第7話 紫電と分身

 普通の人がプレーするビーチバレーと〈魔法師〉がプレーするマジックビーチバレーの違いはいくつかあるが、代表的なところだと1マッチの点数が異なる。


 普通のビーチバレーは1・2セット目が21点マッチで、3セット目のみ15点マッチだ。しかし、MBバレーは全てのセットで15点マッチの短期決戦である。


 これは〈魔法〉の連続使用による〈魔力切れ〉が考慮されて、制定されたルールである。〈魔法スポーツ〉は派手な〈魔法〉の撃ち合いが醍醐味なのに、試合が長引くと〈魔力〉が尽きて、普通のビーチバレーと変わらない状態になってしまうので、それを防ぐためだ。


 そして最大の違いは、あらかじめ試合で使う7種の〈魔法〉を登録する――いわゆる7オーダーの存在だ。


 7オーダーは大会中、内容を変更できず、個人ではなくチーム単位で7種の〈魔法〉を登録する。ペア両人が扱える汎用性の高い〈魔法〉を登録する場合もあれば、片方しか使えないが強力な切り札となる〈魔法〉を登録する戦略もある。


 そのためMBバレーで勝利を目指すには、対戦相手の〈得意魔法〉の情報収集と対抗策を考えて挑まなければならない。だが、隼人はエリスと暗子の〈得意魔法〉を試合で見極めたいと言い訳して、千尋に詳しく聞いていなかった。もちろん本音は別である。情報アドバンテージで有利になれば、ぎりぎり敗北する予定のシミュレーションが崩れてしまう。


 試合前のミーティングで決めたのは、隼人がコートのレフト側、千尋がライト側を守ることだけだった。


 コートに入った隼人は涼しい顔をしながら、サーブレシーブへと意識を切り替える。ディフェンス側は、まず相手のサーブをレシーブして、ボールを上げなければゲームが始まらない。


(別に無理をする必要はないが……サービスエースを決められて、その勢いのままボロ負けするのもマズい。早めに〈魔法〉は使っておくか……〈ホークアイ〉、〈ストレングス〉)


 一瞬、隼人の両目に黄色い燐光りんこうが走り、さらに全身が赤い燐光に包まれる。心の中で〈魔法名〉を詠唱し、〈魔法光〉が発生したのだ。


〈魔法光〉は〈オーラ〉と違って、普通の人にも見える〈魔法〉の始動で発生する光である。


〈魔法師〉は〈魔法光〉から相手が使用した〈魔法〉の種類を推測するが、そもそも〈魔法スポーツ〉で登録できる〈魔法〉は殺傷力のないものに限定され、種類も少ないため、すぐ相手に見破られてしまう。


 対面コートのエンドライン後方、サービスゾーンでボールを持つエリスは、隼人の〈魔法〉を鼻で笑った。


「はっ! オーソドックスに視力と筋力を強化したところで、ワタシのサーブは取れないわよ! 喰らいなさい! 〈紫電清霜しでんせいそう〉‼」


 エリスが紫色の燐光をまといながら助走し、左手でトスを上げる。大きく踏み込み両腕を振り上げ高くジャンプ。右腕をしっかりと引き、パワーと〈魔法〉を乗せて、ボールを強打した。


 鋭いジャンプスパイクサーブ。


 それに人口の少ない〈雷属性魔法師〉だったとは驚きだ。バチバチと紫電が走るボールをそのままレシーブすれば、体が痺れて数秒間プレーがままならないだろう。


 隼人は、ボールに直接使用される〈魔法〉の効果をブロックできる〈レシーブバリア系魔法〉の中で、今回7オーダーに登録した〈ヘキサバリア〉を発動し、六角形状の障壁を生み出す。サーブの落下地点を予測して移動しながら、バリアがくっついた腕を前方に伸ばし、両肘を少し内側に寄せるアンダーパスの構えを取る。


(間に合えっ!)



 ボズッ‼



 隼人の願いは届かず――ボールはネットのど真ん中に当たって跳ね返り、松百ペア側にむなしく落ちた。


「……」


 隼人は無言で、千尋の方を向く。


「やったわね、隼人君! サーブミスでこっちの先制点よ! あ、私がスコアをつけておくから、サーブお願い!」


 MBバレーはラリーに勝ったペアが得点するラリーポイント制である。そして、どのような形であれ守備側が点数を取ると、サーブ権が移動する。


 千尋は笑顔でコートを出ると、スコアボードをめくった。


 1対0になった。


 隼人はスコアをじっと見ながら、作戦を修正する。


(……ま、まあ、サーブミスなんてよくあることだ。ここは、俺が相手コートに取りやすいサーブを入れて同点にするぞ!)


