその……強引にキスされて……小田急線の新宿駅まで送ってあげた……?」
「そ……そうです。そしたら……『腕組むくらいはイチャイチャじゃあないでしょ?』って……押し切られて……」
「そのままコンビニに行ったのね?」
「うん。ヨシノさんにまで勘違いされて……『今度は若い彼女~?』とか冷やかすから……そしたらミサコも調子に乗って『そうなんです~! よろしくお願いしま~す!』って……」
「うわぁ……あの子……グイグイ来るわね」
「だから僕……ヨシノさんにもちゃんと、ミサコは彼女じゃないんです~って言ったんだよぉ!」
「それはれいも、かなり頑張ったみたいだけど……はぁ……。それじゃ……ちょっとお話の時系列……朝に戻していい?」
あやさん……まさかそれって……やめて下さいよ……。
「まぁ……みおさんとキミとの純愛物語を話しちゃったせいで……その……キミのことを益々好きになって……そこまでグイグイ来るミサコちゃんなら、れい……」
「う……」
あやさんは、一瞬瞳を鋭く尖らせて……
「おはようのキス……されたんじゃないの?」
「・・・・・・」
「どうしたの? 答えられないの?」
「ごめん……なさい……され……ました」
そう答えた後の十数秒間……
あやさんの瞳は徐々にその鋭さを緩めてゆき……
何かを悟ったように、俯いて行った。
そして……
「はぁ……やっぱりそうだったのね。なんか……わかったような……」
「わかったって……何が?」
一旦目を瞑り……沈思黙考のような表情になったあやさんだったが……
大きく吸った息を一旦止めて……
数秒後……吐き出してから、目を開いた。
「キミはさっき……あの子が『危険』な気がするって言ってたよね?」
「あ……うん」
「私も段々……そんな気がしてきたの。ちょっと……甘かったのかな~?」
「甘かったってあの……昨夜ミサコがあやさんから最後に言われた『二言』のこと?」
『二言』とは……
「人が誰かを好きになる気持ちを他人は縛れない。だからミサコちゃんがれいを好きになったのも、誰も干渉はできない。マサヤも……そして私もね」
「干渉はしないけど、せいぜい気を付けるわ……まぁ頑張ってね」
あやさんへ概要を伝えると……
「あの言葉は私の本心だから……アレでミサコちゃんを『甘やかした』と言う意味では……ないの」
「じゃあ、もしかして……あやさんはミサコを責めるような言葉はひと言も言わなかったって、ミサコは言っていたけど……ソコ?」
「ソコに……近いかなぁ? だって……まだJKだよ。ムキになるような相手でもないでしょ? しかも……キミは年下苦手だって言うし……年上が好きみたいだし……」
確かに僕は……年下苦手で……年上が好きなのはその通りですけど……
あやさん、それってまさか……
『ミサコをナメテいた』……が、しかし実は……『思っていたよりもずっと手強い相手だった』と言う意味?
と、口には出さなかったが……
続いたあやさんの台詞は、案の定……
「大人の余裕でさ……れいのことでも楽しく話しておけばあの子、身の程を知ると思っていたの」
やっぱり……ナメテいた……
あやさんはミサコを……見縊っていたのか。
マズイ……それは流石にマズイだろ。
それこそ正に……
あやさんへ、きちんと報告せねばならない重要案件なのだろう。
僕も一旦深呼吸をし、気持ちを整えてから……話し始めたんだ。
「あやさん……」
「なぁに?」
「今、あやさんの言ったこと……二人が青龍を出るまでは、大正解だったんだよ」
「どういう意味?」
「ミサコね……あやさんは僕のことを楽しそうに話していて……最後のあの二言で、ミサコは……『あやさんにはもう、勝てないのかなぁって思った』って……言ってたよ」
「あ……そうだったんだ。じゃ、成功……」
「ところが!」
「え?」
「二人が青龍の外に出たらあんな騒ぎに……僕が袋叩きにされていたから……」
「・・・・・・」
「ミサコね……僕を助けてくれたけど……最初にマサヤさんたちから僕を助けようとしたあやさんも含めて助けたかったって……そうした『正義感』があったのは確かだけど……同時に『これはチャンス』だと閃いて……先ずはタクシーを拾っておいて、それから僕を助けて一緒に乗り込んでしまえば……僕のアパートへ行ける、泊めてもらえる……と言う『策略』でもあったって……ミサコは今日、正直に話してくれたんだ」
「そこまで……計画的に?」
「その『策略』が功を為したから……昨夜から今日……そうなってしまったんだ。ごめんなさい……あやさん……」
「そう……だったのね、れい……」
「あやさん……ホントに、ごめん……なさい……」
「れい……全部教えてくれてありがとう。わかったわ」
「ホントに……本当にごめんなさい」
「うん……もういいから、れい……もう、あの子には……逢わないで……お願い……」
あやさんは縋るような瞳でそう言いながら……
テーブル越しに、僕の両手を握って来た。
僕もその両手を強く握り返し……
「うん……僕だってミサコには……もう……会いたくないんだ。あやさんだけを……愛してる」
「れい……ありがとう。私もれいだけを……愛してるからね……今夜は泊まっていく?」
「いいの?」
「うん……久しぶりに、一緒に寝よ」
「ありがとう、あやさん。もう絶対、ミサコとは会わないから……」
「うん……約束だよ」
こうして僕は、あやさんへと……
やっとのことで、舞い戻ることができた。
しかもこの夜は、あやさんと……
これまで幾度挑戦しても叶わなかったことを……
初めて二人で成就させたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます