学院国家の外交官、新新宿市《ニューシンジュクシティ》へ行く

不明夜

第1話 ただいま、新宿

 藍色の座席に腰掛け、反対側の車窓をぼーっと見つめる。

 外の景色は霧に包まれたようにボヤけていた。

 窓がオレンジ色に輝いているお陰で今が夕暮れ時なのだとかろうじて分かるが、そもそもこのに乗ってから何十何百時間と経っている気がする以上、一体時間にどれだけの意味があるのか。

 

「まさか、転移装置の先が無人の電車とは思わなかったよ。二十数年ぶりに乗った筈なのに、こうも着かないとノスタルジックどころじゃないって……」

 

 上級講師の証たる黒と黄色の外套をなんとなく撫で、目を瞑る。

 

 俺の名は指月しげつ純人すみと、もしくはオレシ・パライソ=テレナール。

 人生経験としては約四十年。

 その中で、実に三回も泣きたくなる程衝撃的な出来事に遭遇した。

 一度目は二十歳の時。二度目は三歳、三度目は五歳だ。

 我ながら馬鹿げた流れだと思う。


 一度目の衝撃的な出来事は、新宿のマンションで一人侘しくニュースを見ながら酒を飲んでいた時に起こった。

 新宿のマンションとは言っても別にタワーと付くやつじゃなく、小さく狭い建物の三階だ。それでも家賃は中々のものだが。

 当時の俺、指月純人は二十歳。

 そこそこの大学へ行き、お洒落なカフェでバイトしながら親の仕送りを頼りに酒を飲む、平凡かつ非常に恵まれた人生を送っていた。

 

 そんな平穏は一夜で終わった。

 バカみたいにデカい大地震と共に、新宿駅に化け物が湧くようになった、らしい。

 ニュースはどこも生中継で、地獄絵図と化した新宿駅……宿を映し出していたのを、二十数年経った今でも鮮明に覚えている。

 が、その後の事は何も知らない。

 夜風に当たろうと深夜に外へ出たところ、階段で転んで死んだからだ。

 ダンジョンなんざ全くもって関係の無い事故で、俺の人生は呆気なく終わった。


 ────そんな前世を思い出したのは、ティエラ大陸南西部に存在する国『セル・ウマノ学院国家』にオレシ・パライソ=テレナールとして生を受けてから三年経ち、ようやっと物心が付いてきた時の事だった。


 小麦粥(のようなもの)で口周りをべちゃべちゃにしていた時、唐突に前世の記憶を全て鮮明に思い出してしまったのだから、それはもう泣いた。

 異世界に転生したこと、前世の死因が虚しすぎたこと、そして何より地球が異世界よりも愉快な事になっていたのに死んだこと。

 とにかく信じたくない情報と有り得ない現実が脳に直接ブチ込まれた結果、三歳の子供らしくめちゃくちゃに泣いた。


 だが、現代にダンジョンが生えたのも、異世界に転生したのも最早どうでもいい。

 生まれた家が結構なお貴族様だったとか、俺がかなり魔術の才に恵まれて浮かれていたとか、それはそれとして姉の方が十倍くらい優秀だったとかは別に主題じゃない。些事も些事だ。

 

 事件、いやむしろあれは事故だ。

 事故当時の俺は五歳、来年には魔術学院へ入学するような歳で、これから始まる愉快な魔術学園モノ的展開に憧れ、焦がれていた。

 しかし、たまたま新聞(のようなもの)に目を通してしまったのが運の尽き。

 ティエラ大陸共用語で書かれたその新聞には、非常に聞き慣れた発音の国家名が載っていた。何なら、原文としてめちゃくちゃの画像も載せてあった。


『我々ニューシンジュクシティ一同は、ティエラ大陸に住まう全ての人々、ティエラ大陸に存在する全ての国家へ支援を要請します』

『ティエラ大陸の最北部、迷いの大樹海の中央に我々は転移しました』

『もし我々の元へ訪れ、地下へ広がる大迷宮ダンジョンを踏破したのなら、その暁にはニューシンジュクシティの持ち得る全てを捧げます』


 要約すると、そんな内容の声明だった。

 

 馬鹿げている。

 新宿が? 

 前人未到の樹海にポンと転移して?

 ニューシンジュクシティなんて馬鹿げた名前に改名して?

 馬鹿でかいダンジョンを攻略しようと足掻いている?


