第12話 自主練と調べもの

 二人を高校に送り届けて別荘に戻ると、先日修理が完了したインターホンが鳴った。


 隼人がドアを開けると、黒のキャップとシャツを着た背の高い若い男性が、段ボールの箱を持って立っていた。


 バレーボーラーの習性で、高身長の人と出会うと、つい全身を観察してしまう。えらく体格のいい配達員だ。インドアバレーの経験者かもしれない。バスケ部だったら、ちょっとショックだが。


「お届け物です!」


「はい! ありがとうございます」


 隼人は茶色の箱を受け取る。差出人さしだしにんには千尋の名が記されていた。スマホのチャットで確認すると【荷物は二人に渡しておいて】と返信があった。


 隼人は少し疑問を感じたものの一旦荷物をリビングに置き、別荘管理人として家事をこなしていく。


 主に掃除と洗濯である。エリスと暗子には自分の部屋の掃除と服の洗濯ぐらいはしてもらうつもりだったが、結局隼人が全て引き受けている。


 エリスには「めんどーい、頼むね!」と言われ、暗子には「隼人にいは、もう同志っすから大丈夫っす」とよく分からない理屈を言われ、流された。


 掃除はまだしも、洗濯――特に水着と下着はこわごわと洗っていたが、一週間もすると何も感じなくなった。


「にしても対照的だな……」


 隼人はブラジャーを下着用洗濯ネットに入れながら、ひとりごちる。


 エリスは白、青、ピンクなどカラフルなのに対し、暗子は、ほぼ黒でたまに紺色があるくらいだ。下着すらも世を忍ぶため暗い色を選んでいるのだろうか。


「でも、こっちは同じなんだよな……」


 ブラのタグで洗濯表示を確認する際、サイズも目に入る。


 エリスはG65。


 暗子もG65。


 現役JKグラビアアイドルでも滅多にいない見事なGカップだ。


 二人の身長は173センチで同一だと聞いていたが、胸の大きさまで同じらしい。


「形は全然違ったけどな……って、思い出しちゃダメだ……俺はコーチ、俺はコーチ、俺はコーチ」


 隼人はまぶたを押さえながら、脳裏に浮かぶ二人の裸身を必死になってかき消した。




 邪念を払い、なんとか家事を終えた隼人は、サーフパンツ一枚の姿で別荘のビーチに出る。


 太陽が中天ちゅうてんにさしかかり、強い日差しが全身を焼く。


 暑くて熱い。だが、この熱の高まりが気持ちいい。


 隼人は、手足を大きく伸ばし、入念なストレッチで体をほぐすと、砂を蹴ってビーチを駆け出した。不安定な砂地でのランニングは、足腰にかなり負荷がかかり、キツい。


 落ちてしまった体力を取り戻すため一心不乱に長いビーチを往復する。


 満足するまで走った後は、汗が滝となって全身を流れていった。


 ビーチコート脇に設置してある傘つきベンチに座って、タオルで顔を拭い、スポーツドリンクを一気に嚥下えんげする。


 次にビーチバレーボールを持ってきて、一人でパスの練習をする。


 アンダーパスで100回、オーバーパスで100回。上空にボールを飛ばしてなるべく連続してパスを繋ぐ感覚を研ぎ澄ませる。MBバレーはサーブを打つとき以外、体のどの部位を使ってボールに触れてもいいため、片手のシングルハンドでボールを拾う練習や、足でもリフティングの要領でパスの練習をする。


 万全なコーチングをするため、とにかくボールに触れて感覚を取り戻さないといけない。


 隼人は無心で青空にボールを上げ続けた。




 自主練を終え、シャワーを浴びた隼人はキッチンにやってきた。


 昼に外食を選ぶこともあるが、日天島は観光地の割高価格なので毎日とはいかない。一人分の料理も面倒なので、備蓄してあるしょうゆ味の袋麺にトッピングを加えて、ラーメンでも食べようかと考えていたら、冷蔵庫に貼られたメッセージカードが目に留まった。


兵糧ひょうろうが下段に入ってるっす‼】


「兵糧って、昼飯のことか?」


 暗子が自分たちの昼食を作るついでに隼人の分も作り置きしてくれたらしい。


 冷蔵庫を開けると、焦げ目のついた鶏胸肉とゆで卵の黄色が目に飛び込んでくる。アクセントにレタスが入った照りタマサンドだった。


 暗子に感謝しながら、隼人はサンドイッチにかぶりつく。甘辛い味が口の中に広がり、疲れた体に活力がみなぎってくる。


 休む間もなく、隼人は自室でスポーツの専門書を開きながら、パソコンとタブレット端末をにらみ、頭を悩ませてメモを打ち込んでいく。隼人はMBバレーのコーチだけでなく、トレーナーとアナリストも兼任していた。


 隼人は松百ペアの毎日の練習計画とフィードバックの表をまとめながら、いつか戦うことになるだろう東京都の目ぼしいペア、企業チームなどの情報を収集し、試合動画を丹念に分析していた。


 その結果、昨年まで東京都の代表を争っていた強豪のペアは全員高校を卒業して大学生になっているので、現在の三年生、二年生世代に代表を有力視されるほど実力が抜きん出たペアはいないことが分かった。


 すなわち今は弱小の松百ペアにも十分に代表チャンスはある。


 七月の予選に備えて情報をまとめて千尋に渡しておけば、次のコーチが有効利用してくれるだろう。


 調べものが意外と楽しくなって熱中していると、ふと車内での会話が蘇ってきた。


「そういえば、あいつらが言っていた神奈川県のペアって……」


 隼人はパソコンで一年前の高校選手権の結果を検索する。


「8位は、神奈川県・神岡璃音かみおかりおん武曽晴菜むそうはるな。これだな……う~ん、あいつらより高いっていう身長が気になる。写真はないかな……」


 名前で検索すると、神岡璃音のSNSアカウントがヒットした。


 早速投稿を見てみる。


 ファッション、コスメ、愛犬についての投稿が多いが、MBバレー関連の写真もアップされていた。地方の公認大会の表彰台を写したもので、ビキニ姿の女子高生が三組並んでいる。


 一番高い中央台に立つペアは、いわおのように筋肉が盛り上がった体で腕組みしながらカメラをにらむ武道家のような女子とピースをする銀髪ギャルだった。これは染めているわけではなく〈魔法師〉は〈魔力〉の影響で髪色が変わることがあるので、生まれつき銀髪なのだろう。


 他の投稿を探すと、スポンサーのファッションブランドの服を着ている写真を見つけた。フリフリの服を着ている銀髪ギャルが神岡璃音で、フォーマルなパンツスタイルの武道家が武曽晴菜らしい。


 二人が並んだ姿は、なかなか絵になっていた。


 いくつかの写真を比較すると神岡の身長は170センチ後半、武曽に至っては180センチありそうだ。


「なるほど……神岡はともかく、武曽の筋肉に威圧感を感じるのは分かるな……」


 神岡・武曽ペアは武曽をメインスパイカーに置き、パワープレイでガンガン点を取る戦術をとっているのだろう。ディフェンスが全くできていなかった松百ペアがボコボコにされたのもうなずける。


「先を見据えて神岡たちを仮想敵にするなら、やっぱりあの戦術をとるしかないか……」


 隼人は情報収集のため神岡のアカウントをフォローしつつ、これからの練習計画を組み直すためキーボードに手をかける。


 そのとき、机の上のスマホが鳴った。


 エリスからのチャットだった。


【学校終わった、お迎えよろしく!】

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