第6話 初配信だぜニュービー

 鴉灯あとさんの誘いを受け、ダンジョン配信者デビューが決定してから一週間余りが経過した。

 当面の資金繰りはやはりコンビニ店員という職に頼る他なく、その上で機材の調整や事前の打ち合わせ、チャンネルの作成と宣伝手段の確保といった沢山の準備を行なっていたせいで、デビューが想像以上に遅れてしまったのだ。

 

 今日、新人ダンジョン配信者としては始動する。

 捻りのない名前ではあるが、本名そのままでネットの海に漕ぎ出す気にもなれなかったので、折衷案的に二つの本名を連結してそれらしい偽名を生み出した。

 異世界云々の話は鴉灯あとさんにも話していないので、一応スラングとしての俺氏が名前の由来だと適当にうそぶいておいた。


 現在時刻は午後三時。現在位置は……ニューシンジュクバベルタワー地下、旧新宿駅大迷宮一層。

 「深緑ノ遺構しんりょくのいこう」と呼ばれるここは、全ての冒険者が最初に降り立つ場所だ。

 車が数台は優に入るような巨大エレベーターを降り、駅の改札口を模した関所へスマートフォンをかざす。

 かつての日常を思い起こす出来事の全てが、非日常へ向かう為の儀式じみた行為へすり替わっているのは、どうにも変な気分だ。


 今や、改札口の先に広がるのは駅舎などではない。

 ここは迷宮ダンジョン、数多の未知と危険によって夢見る初心者ニュービーを殺し喰らう悪魔の樹海だ!


 地面を覆う深緑のコケの下には湿気に満ちた土が広がり、さらにその下を掘って見る事で初めて灰色の石タイルが顔を覗かせる。

 広告を映し出していた柱の姿はどこにもなく、代わりに曲がりくねった木があちらこちらへ生え、傘のように上部を覆う。

 差し込む光は当然太陽によるものではなく、人の手によって作り出されたスクリーンですらない。


 「最高に優しい冒険者の教科書〜一週間で五級合格〜」の133ページによると、ダンジョン産植物の一種「ダンジョンヒカリゴケ」が天井へびっしり張り付いているから、一層は常に明るいのだとか。

 試験でも出題されたからな、よく覚えている。


「配信準備、オッケーですよ。ドローンの操作とナビゲーションは任せて。私の事はあまり気にせず、自然体でどうぞ!」


 装着したインカムマイク越しに、鴉灯あとさんの声が届く。

 冒険者とナビゲーターの役割分担は非常に分かりやすい。

 ナビゲーターはリアルタイムで加筆、修正され続ける膨大なデータベース「旧新宿駅大迷宮Wiki」を閲覧し刻一刻と状況が変化するダンジョンの案内を行い、冒険者はナビゲーターの案内に従ってダンジョンを進み、モンスターと呼ばれる異形の生物を排除して戦利品ドロップアイテムを持ち帰る。

 

 側を浮遊する小型の黒いドローンへ視線を向ける。

 ドローンはホログラムにより配信に関する情報を空中へ映し出しながら、懸命にプロペラを回しホバリングしていた。聞く所によるとこのドローン君の命の価値は四十万円、俺よりは間違いなく高い。

 配信の待機人数は5人。

 前世ナシ────配信者的な意味で────の無名五級冒険者の配信としては上々。

 タグの設定から少しでも目を引くようなサムネ作成など、多くの裏作業を担当してくれた 鴉灯あとさんのお陰だろう。


 後は、その努力に可能な限り報いなければ。


「それじゃあ配信開始までさん、に、いち────」


 ドローンに付いたランプが緑色に光る。カメラが起動している証拠だ。

 始めよう、記念すべき初配信を!