「ボール、どうぞっす!」


 暗子がパンパンとボールの砂を払って綺麗にしてから、ネットの下を通して投げてくれる。


 隼人はそれを受け取り、サービスゾーンまで下がった。


(ここでの選択が、かなり重要だ……普通に俺もジャンプスパイクサーブを打ってもいいが、ワンチャン上手くいって、2点目を入れてしまうのは試合のリズム的にかなりマズい! だからといって風が強いわけでもないのにアンダーサーブを打つのは、弱気過ぎて怪しまれるかもしれない。よし! ここは、このサーブだ‼)


 隼人はエンドライン近くでトスを上げると、膝を深く曲げ体を沈み込ませる。


 そして右腕を下から上に振り上げながら、足のバネで勢いをつけながら跳び、ボールを下から強打。


 ボールは空高く舞い上がる。


 スカイサーブ。


 アンダーサーブから派生したこの特殊なサーブは、サーブで点を取るサービスエースを狙うというより、野外で戦うMBバレーの特性を活かしてボールを天に向かって打ち上げ、相手の意表を突く奇襲攻撃である。


 本来は、一発目から使うサーブではない。


 高く上がった山なりのボールは隼人の狙い通り、レフト側を守るエリスの方へ落ちていく。


「はっ! こんな見え見えのサーブ――」


 エリスは自信満々な笑みを浮かべてアンダーパスでサーブレシーブを試みたが、あらぬ方向に飛んでいってサイドラインを割る。もちろん暗子が追いつけるわけもなく、呆気なくボールは砂に落ちた。


「くっ! なかなかやるわね!」


 エリスは地団駄じだんだを踏んで、砂をまき散らす。


 隼人は表情を変えず、心の中で叫ぶ。


(どうしてぇぇぇー!、どうして取れないのー!、風もほとんど吹いてないから流されないし、取りやすいようにパワーを抑えて打ったボールなのにぃぃぃ‼)


「やったわね、隼人君。サービスエースで2点目よ!」


 千尋の喜ぶ声に我に返り、隼人は慌てて返答した。


「エ? ソ、ソウダナ」


 これでスコアは2対0だ。


 隼人は再びボールを受け取りサービスゾーンに行くと、次の一手について思考を巡らす。


(もしかするとエリスはレシーブが苦手なのかもしれない。普通のペアは背が高い方がブロッカーで、低い方がレシーバーになることがほとんどだ。二人とも背が同じぐらいだから判断がつかなかったが、エリスがブロッカーで暗子がレシーバーなのかもしれない)


 隼人は瞳を細め、さりげなく暗子に視線を向ける。心なしか暗子の顔はサーブレシーブを狙っているように見える。


(ここは暗子に手ごろなサーブを打つぞ!)


 隼人は、左手でトスを上げると、右腕をしっかりと引きスイングする。


 ボールをインパクト。


 フローターサーブ。


 ライト側を守る暗子へ正確な軌道のボールが飛んで行く。


 その瞬間、暗子の体が黒の燐光に包まれ、二人に分裂した。


(まさか、忍者の分身の術なのか⁉)


 隼人が初見の〈忍術〉に驚く間もなく、中央側にいる暗子は突っ立ったまま、サイドライン側にいるもう一人の暗子が慌てふためきながら腕を振り上げ、アンダーパスでレシーブした。


 ボールは暗子の真後ろへ素っ飛び、エンドラインを大きく越えた。


 初心者がよくやるレシーブのミスだった。


「…………」


 隼人は呆然と立ち尽くす。


「やったわね隼人君、連続エースで3点目よ!」


 千尋が隼人の腕を軽く叩きながら喜ぶ。


「それにしても、多彩なサーブを打ち分けて、相手を翻弄ほんろうするなんて、流石ね‼」


「……ド、ドウモ」


 スコアは3対0になった。


 その後、流れは変わらず岩仙ペア優位のまま試合は続き、時おり千尋がミスをして松百ペアに点数が入るが、なぜか隼人は完璧なプレーを続け、最終結果は――


 15対8で隼人たちが勝利した。

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