#13 踏み出す

 冬子の前には黒天狗が立っていた。彼が握り拳を開くと、冬子に撃ち込まれるはずだった銃弾が床に落ちて転がっていく。


「助けに……来てくれたの?」


「はい」


 冬子の問いに黒天狗は短く、しかし優しい口調で返事をした。


 パン!!


 花蓮の拳銃からは、すぐに二発目の銃弾が放たれた。今度は黒天狗の頭部に向けられて。黒天狗はその衝撃で少し仰け反ると、ゆっくりと体勢を戻していった。彼が額付近で構えている親指と人差し指の間には、銃弾が収められている。


「へぇー、容赦ないんですね」


 銃撃を防がれ、「あっ」と小さく声をあげて驚く花蓮に向かって、黒天狗は回し蹴りを繰り出した。危険を察知した花蓮は地面を蹴り飛ばし、素早く後方へと退避した。


 一連の様子を目の当たりにした若菜は酷く驚き、そして混乱していた。

 目の前に突然、黒天狗が現れた。若菜は、彼が花蓮の拳銃から放たれた一発目の銃弾を防ぐその瞬間まで彼の存在に気がつけなかった。さらに驚いたことは、花蓮が突如現れた黒天狗に動揺することなく、すぐに攻撃に転じたことだ。花蓮の実力は数年間、共に行動していて知ってはいたはずなのだが、ここまでくると化け物じみていると若菜は感心した。


「あっ、か、花蓮ちゃん!!」


 若菜は花蓮に向かって叫んだ。


「あれって、局長が探してる天狗の幽霊!? でも、でもこの天狗……」


 若菜が混乱していた理由、一つは目の前に居る謎の人物が局長が追っている白色の天狗ではなく、黒色だという事だ。黒色の天狗、彼は数ヶ月前に副局長が遭遇した者と同じなのだろう。白天狗と黒天狗は同一人物なのであろうか。局長が昔出会った白天狗が悪霊化した者なのだろうか。しかし……


「彼……揺らいでない」


 そう、黒天狗には幽霊にみられる特有のがみられなかった。それが若菜が混乱したもう一つの理由。彼は幽霊ではないのだろうか。しかし、幽霊ではなかったとしたら、、、


「そうだね。でも……」


 そう言って花蓮は再び黒天狗に向けて銃を握った。


「私たちの邪魔をするなら排除する」


 拳銃から破裂音と共に銃弾が発射される。黒天狗はそれを屈んで躱すと、花蓮目掛けて走り込んで行った。


「花蓮ちゃん!!」


 若菜は急いで黒天狗に向けて銃口を合わせた。しかし、マシンガンを撃ち込んでいくも、右手の中指と人差し指が欠損している所為でうまく照準を定められない。


「くっそ! だめ、このままじゃ花蓮ちゃんが……花蓮ちゃん!!」


 黒天狗は、そのまま花蓮の元へと直進し、彼女へ手が届くほどの距離になった瞬間、“パン”とさらに発砲音が聞こえ、黒天狗はそのまま花蓮とすれ違った。


「……痛いじゃないですか」


 黒天狗の右腕からは煙のようなものが昇っていた。どうやら、花蓮が放った銃弾が命中したようだ。神器の攻撃による負傷を見るに、やはり黒天狗は幽霊であったと若菜は確信した。彼に幽霊特有の揺らぎが見えないのは、彼が特別な存在だからなのだろうか。それとも、別の理由があるのだろうか。

 ……今、そんなことを考えている場合ではないと、若菜は再び黒天狗に向かってマシンガンの銃口を向ける。


「花蓮ちゃん!! 追撃するよ。 おらああああああああ!!」


 マシンガンから放たれた無数の弾丸は、宙を飛んできた斧の刃によって防がれた。冬子が力を使って、斧を浮かせたのだ。


「彼は……彼はさせない!」


「お前〜!! 邪魔するな!!!!」


 若菜が冬子にマシンガンを向けた瞬間、若菜の首元に強い衝撃が走った。気づかぬ間に黒天狗が若菜の背後へと移動し、手刀で叩かれたのだ。意識を失い倒れていく若菜を黒天狗が掴んで左脇に抱える。

 黒天狗はそのまま走って冬子の元へと行くと、彼女の袖を右手で掴んだ。そして、冬子を引っ張って一気に窓際まで駆けていく。


「あ、弾切れ……」


 神器の弾切れを起こした花蓮は、神器の装備を解除した。

 黒天狗が窓を開き、若菜を小脇に抱えたまま冬子のことを連れ出そうとする。しかし、冬子は外に出る直前で足を竦ませた。


「行きましょう」


「で、でも……私は……」


「大丈夫、恐くない。恐くないから。勇気を出して」


 黒天狗の優しい言葉に、冬子は一度頷くと勇気を振り絞って外へと踏み出した。


「神器発動」


 花蓮が拳銃の神器を顕現させながら窓に駆け寄り、外に向かって拳銃を突きつけた。しかし、すでにそこには黒天狗と冬子の姿はなかった。冷たい風が花蓮に吹きつけて茶色の髪の毛を揺らす。


「若菜先輩……」


 花蓮は神器の装備を解除すると、静かに部屋から立ち去った。




 館の一階では、オクシラリーの第一部隊と着物の女の戦闘が続いていた。と言っても、第一部隊の隊員は殆ど倒されてしまい、残りは隊長の御子柴だけとなっていた。

 御子柴が間合いを詰めながら、着物の女にサバイバルナイフの神器で斬りつけていく。着物の女はそれを躱しながら後退りしていった。


「くっそ。あんた、本気でやってないだろ。どうして手加減なんてしてるんだ」


 そう言って御子柴は床に倒れている仲間を横目に見た。気絶している者、気絶はしていないが倒れながら呻き声をあげている者もいる。


「あえて殺さないのはあんたの悪趣味か。それとも俺たちに情けでもかけてるっていうのか」


「えー、だって殺したらウチ、悪霊になちゃうじゃん。そんなの絶対に嫌だもん」


 そう言いながら着物の女は御子柴の攻撃を余裕で躱していく。


「あんた、悪霊じゃないって言うならどうしてこんなことやってんだ」


「だから、ウチはゼロちゃんと累さんのために……」


「ナァ〜〜」


 突然、猫の鳴き声が聞こえた。御子柴が声する方向に目をやると、部屋の端の方で三毛猫があくびをしながら歩いている。こんな所に野良猫が? 御子柴が少し動揺すると、着物の女が御子柴の腹目掛けて右手のひらを勢い良く突いてきた。御子柴はその打撃により後方に吹っ飛ばされていった。


「ごめんねー、終わったみたいだからそろそろ行かないと。鬼ちゃん大丈夫かなぁ……。あ、暫く体を動かすのは辛いと思うけど後遺症は残らないはずだから安心して! それじゃあね」


 そう言って着物の女の幽霊は何処かへ消えていってしまった。


「なんなんだよ、あんたは……」


 床に倒れる御子柴の意識は、そのままゆっくりと途切れていった。


 




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