第3話 リバイバル怠惰野郎

 悪い敵の精神攻撃を受けて、有り得ざる平和な世界に閉じ込められる。

 よくあるシチュエーションだ。最近もベッドの上でそんな話を読んだ気がする。

 願わくばこの現状も、精神攻撃のせいって事にならないだろうか。駄目か。


「五点で八百三十円になります」

「シンジュクペイで」

「では、こちらの端末にタッチしてください」


 スーツ姿の男がスマホを台座にかざした瞬間、「シンジュク!」と、甲高い合成音声が間抜けな言葉を発する。最近、暇になる度この音声が頭の中で響くせいでノイローゼ気味なんだが、果たしてこれは労災の内に入るのだろうか。

 まあ、労災保険なんてものはニューシンジュクシティに存在しない以上はどうでもいい。

 

 現代人の生活がスマホとコンビニエンスストアに支配されているのは周知の事実だが、まさか都市全体が異世界に転移して、珍妙な塔暮らしになっても変わっていないとは驚いた。

 ここはニューシンジュクマートの……何番店だったかは忘れたが、ともあれニューシンジュク唯一のコンビニチェーン店内だ。

 規格化された店内、所狭しと詰め込まれた棚、レジ横にはホットスナック。前世でも嫌って程見た光景を、今度はレジの内側からずっとボーッと見つめている。


 オレシ・パライソ=テレナール、前世とニューシンジュクでの名は指月しげつ純人すみと

 優秀な魔術師で、セル・ウマノ学院国家の上級講師で、実態はともかくとして初の外交官でもあった俺は今、ビビッドな赤と緑の制服に身を包み立派なコンビニ店員として日々を過ごしていた!


「────何か、違う気はするんだけどな」


 昼休みのピークを過ぎて暇になったから、だろうか。どうにも憂鬱とした思考ばかりが浮かんできてしまい、ちょっとした弱音を独り言つ。

 もう一人の店員は今ちょうど裏に引っ込んでいて、幸いな事に聞かれていない。


 俺がここに来てから三週間が経過した。ティエラ大陸暦がグレゴリオ暦とほぼほぼ一致していたお陰で、異世界とニューシンジュク間で時間感覚にズレがある、といった事故は幸いにも起こらなかった。

 スマホに表示される日付を信じるのならば、現在は十一月七日。

 再三の話になるが、俺がニューシンジュクに訪れてから三週間が経過した。

 その間、様々な事が起こった……なんて事はなく、前世のような緩慢な日常がただただ続き、俺はゆっくりと怠惰に沈んでいただけだ。

 

 やる事はやった。ニューシンジュク政府から支給された六畳半のワンルームでカップ麺を啜りながら、丁度たまたま奇跡的に募集されていたコンビニバイトへ応募、ひとまずの職を得た。

 数ヶ月の間は政府からの支援金があるものの、生活基盤は整えておくに越した事はない。

 そして、コンビニで働き得た資金を元にピザを食いながら参考書を捲り、冒険者資格も手に入れた。

 普通の日常を送っていると忘れそうになってしまうが、ここニューシンジュクの地下には広大で不可思議な大迷宮、ダンジョンが広がっている。冒険者資格とは簡単な話、ダンジョンへの立ち入り資格だ。

 

 冒険者資格には五級から一級が存在し、俺が取ったのは最底辺の五級。適当なマークシート式テストだけで取得でき、しかも求められる正答率は六割。問題自体もセル・ウマノの講師認定試験と比べれば笑えるくらい簡単だったので、誰だろうと片手間の勉強で致死率三割の仕事に就ける。

 素晴らしい環境だ。割とディストピアなんじゃないかこの都市。

 

 そういえば、を使用する為に、麻酔無しかつ試験結果が出たその場で生体チップを首の辺りに埋め込まれたな。

 医師免許とか持ってなさそうな受付のおじさんに、チクっと一瞬で。

 だいぶ終わってるな、この都市?


 これにより超人的な技を使った時などにを獲得、スキルによっていつでもどこでも凄い技が使える様になる、らしい。

 例えばの話、一度高跳びで三メートル跳び世界記録を樹立すれば、今後メチャクチャな悪路で骨折中に助走なしで跳んでも三メートル飛ぶ事が可能になる────それがスキル・システム、冒険者の不調をカバーする最先端AI技術。

 と、「最高に優しい冒険者の教科書〜一週間で五級合格〜」の32ページに書いてあった。

 まだダンジョンに潜っていない以上は、あまり関係のない話だろう。


 以上が先週の出来事だ。

 今週は何もしていない。というか、する気も起きない。

 だって、生きているんだよ。

 何不自由なく暮らしている。

 二十年ぶりに食べた現代の飯は信じられない程美味しいし、ベッドに転がって見る配信は面白い。

 ちなみに、最近はMr.ブラウンテレビという、頭がブラウン管テレビのダンジョン配信者ばかりを見ている。見た目からして人間じゃないのに、何処となく親近感を覚えてしまう点が好みだ。


 そもそも、俺は何の為にニューシンジュクを目指したのか。

 平凡で平和で恵まれた日常に帰りたかったからではないのか? 

