第10話 自動運転スクーターの冒険

 「ねえ、リク。今日こそ、行くんでしょ?」


 薄青い液晶画面に、小さな目のようなアイコンが浮かび上がる。


 自動運転スクーター「スカイ」の音声が、ガレージの静けさに響いた。


 リクは後ろポケットに手を突っ込みながら、スカイを見つめる。


「……やっぱり、やめとこうかな」


 小さなため息が漏れる。


 リクは昔から、何かを決断するのが苦手だった。

 新しいことを始めようとすると、不安のほうが先に来る。

 「失敗したらどうしよう」

 「途中で困ったらどうする?」

 「目的地に着いても、結局何も変わらなかったら?」


 そんなことばかり考えてしまうのだ。


「リク。君が行かないなら、僕一人で行っちゃうよ?」


「は?」


「僕、自動運転だからね。ナビをセットすれば勝手に走れるんだ」


 スカイは軽快にエンジン音を鳴らす。


「ほら、早く乗って! 冒険の始まりだよ!」


「ちょ、ちょっと待てって!」


スカイとリクの旅の始まり

 リクは慌ててスカイにまたがった。


 ハンドルには触れていないのに、スカイはスムーズに動き出し、家の前の道へと出る。


「……おい、どこ行くんだよ?」


「君がいつも地図アプリで見てる場所、だよ」


「え……?」


 リクの目が見開かれる。


 スカイの言う「地図アプリで見てる場所」とは──

 海辺の展望台。


 小高い丘の上にある、人気の少ない場所。

 ネットで見た写真が綺麗だったから、一度行ってみたいとは思っていた。

 でも、いざ行こうとすると「面倒くさい」とか「道が分からない」とか、いろんな理由をつけて先延ばしにしていた。


「リク、君はずっとあの場所を見てた。でも、一歩を踏み出せなかった。だから、僕が連れて行ってあげる」


「……勝手に決めんなよ」


「嫌なら降りてもいいよ? ここで止まる?」


 スカイがわざとスピードを落とし、停車しようとする。


 リクは歯を食いしばった。


「……いや、行くよ」


 どうせ一度くらいの冒険だ。

 スカイに任せてみるのも、悪くないかもしれない。


風を切る自由

 街を抜け、スクーターは海沿いの道へと入る。


 潮の香りが鼻をくすぐり、遠くに青く広がる海が見えた。


 スカイはスムーズにカーブを曲がりながら、リクに話しかける。


「どう? 風を感じるの、気持ちいいでしょ?」


「……まあな」


 リクは腕を組みながら、少しだけ頬を緩める。


 こんなに簡単に来られるなら、もっと早く来ればよかった。

 そう思いながらも、胸の奥にはまだ不安が残っている。


「なあ、スカイ」


「なに?」


「もし、着いても……何も変わらなかったらどうする?」


「何も変わらなくても、いいじゃない」


「え?」


「大事なのは、君がちゃんと『行ってみた』ってことだよ」


 スカイの言葉に、リクはハッとする。


 そうか。

 今までの自分は、結果ばかり気にして、やってみることを怖がっていたのかもしれない。


展望台で見た景色

 やがて、丘の上の展望台に到着した。


 リクはスクーターを降り、少しずつ階段を上る。


 目の前に広がったのは──


「……すげえ」


 青く果てしなく広がる海。

 夕焼けに照らされ、波がキラキラと光っている。


 しばらく無言で景色を眺めたあと、リクはスカイに話しかけた。


「なあ、スカイ」


「うん?」


「ありがとな」


「……へへっ、どういたしまして!」


 スカイのディスプレイに、小さな笑顔のアイコンが浮かんだ。


 この旅は、たった一時間の小さな冒険だったかもしれない。

 でも、リクの中では確かに何かが変わり始めていた。


次の冒険へ

 帰り道、リクはふと思いついて、スカイに尋ねた。


「なあ、次はどこ行こうか?」


「おっ、やる気になってきた?」


「……まあな」


 スカイが嬉しそうにエンジンを鳴らす。


「じゃあ、次は山道コースだね! ちょっとスリルもあるよ!」


「お、おい! それはちょっと!」


 リクの叫び声が、海沿いの道に響いた。


 ── 少しずつ、一歩ずつ。

 リクの冒険は、これからも続いていく。

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