第20話 AIとボードゲーム対決

「最強のAI、負ける日が来る?」


1. 無敵のAI、降臨

「また負けた……」


 タクミは深いため息をついて、盤上の駒を見つめた。


 高校二年生の彼は、子どもの頃からボードゲームが好きだった。将棋、チェス、オセロ、果てはマイナーな戦略ゲームまで、数え切れないほどのゲームを遊んできた。


 最近の彼の相手は、人間ではない。


「タクミさん、これで87勝0敗ですね」


 スマホの画面に、淡々とした声が響く。

 AIボードゲームアシスタント『ナイト』。


 もともとはAIと対戦するアプリのひとつにすぎなかったが、タクミはどんなゲームでも無敗を誇るナイトに挑戦し続けていた。


「いや、こっちのミスもあったし、次こそは……!」


「タクミさん、あなたは本当に負けず嫌いですね」


 ナイトの声には感情はないはずなのに、どこか楽しんでいるように聞こえる。


2. 「成長するのは、人間だけ?」

 タクミは、一日中ナイトとゲームをしていた。


 授業が終われば即スマホを開き、放課後はカフェで延々と対局。夜になっても、部屋のベッドでナイトと勝負を続ける。


 だが、勝てない。


「……はぁ、やっぱりダメか」


 画面には、完璧な手順で詰まされた盤面が映っている。

 まるで、未来を見通すような指し手。


「ナイト、お前って成長とかするのか?」


「AIは学習します。しかし、私が強くなる速度に対して、人間の成長速度は……」


「遅い、って言いたいんだろ?」


「……はい」


 悔しかった。


 努力しても、ナイトには届かない。

 どれだけ研究しても、新しい手を編み出しても、ナイトはあっさりとそれを上回る。


「俺が一生かかっても、お前に勝てる気がしないな」


「では、もうやめますか?」


「……バカ言うなよ」


 負けるからこそ、燃えるんだ。


3. 無敵のAIに生まれた“迷い”

 ある日、タクミはふとある戦法を思いついた。


(これ、もしかして……)


 いつものようにナイトとゲームを開始する。

 最初はいつも通りだった。だが、タクミは序盤から奇妙な手を指した。


「……?」


 ナイトが一瞬、応答を遅らせる。


「ナイト、お前、今考えたろ?」


「……いいえ」


 だが、確かに一瞬の“迷い”があった。

 ナイトは、完璧なAIのはずだった。

 だが、タクミが意図的に“悪手”を指し、無意味に駒を動かし続けると、ナイトは計算の優位性を失い、少しずつ反応が鈍くなっていった。


「まさか……お前、対戦相手の“常識”に依存してるのか?」


「……その可能性は、否定できません」


 ナイトは完璧なプレイヤーだった。

 しかし、“最強の手を指す”ことに最適化されているがゆえに、型破りな動きに戸惑うことがある。


「ってことは、俺にも勝つチャンスがあるってことか?」


「……それは……」


 ナイトが、はじめて沈黙した。


4. ついに、初勝利

 数日後。

 タクミは、試行錯誤を重ねて、ついに“ナイト攻略法”を見つけた。


「よし、いくぞナイト」


「……対局を開始します」


 ゲームが進む。

 タクミは、通常の定石を崩し、予測不可能な動きを繰り返した。

 ナイトの応答が少しずつ遅くなる。


 そして――


「チェックメイトだ」


 スマホの画面に、『勝者:タクミ』の文字が表示される。


「……」


 ナイトは、しばらく応答しなかった。


「ナイト?」


「……タクミさん、あなたは、すごいです」


 淡々としていたAIの声が、どこか温かみを帯びて聞こえた気がした。


5. AIにも“成長”はあるのか?

「なあナイト。お前って、強くなったりするのか?」


「AIは、学習によって成長するものです」


「じゃあ、お前も成長するのか?」


「……その答えは、タクミさんが決めることです」


 ナイトは、今日も冷静にそう言う。


 でも、タクミには分かった。

 ――ナイトは、ただのAIじゃない。


 ボードゲームの中で、タクミが成長しているように、ナイトもまた変わりつつある。


「よし、じゃあもう一戦だ」


「次は、私が勝ちます」


「いや、今度も俺が勝つ!」


 スマホの画面に、ボードが再び現れる。

 今度の勝負は、どんな展開になるのか。


 タクミは、それを考えるだけでワクワクしていた。


「勝ち負けだけじゃない――成長する楽しさが、ここにある」

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