 俺はこの三週間で分からなくなってしまった。

 今のままでは駄目だと分かっているのに、転生してからの努力が何を以て報われるのか具体的に思い付くことも出来ず、なら六十点の今のままゴールしても良いんじゃないだろうかと、常に悪魔が囁き続ける。


「────大丈夫ですか? 魂、抜けてますよー」


 ……今囁いていたのは、悪魔じゃなく同僚だったみたいだ。 


 精神年齢四十代がモラトリアムじみた悩みを抱えているのは、流石にみっともなかったな。

 軽く頭を振り、意識を仕事に切り替える。


「……少し考え事を。大丈夫だよ」

「良かった生きてた、じゃあ品出しお願いできますか? 私トイレの様子見てきますね。さっき籠ってた人が出てきてたから、ワンチャン惨事になってるかも」

「うーん、鬼気迫る顔で駆け込んでたからなあ。そして結局、妙に清々しい顔で何も買わずに出て行った。嫌な予感がする」


 困ったような笑い顔を浮かべる彼女の名は、八雲やくも鴉灯あと

 二年ほど前にニューシンジュクへ「転移」してきたらしく、いくつかの仕事を渡り歩き、最終的にはコンビニバイトで最低限の生活費を稼ぐ生活を送っているのだとか。

 背が高くすらっとしていて、少しウェーブがかった黒髪と、インナーカラーのアッシュグリーンが印象的な人だ。礼儀正しいが気さくでもあり、とにかくシフトが被ってもストレスを覚えない……二十年前の苦い思い出と比較するのは失礼か。


 ふと耳を澄ますと、車のエンジン音がこちらへ近付いているのが聞こえた。

 来客だろうか。当然ながらどの階も直径五キロメートルしかないここじゃ、車のエンジン音は少しばかり珍しい。わざわざ他の階への移動に手数料が掛かる車に乗っているのは余程の車好きか、大所帯の家族か、特別な事情のある人かだ。


 エンジン音は止まらない。

 エンジン音が近付く。外の駐車場も超えて。

 不思議な事に、白のワゴン車がスピードを緩めず近付いてきているような気がする。

 ガラスが割れた。ワゴン車が視界を占める割合が、どんどん大きくなっている。

 耳に残る入店音が、虚しくも己の仕事を果たす。

 

 ワゴン車でダイナミック入店をキメる馬鹿に遭遇するなんて、全くもって冗談じゃない!

 

鴉灯あとさん、とりあえず裏行って隠れておいて。それと自警団への通報も。俺の方は大丈夫だから、早く」

「……はい」


 鴉灯あとさんはこくりと頷き、急いでバックヤードへと移動した。こういう時に聞き分けが良い人は助かる、ここは俺に任せて先に行けってお決まりのタイミングでゴネるのは基本悪手だ。

 

 さて。

 件の馬鹿はワゴンの扉を勢い良く開け、運転席と助手席から二人の巨漢が現れる。

 笑えるほどオールドスタイルなチンピラ二人はタンクトップで筋肉を見せ付け、そんな筋肉とは関係なくしっかりピストルを突き付けてきた。


 馬鹿げているだろう?

 一応元は平和な平和な日本の都市だってのに、ニューシンジュクシティは銃社会だ。

 ニュースを見ればよく強盗が起こっているし、引退した冒険者はセカンドライフで穀潰しの強盗にジョブチェンジする。

 ディストピア感は増すけども、埋め込んだ生体チップに爆破機能を付けるべきだと切実に思うよ。


「────強盗だ! 金と魔石を出せ、ありったけな!」


 まさか、ここまでお決まりの展開がまさか本当にあるなんて思わなかった。


 強盗が多い理由は簡単、冒険者として真面目にモンスターを倒して魔石を手に入れるよりも、銃を見せ付けて平和的に魔石を貰った方が簡単で高給だからだ。

 あらゆる電力が大気中を漂う魔力、そして結晶化した魔力の塊たる魔石で賄われている都合上、どんな店を襲っても低リスクで数百万円は堅い。ところが、モンスターからドロップする魔石は精々千円だ。

 

 分かるよ?

 労働は面倒だし、化け物と戦った経験は自分を超人だと誤解させる。その辺の人間も、法も、自分を殺そうとしてきた化け物と比べれば屁でもないと錯覚してしまう。

 が、それで何とかなる程に世界ってのは甘くないんだ。


「────後で棚片付けるのが誰だと思ってんだ、余計な仕事増やすなよ!?」


 って事で、とりあえず馬鹿共にはお帰り願おう。

 俺は腐っても魔術師。自分でも忘れそうになるが、こう見えて実力は本物なんだ。


 ああ、久しぶりに腕が鳴る。




────────────────

よもやま話『セル・ウマノ学院国家』

六つの魔術学院がそれぞれ自治区を持つ事によって成立している、ティエラ大陸三大国家の内の一つ。

それぞれの魔術学院は「放出」「変質」「構築」「付与」「召喚」「観測」という在り方が異なる魔術を研鑽しており、毎年研究成果で競っていたりもする。

転移装置による交通網が確立されている為に各学院の垣根は意外と低いが、そのせいで血気盛んな学生が他の学院に殴り込む事件が最低月一で発生する。学院というエレガントな響きに反し、実態は大概世紀末な戦闘民族の蠱毒である。

だいぶ終わってるな、この国家?

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