淡墨の深層 第三十九章 タクシー拾ったから早く乗って!

「れい! タクシー拾ったから早く乗って!」

「ありがとうミサコ……助かったよ」

「運転手さん! とにかく走って!」


走り出したタクシーの車窓から見えたのは……

こちらへ罵声を浴びせ続ける、ツバキメンバーの男たち。

その合間の……向こうに見えたのは……


あやさんだった。


その夜……

僕はその男たちから、いわゆる『袋叩き』にされていたところだったんだ。


あやさんにも……そしてミサコにも助けられた格好となったが……

一緒に乗り込んで来たのは、ミサコだった。

何故あやさんではなくて、ミサコが?


そもそもどうして……

どうして、こんなことになったのか?


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


その週の中頃の、あやさんとの電話にて……

お互いが抱いていた誤解も解け……

まだシンは出て行ってはいないが、その件も含めて……

メインは……僕がミサコからキスをされてしまった件も(本当は僕も共犯者だが)……

あやさんからは「もらい事故」と、赦して頂けたのだった。


但し、あやさんが赦したとしても……

僕を赦せない人間が、もう一人……居たんだ。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 その夜……ツバキから二次会へと流れる途中、あやさんから……


「れい、今夜の二次会なんだけど……」

「うん」

「ミサコちゃんには私から話すって、電話で言ったでしょ?」

「うん……マジありがたいです」

「あれからあの子に電話したら、じゃあ電話じゃなんだから、会った時に直接話そうってことになったのよ」

「そうなんだ」

「今日、これから二次会で話し合うから……ごめん、今夜は私たちから離れた席で飲んでもらってもいい?」

「あ~、そういうことなら……くれぐれも、喧嘩しないでね」

「大丈夫! で……れいはマサヤの相手を……て言うか、男同士話すこともあるんじゃない?」

「そう……だね」

「で……今のをマサヤにも伝えたいんだけど、どこに居るのかなぁ? れいは今日見た?」

「いや……ツバキでも会ってないし」

「まったくぅ、アイツ……肝心な時に居ないって……」

「もしも見かけたら、そうなったって伝えておくよ」

「うん、お願いね!」


そんなやり取りをしながら、青龍へ到着。


「あ……ミサコちゃん来てるわ。じゃね」

「あやさん!」

「ん?」

「ありがとう」

「いいって、じゃあそっちはよろしくね!」

「うん、じゃあね」



こうしてこの夜の二次会は、あやさん・ミサコとは離れたお座敷で……

結局マサヤさんも見つからず、別のツバキメンバーとの談笑となった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


二次会はお開きの時間となり、僕が店の外へ出たその時だった。


「おい! れい!」


振り向くと、そこに居たのは……マサヤさん。


「マサヤさん……どこに居たんですか? あやさんも探していましたよ」


そんな僕の言葉には答えることなく……


「テメェ……次から次へと俺の……赦せねえ!」


次の瞬間飛んで来た、マサヤさんのパンチ……


その当時の僕はまだ、その後に入門した空手や合気道のスキルも無く……

ましてやミサコのように合気柔術の使い手でも無かったが、剣道ならば中学時代から段位持ちだったから……

明らかに素人の突き……のような『振り被りパンチ』くらいは見極められた。


「マサヤさん! やめて下さい! 落ち着いて!」


と……右へ左へと振り回して来るマサヤさんの攻撃を躱しながら後ずさっていたら……

急に後ろから、誰かに羽交い絞めにされたんだ。

そしていつの間にか、五人くらいの男たちに囲まれていた。

マサヤさんの仲間の……ツバキメンバーだった。


羽交い絞めは辛うじて解いたものの、後ろから小突かれた拍子に膝をついてしまい……

そこからはもう……いわゆる『袋叩き』状態にされてしまった。

途中……


「ミサコは俺の女だ! テメェ、どういうつもりだ!」


と叫ぶ、マサヤさんの声が聞こえた。


そう……ですよね。マサヤさん……済みませんでした。


僕は自分が犯した『罪』をわかっていたから……マサヤさんからの攻撃だけは、ブロックできてもせずに……そのまま殴らせたんだ。


その時……


「ちょっと! マサヤたち……何してんの! やめなさい!」



 店から出て来た、あやさんの声……?


そして次の瞬間……

僕を囲んでいた男の一人が、いきなり地面へと倒れ込んだ。

その後ろに居たのが……









ミサコだった。


完全に『戦闘モード』へと目つきを変貌させ……

その男の頭がコンクリートへ直撃しないよう配慮したのだろう……

まだ、その男の腕を捻り上げたまま抑えている。


「いってぇ! あ~! なんだこの女! 放せ!」


ミサコ、つお……合気柔術の段位、本当だったのか。


その男が倒れたことで……否、ミサコが倒したことで……

囲みにできた隙から、僕が抜け出すと同時に……

ダメ押し的に、再度男の腕を捻り抑えたミサコだった。


「いてぇ! やめろぉ……」


ミサコの迫力に、マサヤさんたちの動きも止まっている。


「れい! タクシー拾ったから早く乗って!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る