第9章 処刑台に登って
階段を登ると、第3階層の扉が見える。一般の信者は入る事など許されない。
ゆっくりと扉を開けると無数のモニターが設置されていた。
モニターには第1、第2階層のフロア、マズロの塔の屋外、信者の部屋に至るまで全てが映し出されている。
臆病な教祖が自分を守る為にたった1人で監視していたのだろう。
背後に気配を感じた。僕は恐る恐る振り返ると教祖の助手係であるアンドロイドが無表情で立っていた。僕はそのアンドロイドへ声を掛ける。
「あなたは?」
「私は助手係のアンドロイドです」
「このモニターは何?」
「このモニターはONENESSのメインシステムです」
アンドロイドは無表情で答える。僕らと違い旧型のアンドロイドは感情が無い。
かつて、人間の生活をサポートする古いタイプのアンドロイド。恐らく教祖は感情を持つタイプのアンドロイドは信用出来なかったのかもしれない。
フロアに広がるモニターの壁……僕の予想は当たった。
第3階層にはONENESSのメインシステムがあるはず。僕にはある考えがあった。
「すまないがこの赤いチップを全ての信者へ共有して欲しい。それに今から集会を始める」
「承知しました」
僕はアンドロイドへ真実を記した赤いチップ“知恵の実”を渡す。
アンドロイドはチップをメインシステムへ取り組むとONENESS上へと共有させる。
Re:緊急集会のお知らせ
これより緊急集会を行います。
またONENESS上にチップ“知恵の実”を共有しました。
信者の皆様は確認の上、メインフロアにお集まり下さい……以上
操作を終えたアンドロイドが振り向くと扉を指差した。
「集会の準備は整いました、あちらのエレベーターがメインフロアに繋がっております」
「ありがとう」
僕はアンドロイドへお礼を言うとメインホールへ続くエレベーターを開ける。第1階層のボタンを押すと扉が閉まった。
閉ざされたエレベーターの中、1人考える……
知恵の実をワンネスで共有する事で全ての信者に赤いチップの情報は知られる。
マズロの塔を信仰していた信者はパニックを起こすだろう。
それに崇拝していた教祖はもう居ない。
これはマズロの塔の崩壊を意味していた。
もういいじゃないか……偽りの教え、偽りの教祖、偽りの繋がり、勝手な人間が保身の為、作り上げた憐れな産物。
もう、終わらせよう……リリももう居ない。
そう……もうリリはいないんだ。
エレベーターがフロアに着いた。集会の行われるメインフロアには信者がすでに集まっている。
知恵の実の情報は共有されている為、怒号が飛び交い、恐ろしい程の雰囲気だ。
ステージの階段を上がる時、処刑台に登るような気持ちだった。
処刑されるのは僕かそれとも盲目的な信者か……いや、どちらも処刑されるのかもしれない。
僕は暗いステージの上、壇上に手をつく……
「教祖様は人間なのか!?アンドロイドを利用して人間を殺すなんて!」
「教祖様!どう言う事ですか!?私達を利用していたんですか!?」
「私達の恐怖心を利用するな!」
「勝手な理由で仲間を処分しやがって!」
集まったアンドロイドはそれぞれ怒りの声を上げていた。
アンドロイドを使い人間を始末……更にアンドロイドの処分を人間の都合で作った。
そして自分達の恐怖心を利用し宗教を立ち上げた。それも勝手な人間の隠れ蓑にする為……
僕はライトに照らされ手を上げる。すると信者は話しを漏らすまいと一斉に静まり返った。
僕は静かに語り始める……
「教祖は僕が殺した」
知恵の実の真実を知った上、もう教祖は居ない……信者はパニックに陥いる。
「どう言う事だ!?お前は誰だ!説明しろ!?」
「殺したってどう言う事!?私達はどうなるの?」
「何を信じれば良い!?教えてく!!」
「怖い!怖い!怖い!助けて!助けて!!」
信者達は泣き、喚き、怒号を上げている。僕は静かな口調で続けた。
「もういいじゃないか、僕たちは騙されていた。勝手な人間に利用されていたんだ。その人間ももう居ない。偽りの教え、偽りの教祖、偽りの集まり、偽り、偽り、偽り、全て偽りだ」
「もう辞めて!」
「誰か助けて!怖い!怖い!!」
信者の絶望の声が聞こえる。僕は優しく彼らに声をかける。
「もういいじゃないか……マズロの塔は終わりだ」
悲鳴にも似た声がフロアに響く。僕は彼らの絶望を全身で感じた。
「もう僕たちは自由だ、それでも……それでも、何も怖がる事は無い。大丈夫、大丈夫、大丈夫、全て上手くいく……」
全て上手くいく……信者の絶望感に同情したのか、思ってもない事を口走る。
「……様」
「教祖様、教祖様!」
「新しい教祖はあなただ!私たちをどうか導いてください!」
「教祖様!教祖様!」
「教祖様!御導きを!」
信者は何かに依存しなければならないのだろう……僕を教祖と崇め始めた。
どこまでで憐れな人達なんだろうか、きっと崇拝する存在は何でも良いのだろう。
僕は無感情に信者の群れを眺めた……そんな事より……
“リリがいない”
頭の中ではこの言葉が何度も何度も繰り返されていた。
“リリがいない”
ただこの事だけがどこまでも重く僕にのしかかり酷く苦しめる。
“リリがいない”
“リリがいない”
“リリがいない”
そうか、これは恋だったのだ……僕はリリが好きだった。人間が青春時代に恋をするように、僕はリリに恋をしていた。そして目の前の信者同様にリリに依存していたのだ。
「もういいんだ……リリ、約束を守るよ」
僕は小さくつぶやくと青い錠剤を口に含む、リリの綺麗な左目を強く握りしめる。
「もう少しで会える……約束だ」
青い錠剤が効き始めたのか意識が遠くなる。僕はリリの事だけを考えていたかった。
リリ……リリ……リリ……
胸の辺りからサラサラと砂になる……
意識はもうない……
リリ……リリ……リリ……
胸から腕、手、足、首、頭、サラサラと砂になる……
リリ……リリ……リリ……また会えるね……
サラサラサラサラ……全て砂になる。粉々になった僕は風に吹かれ消えていく。
「教祖様!」
「なんて事だ!何を信じればいい!!」
「教祖様!教祖さま!教祖!教祖様!」
信者は泣き叫び、絶望の声がフロアに響く。
いつまでも……
いつまでも……
いつまでも……
僕は、砂になって消えた。
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