 その夜、俺は泣いた。記事を何度も読み返しながら泣いた。

 脳は理解を拒んでいたが、最終的に全部全部現実なのだと結論付けた。

 

 幸か不幸か、その日からオレシ・パライソ=テレナールの生きる目的は決定してしまったのだ。

 いかなる手段を用いたとしても、ニューシンジュクシティへと帰郷する。

 そして、その望みはもう叶う。

 ……筈だ。

 

「長かった、長かったなあ────!」

 

 噛み締めるように声を絞り出す。


 第二の生、その目的が決まってから十八年。

 指月純人だった頃の年齢も追い越し、今や二十三歳だ。まあ、なんとなく伸ばした顎髭のせいで三十代に間違えられるんだが……それはどうでもいい。

 

 何にせよ、俺は努力した。

 俺が生まれたセル・ウマノ学院国家は、国家全土が学院の愉快でイカれた国だった。その辺を歩いてる人間全員が職業を語る時、絶対に枕詞として「魔術師兼」と付くような大魔術国家だ。


 そんな国で、俺はまず成り上がろうと決意した。

 ひたすら魔術の研鑽を重ね、同時並行で同級生に先輩に教授にと人脈を伸ばした。そして、知り合い全員に「あーニューシンジュクシティ行きたい、マジでニューシンジュクシティ行きたさすぎるわー!」と言い続けたのだ。

 我が国セル・ウマノは基本的に排他的で鎖国気味。

 当時は学院総長────複数の学院を束ねるトップ、つまり実質的な国家の最高責任者────が突如失踪したのもあり、ニューシンジュクシティなんぞにかまけていられる様な空気感でもなかった。

 

 そこで突如現れたハイパー優等生俺。隙あらばニューシンジュクシティを推すその姿は間違いなく異質で、だからこそ多くの人の目に留まり、良くも悪くも大勢が気に掛ける存在へと変わっていった。

 六歳から十八歳の義務教育を終え、十八歳から二十二歳の間に上級講師としての資格も得て、そしてようやく今年二十三歳。


 生徒からもニューシンジュクシティ大好きおもしろお兄さんとして認知されてきた秋頃、なんと現学院総長から直接声をかけられたのだ。

 現学院総長はとても気楽に「セル・ウマノ学院国家史上最初のにならないか、ボーナスはあんま無いけどニューシンジュクシティには行けるぜ?」的なノリで千載一遇のチャンスを告げてきた。


 二つ返事で俺は了承し、今に至る。

 

 前学院総長が遺した、ニューシンジュクシティ行き……と思われる転移装置が二十年越しに発掘されたとかで、俺には前学院総長を連れ戻してきて欲しいのだとか。

 つまり、訳分からん転移装置で訳分からん不思議国家へと逝く、名誉ある人柱第一号って訳だ。


 まさか、転移装置の先が無人の電車とは思わなかったんだが。

 

 目を瞑る、ふと目を開ける。

 景色が変わらないせいで眠っていたのかどうかも分からない、そんな時間をずっとずっと続けている。

 外はずっと夕暮れ時だ。

 今度こそ着いていてくれと願いながら、また目を瞑る。


『次は、ニューシンジュクシティ、ニューシンジュクシティ。お出口は右側です』


 ◆


 どのくらいの時間眠っていたのだろう。

 そもそも、いつの間に眠っていたのだろう。

 誰もいない小さな廃駅の固いベンチで、俺は目を覚ました。

 シンジュクと言うにはあまりにも小さく、片田舎の廃駅とでも言われたほうがまだ納得できる。


 体が痛い。腹が減った。

 車内では不思議と感じなかった疲労感が、今になって体をじわじわと蝕んでいる。


 壊れた改札を乗り越え、駅舎の外へ出る。

 天気は快晴。空気が少し冷たい、心地の良い朝だ。

 

 しかし……一体、これはどういう事だろうか。

 視界に映るのはアスファルトを埋め尽くす瓦礫の山。

 およそ都市と呼べる有り様ではない廃墟が俺を出迎える。

 その先には、頂点の見えないような崖────いいや、が聳え立っていた。

 小手先の観測魔術は得意ではないが、ざっと見たところ直径五キロメートル、高さは一キロに満たない程度の歪な円柱、だろうか。


 現実から逃げるように後ろを見ると、そこにあった筈の駅は綺麗さっぱり消えていて、代わりに白い霧が漂っていた。霧はまるで壁のように立ち込め、向こう側は見えそうにもない。

 なるほど、迷いの大樹海の中央というのは嘘じゃないみたいだ。

 素人目にも、触れたらロクな事にならない霧ってのが良く分かる。


 少し伸びをして、俺は歩き出した。


 ただいま、俺の知らない新宿区よ。

 ようこそ、ニューシンジュクシティへ。

 馬鹿馬鹿しい程に変わり果てた故郷での冒険が、死の直前に見たニュースの続きが、今始まる。




────────────────

よもやま話『ニューシンジュクシティ』

誰が呼んだか新新宿市、異世界転移した新宿の成れの果て。

不幸にも迷いの大樹海の内部に転移し、さらに元よりダンジョン化していた旧新宿駅大迷宮と迷いの大樹海が悪魔合体して手が付けられない惨事を引き起こした可哀想な都市。

新新宿区の方が正しいが、新新宿市の方が語感が良いので新新宿市と表記、呼称されているのだとか。


本シリーズではエピソードの最後に小ネタ解説コーナーを設けていますが、別に読まなくても問題ない情報しかありません。多分。

ゲームのロード画面に表示されるtipsや、漫画のカバー裏みたいなものだと思って頂ければ幸いです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る