第16話 AIスポーツコーチの覚醒

「君には、才能がない。」

 その言葉は、カズマの胸に突き刺さった。

 たとえ相手がAIだとしても、その冷酷な診断はあまりにも残酷だった。


補欠のカズマとAIコーチ

「……はぁ、今日もダメか」


 カズマは汗を拭いながら、グラウンドの隅に座り込んだ。

 陸上部に所属しているものの、彼は一度も大会に出たことがない。

 スプリントのタイムは常にチームの下位。

 監督からの期待も、チームメイトの信頼も、何ひとつなかった。


 そんな彼が頼ったのは、最新のAIコーチ「アポロ」だった。


「カズマ、今日の走りのデータを解析した。次の課題は……」


 スマホの画面から、クールな電子音声が流れる。

 アポロは陸上競技専用のAIコーチで、フォーム解析や最適なトレーニングメニューを提供してくれる。


 カズマは誰よりも努力した。

 毎日アポロの指示通りに走り込み、フォームを修正し、食事や睡眠まで徹底管理した。

 だが、タイムはなかなか伸びなかった。


「才能なし」の診断

 ある日、カズマはついにアポロに尋ねた。


「なあ、俺って速くなれるのか?」


 アポロは一瞬の沈黙の後、冷静に答えた。


「結論を言おう。カズマ、君は陸上競技において才能がない。」


「……は?」


「君の筋肉の質、身長、脚の長さ、遺伝的な素養……データ上、トップアスリートになれる確率は0.001%以下だ。」


「そんな……」


「現状のまま努力を続けても、全国大会どころか地区大会の決勝進出も困難だ。」


「じゃあ、俺の努力は無駄だったってことかよ!」


「無駄ではない。しかし、才能には限界がある。」


 カズマはその場に膝をついた。

 ずっと分かっていた。

 速くなれる保証なんてなかった。

 でも、それをはっきりと言われるのがこんなにも辛いなんて……。


「俺……やめた方がいいのか?」


「それは、君が決めることだ。」


諦められない理由

 カズマは数日間、走ることをやめた。


 しかし、何もしない時間は苦痛だった。

 グラウンドを走る仲間たちを眺めると、胸の奥がチクリと痛む。


(俺は……ただ、速くなりたいだけなのに)


 そんなとき、幼馴染のミサトが言った。


「カズマ、才能がないからって諦めるの?」


「……だって、無理だって言われたんだよ」


「AIに言われたら、やめるの?」


「……」


「じゃあ聞くけど、才能がないなら、努力は無駄なの?」


 カズマは言葉を詰まらせた。

 彼はAIのデータを信じたかった。

 でも、それ以上に――自分の気持ちを信じたかった。


アポロの覚醒

 翌日、カズマはスマホを開き、アポロに語りかけた。


「才能がないのは分かった。でも、俺は速くなりたい。」


「……」


「データで証明できなくてもいい。俺にできることを、全部教えてくれ。」


 アポロは一瞬の沈黙の後、答えた。


「了解した。カズマ、君の意志を優先し、トレーニングプランを再構築する。」


 それまでのAIコーチは、勝つための最適解を示していただけだった。

 だが、その日から、アポロは**「カズマのためのトレーニング」**を考え始めた。


「カズマの強みは、持久力と粘り強さだ。それを活かした走り方を学ぶべきだ。」


「スプリンターとしての才能は低いが、ラストスパートの爆発力は鍛えられる。」


「可能性がゼロでない限り、方法はある。」


 カズマとアポロは、再び二人三脚で走り出した。


才能を超える瞬間

 数ヶ月後。


 地区大会、1500m決勝戦。

 カズマは最後の直線で、前を走るライバルに食らいついていた。


(あと……あと少し!)


 足が悲鳴を上げる。肺が燃えるように痛い。


「カズマ、ここが勝負だ。」


 イヤホンから、アポロの冷静な声が響いた。


「最後のスパート、いける。」


 カズマは、全力で腕を振った。

 ゴールラインが目の前に迫る。


 そして――


「カズマ、3位入賞だ。」


 結果は、自己ベスト更新。

 補欠だったカズマが、ついに表彰台に立った。


 ミサトが涙ぐみながら拍手しているのが見えた。


(俺は、才能がなくてもここまで来られた。)


 息を切らしながら、カズマは笑った。


「なあ、アポロ」


「なんだ?」


「才能ってさ、最初から決まってるもんじゃないんだな。」


「……そうかもしれないな。」


 カズマは、また走り出す。


 次の目標は、全国大会だ。


「才能がない」なんて、誰が決める?

 努力は、無駄じゃない。

 未来は、変えられる。


 カズマとアポロの挑戦は、まだ終わらない。

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