 ◆


【ダンジョン配信】【紅糸柳の泉】五級冒険者のソーサラー、初めてダンジョンに挑む【指月オレシ】


 ◆


「どうも皆様こんにちは、初めまして。新人ダンジョン配信者の指月純人だ。今回が初配信、そして初ダンジョンという事で、ひとまず紅糸柳の泉を見に行ってみようと思う。観光と安全重視の配信になってしまうけど、最初って事で大目に見てもらえると助かる」


 よし、噛まなかった。人前で話す事には慣れているが、それでも初配信ってなると緊張も別格だな。

 気になるのは、どういう訳かコメント欄が少し荒れている事か。

 同接6人とは思えないコメント数だ。

 しかし、ドローンの映し出すチャット欄に一個また一個と文字列が増える様は壮観だな。


:待て待て待て

:命を捨てる配信かな?

:新人ダンジョン配信者が厳しいのは分かるが無理せんでもろて

:そも手に持ってるそれは何……?


 三人ほどが沢山のコメントを残してくれているみたいで、内容は主に語った配信内容への心配と困惑。

 そして、俺の装備に対する疑問だ。


「ショベルさん、アメーバレットさん、真球うさぎさん、コメントありがとうございます。別に命は捨てないよ、そんな物騒な魔法使えないし。手に持ってるのはただの鈍器だよ。五年ほど愛用してるモノ」


 右手に持った棒をドローンの前へ掲げ、配信で見えやすいようにする。

 は所々曲がった、真っ黒い一メートル程の棒だ。

 持ち手部分に軽く白い布を巻き付けているが、それ以外には装飾も何もない。

 一応は魔術を補助する為の杖……として開発されたものだけど、その用途では全くもって役立たず。

 そもそも、付与魔術は杖を必要としない魔術だ。故に、これは「ただの鈍器」としか言い表せない。


:棒だけでダンジョンに挑む新人冒険者、前代未聞だよ


「まあ、これでも一応ソーサラーだからね。近接武器はあくまでも護身用だ」


 一問一答のような形でコメントに答えながら、鴉灯あとさんの案内に従いダンジョンを進む。

 迷いの大樹海と融合して同じような性質を獲得したせいか、ダンジョン内部の地理や気候は常に一定という訳ではなく、数日から数週間おきに地形や出現するモンスターが変わってしまう。

 が、そんな中でも絶対に動かない場所も一部存在するのだ。

 指定区域ランドマークと呼ばれるそこは、大抵の場合固有の危険なモンスターと共に佇んでおり、観光気分で訪れる冒険者を帰らぬ人とする。


 今回のお目当てである紅糸柳の泉も、そうしたランドマークの一種だ。


:五級冒険者でソーサラーってマジ? 所謂先天的魔法使いってやつか


「ところがどっこい、俺は後天的ソーサラーだよ。ニューシンジュクへ転移する前、日本で旧新宿跡地に立ち入ったらなんやかんや死にかけて、その際にまじゅ……魔法が使える様になったんだ」

 

 嘘である。当然、そんな主人公的バックストーリーは持ち合わせていない。

 ニューシンジュクの外からやって来た魔術師で転生者だなんて明かす訳にはいかない、でも五級冒険者という身分のまま堂々と魔術は使いたい、じゃあ嘘を吐こう。

 当然の帰結だ。

 なので、前に鴉灯あとさんへ話したのと同じカバーストーリーを再利用し、凄い背景を持った新人配信者を演出して売り出す。


 歩きながら、俺はセル・ウマノ学院国家時代に経験した信じられない経験談を、ニューシンジュクでの出来事として嘘でコーティングして話しまくった。

 ド級の天才が「世界一不味い飲み物」を俺の誕生日に提供する為に二週間近く奮闘し続けた話とか、嘘か真かは抜きにしても聞いていて面白いだろう?


:雑談配信だけで食べていける逸材、SNSで宣伝しといたべ

:朗報、出てくる話が全部やばい

:流石に嘘だろ……嘘だよな嘘だと言ってくれ

:お前の姉はゴジラの親戚かよ


 反応は……想像以上に好印象。

 同接も14人に増えているし、まだ戦闘すらしていないのに宣伝してくれる人まで現れてきた。

 視聴者という生命体は面白い配信者には優しい。

 そして、チャンネル登録者が百万人を超えるような新しいスターの誕生を心待ちにしているし、新しいスターの古参ヅラをしようと口コミによる宣伝に全力だ。

 新参者にとっては優しい環境と言える。


「二時方向の四十メートル先、岩ネズミの巣あり。多分このまま進むと感知されますよー。ドローンの魔力探知によると……十匹くらい、普通はソロで挑む数じゃないですね!」

「とりあえず行ってみるか。それと、ナビゲーターがいる事自体は配信で話していいんだったよな」

「はい、名前だけ伏せて後は適当にお願いしますね」

 

 一瞬だけ配信音声をミュートし、鴉灯あとさんと意思疎通を行う。

 新参者に優しいのは1240万人のメコメコ動画ユーザーだけで、ダンジョンは新参者にひたすら厳しい。

 今回はナビゲーターがあらかじめ教えてくれて、かつ俺に一層じゃ何が起ころうとまず死なない程度の実力があるから軽率な行動が出来ているが、岩ネズミの巣はうっかり訪れると死を覚悟するトラップだ。

 一層の死因ランキングなどという、不謹慎だが有意義な解説動画でも第三位にノミネートされていた。


「はいはい視聴者の皆様、今からお待ちかねの戦闘だよ。ざっくり三十メートルほど先に岩ネズミの巣があるとナビゲーターさんが伝えてくれたので、行ってみようと思う。ナビゲーターに問いかける時もこれからはミュートしない方針に決まったから、それだけどうぞよろしく」


:死 に た が り

:ナビゲーターは避けて進めって意味で伝えたのでは……?

:やっぱり命を捨てる配信じゃないか

:ソーサラー単独で岩ネズミ、三級冒険者でもたまに死にかけてるやつで草


 草木を掻き分け、獣道を進む。

 ダンジョンが何度変質しようとも、獣道のような形で最低限の道は示されている事が多い。

 ま、道の先には大体の場合危険が待ち受けているので、本来は慣れた冒険者が時短目的で通るようなものなんだがな。


 俺の背丈と同じくらいの大きさがある横たわった丸太を軽く飛び越すと、そこには二十メートル四方ほどの開けた空間が存在していた。

 葉によって覆われていないそこはまるで日中のように明るく、地下であるとはとても思えない。

 中央には五メートル近い高さの、巨大な岩が鎮座している。

 岩には所々円形にヒビが入ったような場所があり、どうにもじっと見ているとヒビが動いたような気がして不気味だ。

 まるでヒビに睨まれているような、ヒビ一つ一つが意思を持って動き出すんじゃないか、なんて。

 

「ああ、これ、もしや一斉に動くタイプか。面倒な……」


 岩のがぬるりと飛び出し、一瞬にして岩は穴だらけの無惨な姿に様変わり。

 ヒビだと思っていたものは全て岩ネズミ────灰色の岩を体全体に纏って同化した、体長五十センチメートル強のモンスターだった。

 参考書、そして解説動画で見た通りの光景だ。

 一層で負傷して引退した冒険者のトラウマランキング堂々の一位、意志を持って押し寄せる岩の大群!


:あ、これ死んだな

:逃げろ逃げろ逃げろ!!!

:これまでのエピソード的にワンチャン勝てる説


「そうだな、一分以内に片付けたらチャンネル登録と高評価をお願いしよう。さあ、開戦だ!」


 岩ネズミは一見ヒビだらけの岩にしか見えない姿のまま、大群で俺の方へにじり寄る。

 右手と両足に魔力を込めて、杖という名の鈍器を構える。

 

 同接は24人。大立ち回りに不足なし、だ。




────────────────

よもやま話『メコメコ動画』

ニューシンジュク唯一の動画配信プラットフォーム。

アカウント登録者数は1240万人と、約10万人を除いた全市民が利用している超巨大市場であり、あらゆる娯楽と情報が集まる場所。

UIや使用が有名な動画配信プラットフォーム複数の寄せ集め……いいとこ取りの為、ニューシンジュクに転移してきたばかりの人でもすぐに慣れる事ができるのが一番の利点だと開発者は語る。

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